それは宵の色


 じゅわああ、ばちばちばち、うわああああと台所が騒々しいので、なんだなんだと様子を見に行くと、沢村が右手を抱えて悶絶している。

「なんだ、闇の右手が疼くか」

「ぐっ、誰か俺を止めてくれ……」

 ちゃんと乗ってくるのがこいつの偉いところだ。

「で、どうした」

「油が跳ねただけっす……」

 いてて、と言いつつ菜箸をとる姿は堂に入っていて、普段から料理し慣れていることが伺える。それとなく訊いてみると、「そりゃ自炊くらいしますよ、貧乏なんで」と嫌味で返された。

 揚げナスである。後ろから覗き込んでいると、ヘタがついていたあたり、色の薄い部分がみるみる鮮やかな紫に変わって、急に彩りが増す。まるで魔法のようだった。

「今日はつまみフルコースっす」という沢村の宣言に合わせて、俺は川エビの唐揚げとつくねを買ってきた。いずれも好物、ベスト・オブ・俺のつまみだ。

「おお、見事に茶色い」

「うるせえ」

「そう来るだろうと思ったんで、俺は野菜担当で」

 ナス、オクラ、ごぼうにアスパラ。俺が買ってはみたものの使い切れずにいた食材を片っ端から唐揚げか素揚げにして、キッチンペーパーの上に積んでいく。

「あっつい」

「エアコンつけるか」

「いや」

 目を爛々と輝かせながら皿を持ち上げる。

「ベランダで食いましょう」

 ぷし、と音を立てて缶をあけ、ぐびっとひとくち。ビール党の俺に対し、沢村はチューハイを選んだ。窓辺に調味料の容器を転がして、かたっぱしから試してみる。

「塩だけでも十分うまいな」

「俺的には七味マヨがいいっす」

 時刻は午後六時半。日没から間もない西の空は、淡い紫に染まっていた。早くも酔いはじめた沢村が、ナスを宙に掲げて「同じ色だ」と笑う。ぬるい夜風がさわりと肌をなでた。

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