018:醜い私も
「東条さんと稲森君って、仲良かったっけ?」
「え?」
「いやさ、何だか気にかけているみたいだし……」
いつも私とお昼ご飯を食べている佐藤さんからそんなことを言われ、やましいことはしていないつもりなのに思わず心臓が跳ねた。
私も含め、女子というのは想像以上に勘が鋭い。
「もしかして、稲森に気があったり~?」
「えー⁉ でも彼ちょっと地味っていうか……」
「まあ東条さんとは釣り合わなそうだよねぇ」
私は口元を押さえながら、笑顔のフリをする。
今話している吉田さんと佐藤さんは、果たして私と春幸君の何を知っているのだろう?
釣り合うとか釣り合わないとか、誰が相手でも考えたことはない。
というか、春幸君相手ならむしろ私の方こそ釣り合わないとすら感じます。
彼の魅力をここでまくしたてることもできますが、それでは私が大事にしている学生生活が壊れてしまう可能性もありますので、一旦黙って置くことにしました。
春幸君を困らせてしまいそうですしね。
「……てゆーかさ、そもそもの話東条さんって恋愛とか興味あるの?」
「恋愛に、ですか」
「うん。だってこの前サッカー部のエースの足立君に告られてたでしょ?」
足立————ああ、あのわざわざ校舎裏に私を呼び出した彼のことですか。
「それも断ったみたいだし、東条さんって誰かと付き合おうとか思ってるのかなーって」
「えー⁉ あの足立君⁉ すんごい女子人気があるんだよ⁉」
佐藤さんはそう言うけれど、興味がなさ過ぎてリアクションが取りにくい。
確かに顔の造形などは整っていましたが、まあ、それ以外に何も感じなかったというか。
「別に恋愛に興味がないわけではないのですが……あまり好みには合わなかったというか」
「じゃ、じゃあ! やっぱり稲森みたいなちょっと地味目な感じの奴がタイプ⁉」
彼のことを地味目な奴だなんて、吉田さんはなんにも分かってない。
いや、分からなくて結構なんですけど、何度も悪い意味で地味だ地味だと言われるとさすがに腹が立ちます。
ほんとに彼のいいところを無理やり吹き込んで一生忘れなくさせたい。
でもそうすると余計なライバルが増えてしまう可能性があるので、これもまた我慢します。
ああ、ここまで来ると自分を我慢強い女だと褒め称えたくなってしまいますね。
「……まあ、派手な見た目をした方よりは落ち着いている方が好ましくは感じますけども」
「————あーしも、稲森は結構可愛い顔してるって思うけどね」
「え?」
突然、それまで黙って爪をいじっていた静原さんが、そんなことをつぶやいた。
「そう思わん? 意外と稲森って睫毛長いしさぁ……清潔感もあるしぃ、浮気とかもしなさそうじゃん」
「えー? ……うーん、言われてみれば確かに浮気とかはしなさそうだけど」
「やっぱり誠実さって大事じゃん? カッコいい彼氏ってのもいいけどぉ……あーしはそういう人の方が安心できていいかなぁって」
この子————できる。
元々静原さんのことは優秀な人だと思っていました。
髪を金髪にしていたりネイルをしたりと生活態度はだらしなく見えますが、お弁当は栄養バランスも味もよく考えられた手の込んだものを手作りしているようですし、勉強だって定期テストでは上の方の順位で彼女の名前を見る。
加えて想像以上に周りを見ているし、私ほどではないですが、春幸君の魅力にも気づいているようですし。
恋敵としてはノーマークでしたが、今後は少し目を光らせておく必要がありそうです。
————とは言え、私が一番信頼している女の子もまた、この静原さんなんですけどね。
ぶっちゃけて言ってしまうと、静原さんとはこの昼食の時に集まるメンバーとは別で二人だけで出かけることがあるくらいには関係を築いています。
私が春幸君との関係を話すとしたら、きっと彼女だけでしょう。
申し訳ないとは思いつつ、佐藤さんと吉田さんは間違いなく周りに言い広めるでしょうから。
この二人は私を友人として慕ってくれてはいますけど、わずかながらに嫉妬の気持ちも持っています。
私の学校での評判が落ちれば多少なりとも心配する姿勢は見せてくれると思いますが、きっと喜ばしくも思うことでしょう。
相手が春幸君だからとか、そういう話でもなく。
問題は男性と同棲を始めたという部分であり、そんな話が広まれば私も彼も不快な視線に晒されると思います。
だから、いくら近しい関係だと思っていても、この二人には言えません。
(……ごめんなさい、春幸君)
もうすでにある程度は伝えていますが、これが私の醜い部分です。
両親から大切にしろと言われているこの"人を見る目"を使って、たまに嘘を織り交ぜながら人間関係を管理する。
周りの人間を見極めていると言えば少しは格好がつくかもしれませんが、そもそも私にそんなことをする資格なんてありません。
そう分かっているのにしてしまっているということは、もはや無意識の領域であり、元々私がそういう人間であるということの証明です。
(————ですが)
きっと春幸君は、こんな私でも何食わぬ顔で受け入れてくれる気がします。
私は甘やかしたくて春幸君を甘やかしていますが、彼はきっと天然で私を甘やかしてくれることでしょう。
もしや、誠心誠意頼めば膝枕や腕枕なんかしてくれたりするでしょうか?
まずいですね、考えただけでも鼻血が出そうです。
「……東条さん、どうしたの? さっきからニヤニヤしてるけど」
「え⁉ あ、ああ……何でもありません。お気にならさず」
「そう? 何もないなら別にいいけど……」
危ない危ない。
吉田さんに指摘されるまで、自分の口角すらコントロールできなくなっていました。
きっとこれは"春幸君成分"が足りないからです。
この後帰宅次第春幸君のことをぎゅぅっと抱きしめて――――っと、いけない。
今日は彼のバイトの日でしたね。
春幸君の務めるコンビニ。そこにも確か恋敵になりそうな危険人物がいたはず。
念のため、目を光らせておくことにしましょうか。
あ、別に私は春幸君のことをストーキングしようだなんて思ってませんよ? 本当ですよ?
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