赤とんぼが鳴く

夢星 一

夕焼け小焼け

 キミが夢に出てきた。

 キミだけじゃなくて、幼稚園や小学校が一緒だったほかの子も出てきたけれど、夢の中では僕は普段通り接していたけど、目を覚ました時に一番驚いたのはキミがいたことだった。


 僕には幼馴染がいた。幼稚園の頃から家族ぐるみで仲が良かった。


 遅いときは夜の八時まで家にいて、小さい子が見るような番組を、晩御飯を食べて満腹になったお腹をさすりながら見ていた。帰るのが遅いから、親が迎えに来たこともあった。

 一緒にゲームをして、秘密基地で遊んで、キミはバレンタインには毎年チョコを届けに来てくれた。

 喧嘩をした僕らに、キミのお母さんがゲームセンターでとってきた小さなぬいぐるみをくれたこともあった。キミには薄ピンクの子猫。僕には黄色いクマ。

 小学校に入ってしばらくは、キミが毎朝ピンポンをしに家まで来てくれた。僕はそれに甘えてしまって、10分も待たせたりしたから、大きくなるにつれてキミは来なくなったけれど。


 僕は昔、お好み焼きがそんなに好きじゃなかった。なんでか説明はしづらいけれど、好んでたくさん食べたいとは思わなかった。だけどもキミの家で一度晩御飯を食べたとき、キミの家族はお好み焼きを焼くとき、肉と一緒にキムチを敷いて焼いていた。それがすごく美味しくて、僕は気に入った。それ以来、我が家でもお好み焼きを作るときはキムチを使う。



 仲の良い幼馴染だったと思う。男女だからって、からかわれることもなく、大きくなってもキミはチョコをくれたし、僕は年賀状を送った。



 5時になると、チャイムが鳴る。「赤とんぼ」の音楽が、夕焼けで赤くなった空に響いて、もうこんな時間だよと子供たちに告げる。

 小さい頃は、そのチャイムが鳴ったら帰ることが親との約束だったから、その音はなんだか僕らの心を寂しくさせた。大きくなっても、もうそろそろ帰らないと、なんて気持ちになる。


 それをキミは「赤とんぼが鳴く」と表現した。

 多分、「チャイムが鳴る」のを、鳴くと言い間違えたんだと思う。漢字は同じだから、たった1文字の違いだけど、その言い間違いがなんだか好きだった。


「赤とんぼが鳴いたからもう帰ろう」


 外で遊んでて、キミが言う。

 今でもずっと覚えている。



 中学の時、キミは突然引っ越した。何も言わずに、学校も変えて。どこに行ったのかは分からなかった。

 中学では同じクラスになることは無かったし、二人とも部活が違うから、接点はどんどん無くなった。バレンタインにキミが来て、年末に互いに年賀状を出す。この二つだけだ。

 キミは年賀状を元旦にポストに入れるから、届くのはほかの人よりも少し遅い。けれどもキミに送った年賀状が、いつもよりもずっと帰ってくるのが遅かった年があった。今年は遅いなあとしか思わなかった。


 キミと同じクラスの友達に、そういえば最近キミを見ないと言った日。


「あいつ学校辞めたよ。転校したんじゃないかな。最近学校来てなかったし」


そう言われて心底驚いた。キミがいわゆる弄られキャラだったとうわさで聞いた。



「あの子は優しかったからね」


 うまく言葉が見つからず、感情も整理できていない僕に母さんが言った。


「悩んじゃったのかもね」


 そりゃあ、僕らの接点はほぼ皆無だったし、万が一悩んでいたとしても、キミが僕に相談することは無いだろう。

 それでも、何も言わずに行くなんて、と思った。


 キミがどこに行ったか分からなくても、僕は普通に過ごした。中学を卒業して、高校に入って、大学受験をして、合格発表を待った。

 合格発表を待つ日の夜、坂道を登ってキミの家に行くと、誰もいなかった。表札もなく、人の気配のない暗闇しかなかった。あたりまえだけど、キミの家族の誰かが住んでるんじゃないかと思ったんだ。



 夢にキミが出てきて、僕は「なんで何も言わずに引っ越したの」って聞きそうになった。けれども、聞くべきじゃないと思って聞かなかった。

 僕らは、ただ小さいころに、10年ちょっと一緒に遊んだだけだ。幼馴染だからって、特別な思いが芽生えるとか、他とは違う友情があるとか、そんなんじゃない。


 実際、夢に見るまで特別思い出したりはしなかったんだ。どこに行ったか分からないキミもきっとそう。昔いた町の、近所の男の子なんて、そう何度も思い出さないだろう。



 僕は実家を出た。

 県を出て、地域も別れた。天気予報を見ても、地元の天気はやっていない。

 5時になっても赤とんぼは鳴かない。それどころか、チャイムすら鳴らない。昼の12時を告げる音楽も聞こえない。


 地元の友達と、実家と電話をしているとき、夕方5時になると、電話越しに聞こえてくる。赤とんぼが鳴く声が。

 もうそろそろ帰る時間だよと、懐かしい音が電話を超えて僕に伝える。




 最近よくキミのことを思い出す。

 慣れない一人暮らしに、何度も人と電話をするようになったから。



 チャイムを聞くたびに、赤とんぼが鳴くと言ったキミを思い出す。




 



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