030:守る

「……冬季様、稲森様。私の立場からこういった要求をすることは大変恐縮なのですが、明日からは常にご一緒に行動してはいただけないでしょうか?」

「え?」

「門倉康介が稲森様に近づいてきた以上、再び接触を図ってきてもおかしくはありません。そこでお二人が常に同じ場所にいてくだされば、私としても大変お守りしやすいのです」


 護衛の専門家でもない俺でも、日野さんが言っていることが正しいということくらいは分かる。

 俺たちが別々の場所にいれば人手も分散してしまうし、状況の伝達といういらない工程が一つ増えてしまう。

 しかし常に共にいるとなれば、それは当然学校でも一緒にいなければならないということ。

 周りの人間にも、俺たちの関係を明らかにしなければならない。

 

(……それが何だっていう話だよな)


 その程度のことで少しでも安全性が上がるなら、どう考えても実行した方がいい。

 それに周りに認識してもらうことで、一時的だとしても東条さんに集まる視線は増えるかもしれない。

 そうすれば増々手は出しづらくなるだろう。


「私は願ってもないことですけど、稲森君はどうですか……?」

「俺も……日野さんの提案に乗った方がいいと思った」

「もう、周りにも隠さなくていいと?」

「ああ。むしろ多少皆から認知された方が――――」


 俺が言葉を言い切る前に、東条さんは俺の手を横から握りしめてくる。

 柔らかい彼女の手の感触に、思わず頭が真っ白になった。


「嬉しいです。明日からこうして一緒に登校できるんですね」

「あ……ああ、そ、そうなると思う……」

「よかった……門倉のこともそうですけど、春幸君にが寄ってくることも同じくらい心配だったので。これで私が虫よけになることができますね」


 不敵な笑みを浮かべる東条さんを前にして、何故か俺は門倉の前に立った時以上の寒気を感じるのであった。


 ――――と、一緒に登校することに関してはこれで良しとして、一つ俺の方でやっておきたいことがある。


「東条さん、ちょっと用意してほしい物があるんだけど……」

「何でしょう? 一応お金で手に入る物であれば融通が利かせられると思いますが」


 大変ありがたい。

 俺は今後使うことになるかもしれない物を、一つだけ東条さんへと要求した。

 物欲の方で俺が欲を出したのが初めてだったせいか、その要求を聞いている時の彼女はやけに嬉しそうで。

 俺としてはただただ我儘を言って申し訳なさに圧し潰されそうだったけれど、とりあえずは備えあれば患いなし。

 使わなかった時はまた返せばいいだろう。

 

 そうして俺は、後程新たな文明の利器を手に入れることになる――――。


◇◆◇

「~♪」

「……」


 翌日のこと。

 日野さんの運転する車を学校から少し離れた位置で降ろしてもらった俺たちは、仲良く手を繋いで歩いていた。

 当然と言うか、案の定と言うか。同じ道を使って登校している生徒たちの視線を、俺たちは一身に浴びている。


「見られてるな……」

「見せつければいいのです。東条冬季と稲森春幸君はこーんなにも仲がいいんですよーって」


 東条さんは終始嬉しそうにしていて、終いには手を繋ぐどころか腕まで組んでくる始末。

 朝から彼女の柔らかい双丘が腕に当たり、煩悩を押し殺しているだけでも疲れてしまいそうだ。


 ちなみに日野さんは、俺たちから少し離れた所で身を隠しながらついてきてくれている。

 すでに学校側には話を通しているらしく、学校の中にいる間は敷地内にある駐車場で待機していてくれるそうだ。

 それだけでもずいぶん頼もしい。


「まさかこんなに早く春幸君と登校できるようになるなんて……本当に夢のようです」

「いや、その……そんなに嬉しいものなのか?」

「春幸君は嬉しくないですか?」

 

 彼女とこうして歩いている図を、冷静になって分析してみる。

 隣には学校中の男子が見惚れる絶世の美少女。

 しかも美人で可愛いだけでなく、料理も上手ければ会社を動かせるほどに頭も良くて、お金持ち。

 そんな彼女と腕を絡ませながら登校する――――シチュエーションだけ見たら喉から手が出るほどに羨ましい構図だ。

 

 しかしそんなことはどうでもよくて・・・・・・・

 

 好きな女の子と一緒に学校に向かっている。

 ああ、言葉にしたら確かにと頷くしかない。


「理解できたよ。すごく嬉しいって思った」

「~~~っ!」


 増々嬉しそうな様子で、彼女は俺の腕を抱きしめる。

 

(……幸せだな)


 十七年しか生きていないような人間が言うことではないかもしれないけれど、ましてや大袈裟すぎるかもしれないけれど、ふんわりとそう思ってしまったのだ。

 今というこの時間は、当たり前の物じゃない。

 守らなければならないものなんだと、強く認識できた気がする。


「――――守るよ」

「え?」

今度こそ・・・・、守るから」


 "今度こそ"という言葉は無意識のうちに飛び出してしまったものだけれど、訂正するつもりはない。

 東条さん自身は俺の言葉の意を察してくれたようで、黙って一つ頷いてくれた。


 ――――などとほんのり恥ずかしいやり取りをしていると、周りの目が増えすぎていることに気づいてしまった。

 

 顔を上げれば、すでに校門はすぐそこ。

 多くの生徒が校門に流れ込んでいく中、ほとんどの視線が俺たちへと集まっていた。

 皆目を疑っている様子で、中には必死に目を擦っている者もいる。

 

「……早く入ろうか」

「はいっ、旦那様・・・

「確信犯だろ……」

「はて? 何のことやら」


 あまり周りを煽ってほしくはないのだけど――――まあ、すっとぼける東条さんが可愛かったから、別にいいか。

 

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