024:庇護欲
「すみません、春幸君……」
春幸君が店の外に出て行くのを見送った後、私は手元に残った黒色の下着に目を落とした。
ブラのタグに書かれた表記は、"D"。
私はこのサイズより三つほど大きいサイズを普段着用しているので、さすがに離れすぎていて着けられません。
当然、サイズが違うことは手に取った時点で分かっていました。
それでも彼に選んでいただいたのは、彼自身の好みを把握したかったからです。
「お客様、何かお困りですか?」
私が黒い下着と睨めっこしていることに気づいた店員さんが、近づいて声をかけてくれた。
助かりました。これから声をかけようと思っていたので。
「あの、この下着と同じ柄でサイズの大きい物って置いてませんか?」
「あー……そちらの商品ですとEまでしかありませんね。申し訳ございません」
「そうですか……それなら写真に撮ってもいいですか? せめて似たような物を探したくて」
「そういうことでしたら構いませんよ」
「ありがとうございます」
許可をもらった上で、スマホを使って下着の写真を撮っておく。
そしてその写真を私が抱えさせてもらっている部下の方に送信した。
『この下着のメーカーに、私の胸のサイズで同じ柄の物を作ってもらうよう依頼しておいてください。値段は問いません』
『かしこまりました。週頭に連絡をつけさせていただきます』
『ありがとうございます。お願いしますね』
これでよし。
春幸君にすぐ見せられないのは残念ですが、流石に仕方がありません。
できる限り早く完成することを願って待ちましょう。
正直、私はずっと自分の体がコンプレックスでした。
中学生の頃から身長はほとんど伸びなかった癖に、胸とお尻ばかり大きくなって、男性からは性的な視線を、そして女性からは嫉妬の目線を浴びせられて。
それに加えて家のこともあったので、とにかくトラブルを避けるために処世術を覚えました。
でも、それで私のコンプレックスが消えたわけでもなくて。
さらに――――
そんな私に魂を引き戻し、人間に戻してくれたのが、春幸君です。
彼自身に自覚はないと思いますけどね。
すべては彼のおかげで、今では自分のことが大好きな立派なナルシストになりました。
(……そろそろ行かないとですね)
私は今一度、手元の下着へと視線を落とした。
許可まで取って写真を撮らせてもらったのに、このまま何も買わずに出て行くというのもいかがなものかと思ってしまう。
着けられないことは承知の上。ですが春幸君も私がこの下着を買って来ると思っているはずですから、怪しまれないように購入しておきましょうか。
お会計を済ませて、店の外へ出る。
辺りを見渡せば、少し離れた場所に春幸君の姿を見つけることができた。
近づく途中、彼の顔が私の視界に映る。
「あ――――」
普段の様子と違う、不安に押し潰されたその表情。
春幸君のご両親が事故で亡くなったのは、まだたったの二、三年前の話。
精神的にも未熟な時にそんな経験をしてしまったのですから、今の彼には当然その影響が色濃く残っているはずです。
(やめてください……春幸君)
心臓がドクンと跳ねる。
ああ、ああ。本当にやめてください、春幸君。
私の前でそんな顔をしないでください。
そんな、私の庇護欲を煽るような顔は――――。
「ふぅ……ふぅ……」
歩みを少しだけ遅くして、息を整える。
やっぱり私は、春幸君のことがどうしようもなく好きです。
守ってあげたい、二度と辛い思いをさせたくない、苦しい思いをさせたくない、痛い思いをさせたくない、嫌なことからは逃げてほしい、幸せなことだけに包まれて生きていてほしい。
そしてできれば――――私のことを必要としてほしい。
トロトロに、ドロッドロに甘やかして、私なしでは生きられない体になってほしい。
春幸君の体を作る食事は、できるだけ私が作ったものであってほしい。
春幸君の楽しい思い出の中には、できるだけ私がいてほしい。
春幸君の誕生日は毎年祝いたい。そして私の誕生日には彼からの「おめでとう」の言葉がほしい。
毎日「愛してる」と言って、毎日「愛してる」と言われたい。
春幸君の全てを、私が満たしたい。
そんな望みを叶えていくためにも、私は
春幸君が感じたという"視線"。
私の予感が正しければ、それはきっと私の失敗が生んでしまったモノ。
彼にいらない被害が出る前に、私の方で何とかしなければなりません。
(とりあえず今は、平常心。平常心です)
心を落ち着け、普段通りの表情を取り繕った。
油断すれば、きっと私の顔は恍惚とした表情に変わってしまう。
さすがの春幸君でも引いてしまうだろうし、そうなってしまうと私が悲しいですから。
ようやく息も表情も整った私は、春幸君の下へ歩いていく。
彼の方も私の存在に気づいたのか、顔を上げてくれた。
そして私を見つけて、心の底から安堵したような表情を浮かべる。
その表情があまりにも可愛くて、私は――――。
(あ~~~~もう! 好き好き好きっ!)
我慢できず、思わず駆け足になってしまうのでした。
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