031:厄介な後輩
「おいおいおいおい! こいつはどうなってんだよ!」
教室に入った途端、雅也が血相を変えて俺たちの下に近づいてきた。
「おはようございます、西野君。今日もいい天気ですねっ」
「お、おう……おはよう――――って、おいハル! これはどういうことなんだよ!」
雅也の驚愕も理解できる。
こいつには、俺は東条さんとの関係を周囲に明かさないと伝えていた。
それが今になって堂々と腕を組んで登校してきたのだから、混乱したっておかしくない。
「ちょっと色々あってさ……こうしている方が都合が良くなったんだ」
「……まあ、細かい話は聞かねぇけどさ。お前ら、周りの視線がとんでもないことになっているのは気づいてるか?」
ああ、当然気づいている。
今は雅也と話しているから遠巻きに見ているクラスメイト達も、話が聞きたそうな顔でうずうずしているのが見て取れた。
というか、もうすでに何名かがこっちに近づいてきている。
噂好きの女子たちだ。
彼女らに見つかった以上、きっと恐ろしい速度で俺たちの関係は拡散されることだろう。
「あ、あの! 東条さん……?」
ほら、来た。
「はい、何でしょう?」
「そうやって腕を組んでるってことは、稲森君と付き合ってるの……?」
「はいっ、やんごとなき関係を築かせていただいていますっ」
東条さんの言葉の端々が跳ねている。
俺との関係を話せることが、ずいぶんと嬉しいらしい。
もう少し俺に自信があったならここでドヤ顔の一つもできるんだろうけど、性格上控えめに笑っておくことしかできなかった。
女子たちは東条さんの言葉を聞いてきゃーきゃーと楽しげに騒ぎ出す。
「ねぇねぇ! どうやって付き合ったの⁉」
「稲森君のどこが好き⁉」
「ど、どこまで進んだんだ⁉」
よく東条さんと昼食を共にしている女子たちが、率先して質問しに来ている。
どれもこれもだいぶ踏み込んだ質問だが、東条さんは表情を一切崩さない。
「私の方から数日前に告白させていただいて、それで付き合うことになりました」
「稲森君の好きなところはたくさんありますが、特に際立ったところを挙げるとすれば、優しいところと、気遣いができるところ。誠実なところと、目を見て話してくれるところ……それと想像以上に頑固なところも男らしくて好きですね。見た目の話もしておくなら、目と髪は外せません。いつまでだって見ていられます」
「まだ付き合いたてなので、実はあまり進んでいないんですけど……いずれは心も体も繋がれればと――――ふふふふ」
……彼女らに今の早口が聞き取れただろうか。
途中からポカーンとしていたことから、おそらく後半は頭に入らなかったと思われる。
普段は大人しい東条さんが突然饒舌に話し出したことで、面食らってしまったという部分もありそうだ。
そんなフリーズした女子たちの中で、唯一静止せず俺と東条さんの前にずいっと踏み出して来る者がいる。
確か――――そう、静原さんだ。
「……うん、やっぱり可愛いじゃん」
「え?」
「てか、この前稲森についての話をした時には、もう付き合ってた?」
問いかけの意味が分からず東条さん方を見れば、彼女は思い出したかのように手を打った。
「ええ、そうですね」
「……よかった、変にあんたのことが気になり始める前で」
俺の方を見ながらそう告げる静原さん。
どういう意味かは分からないけれど、彼女と東条さんの間に緊張した空気が走ったことから、あまり触れない方がいい話題だということを理解した。
「っと、そろそろ始業時間ですよ。詳しいことはまた後で話しますから」
時計を見た東条さんは、集まってきたクラスメイトを席につくように促す。
確かにもうそろそろチャイムが鳴る頃合いだ。
皆が各々の席へと戻る中、まだ話したそうにしている雅也と共に俺も自分の席へと向かう。
授業中、俺はひたすら視線に晒されていた。
視線の持ち主たちは、嫉妬の炎を滾らせている男子たち。
直接絡んでは来なかったものの、俺と東条さんが付き合っているという話に対して怒りを感じている連中だ。
ちらりと雅也の方を見てみれば、気の毒そうな視線を俺へと向けていた。
ああ、分かってくれるか、友よ。
◇◆◇
昼休みになり、東条さんの周りには多くの女子が集まっていた。
俺の周りには――――幸いなことに、雅也以外の男はいない。
「過ごしづらくなったな、お前の高校生活」
「まあ、仕方ないさ。こうすることで少しでも彼女が安全になることを祈るしかない」
雅也にはある程度の事情を話してある。
もちろん東条さんに関する詳しい話はぼかさせてもらったが、彼女が悪質なストーカーに狙われているという部分は伝わっているはずだ。
「でもよぉ、東条に恋人がいるって話が増々相手を逆撫でするってパターンもあるんじゃねぇか?」
「……俺も多少は心配したけど、彼女とそのボディガード曰く、むしろ激情して姿を見せてくれた方が楽なんだって」
ストーカーの厄介なところは、中々事件性のある話として取り合ってもらえないこと。
だから直接襲い掛かってきてくれた方が、対処が簡単なんだそうだ。
むしろじっくりじっくり機会を窺われて、手の込んだ策を打ってくる方が厄介。
まあ、これらの発言はすべて日野さんという絶対的な信頼を寄せられる人間がいるからこそ出るものだけれど。
現実的に考えれば、下手に煽らない方がいいに決まっている。
「ふーん……ま、それでお前が怪我するなんてことがないように頼むぜ? 俺もつるむ相手がいなくなっちまうのは寂しいからな」
「死ぬ前提かよ」
「結構マジで心配してるんだぜ? だって、俺たちみたいな奴らじゃそういう行為をしちまう連中のことを理解できないだろ? 何をされてもおかしくないっつーかさ、本当に、下手したら刺されるぞ」
雅也の目は、いつになく真剣だった。
こいつの言っていることは理解できる。茶化すつもりは一切ない。
人の命が儚いってことも、少なくともこのクラスの中なら一番俺が知っている。
だからというか、何というか。
あまりマイナスな言葉を、雅也に向けたくなかったのだ。
言葉には不思議な力が宿ると言うし、下手な発言が現実になってしまう気がして――――さすがに気にしすぎだとは思うけど。
「ありがとな、雅也。心配してくれてさ」
「礼を言われるようなことじゃねぇよ。俺の親友に来た初めての青春だしな。誰にも邪魔してほしくねぇって気持ちは人一倍強ぇんだ」
やっぱり、雅也はどこまで行ってもいい奴だ。
お調子者で雑な部分もたくさんあるけれど、それ以上に良い部分がたくさんある。
頭も良ければ気も利くし、触れてほしくない部分には絶対に触れてこない。
心の底から、こいつが一番の友達でよかったと思う。
「とりあえず、穏便に済むといいな。まともな奴なら恋人がいる相手には手を出さねぇし、案外スルッと事が済んじまうかも」
「……そうだな。そうなることが一番望ましいんだけど――――」
そう言いつつ、俺は東条さんが作ってくれた弁当を口に運ぶ。
それと同時に、突然教室の扉が豪快な音を立てながら開かれた。
次の瞬間に聞こえてきたのは、聞き覚えのある後輩の声。
「稲森先輩! 東条先輩と付き合ってるって本当ですか⁉ この前のあれは見栄を張ってるだけじゃなかったんですか⁉」
ああ――――害はないが、厄介な奴が来てしまった。
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