016:登校と即バレ

 その後、学校から少し離れた駐車場で下ろしてもらった俺たちは、二人並んで舗装された道を歩いていた。


「————そうだ、春幸君。明日は学校も休みですし、一緒に出かけませんか?」

「出かける?」

「はい。主な目的は買い物ですね。春幸君が家に置きたい物や、ちゃんとした部屋着や普段着なども新しく買った方がいいでしょう。あとお揃いのマグカップも欲しいですね」


 明日はバイトもないし、買い物に連れて行ってもらえるのは正直ありがたい。

 今でも不便はしていないけれど、一着くらいは東条さんの横にいても恥ずかしくない服が欲しいと思っていたところだ。

 大変申し訳ない話、俺の持っている服はほとんど中学時代の物だから。


「分かった。丸一日空けておくよ」

「ありがとうございますっ。あ、先に聞いておきたいんですけど、春幸君が行きたい店とか場所ってありますか? 明日のプランの参考にさせてもらおうと思って」


 行きたい店、か。

 特に思いつかないのが現状だし、無理に捻り出す必要もないだろう。


「俺は洋服屋に寄れたらそれでいいよ。後は東条さんの買い物の荷物持ちでもするからさ」

「荷物持ちなんてお願いしていいんですか……?」

「全然構わないって。昨日も言ったけど、重い物を持つ力には自信があるから」

「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますね?」


 まだどこか遠慮しているような表情を浮かべつつも、東条さんは可愛らしくおねだりをしてくる。

 このおねだりに耐えられるような男は、きっといないだろうな。


「……そろそろ離れて歩きましょうか」

「ああ、頼む」

「ほんっとに渋々ですよ⁉ ほんとに本当ですよ⁉」


 必死に言い聞かせてくる東条さんを落ち着けつつ、俺は少しずつ彼女から距離を取った。

 俺たちの関係を周りには教えないと言った以上、仲良く並んで一緒に登校なんて馬鹿な真似はできない。

 だから俺と東条さんは、あくまで普通のクラスメイトとして生活する必要がある。


(双方それで納得したはずなんだけどなぁ……)


 東条さんがさっきから頻繁に振り返って俺の存在を確認する様子を見て、思わず苦笑いを浮かべる。

 きっとここまで警戒せずとも、きっと東条さんなら上手く乗り切ってくれるだろうし、バレないようにバレないようにと重く背負ってしまうことの方が危険かもしれない。


 今までだって深く関わらずに生きていたんだ。

 その通りの関係を、学校の中だけでも続ければいいだけの話である。

 

 適度な距離を保ちながら、大勢の生徒たちに混ざって校門を抜けた。

 そしてそのまま教室へと向かえば、俺の前を歩いていた東条さんはあっという間にクラスメイトの女子たちに囲まれてしまう。


「おはよう! 東条さん!」

「はい、おはようございます」

「東条さん! この前おすすめしてくれたシャンプーすごくよかったよ! ありがとうね!」

「役に立ったみたいでよかったです。また何かいい物を見つけたら教えますね」


 あっという間に、彼女は俺がつい先日まで抱いていた印象通りの"東条さん"になった。

 波を立てぬよう、刺激せぬよう、程よく人当たりのいい笑顔を浮かべている。

 俺はそれが演出された物だということを知っているが、もしそれを知らないままでいたのなら、一生東条さんの本心なんて知らないままだったはずだ。


「————おーい、ハル・・

「ん?」


 東条さんから目を逸らして自分の席に向かおうとした俺を、聞き覚えのある男の声が呼び止めた。

 

「雅也……」

「もう体調は大丈夫なのかよ?」

「ああ、おかげさまで」


 俺の席の前に座るこの男は、西野雅也。

 中学時代からの数少ない俺の友人であり、俺の生活事情を知る人物でもある。

 俺にとっては、現状一番信頼している相手と言っても過言ではない。


「お前なぁ……寝る間も惜しむような状態で働きまくってたからそうなるんだよ。頼むからあんまり無茶するんじゃねぇよ。うちの母ちゃんだって一部屋くらい貸してやるって言ってるしさ、少しは楽しようと思えって」

「提案はありがたいけどさ……」


 前々から、雅也の家は俺のことを気にかけ続けてくれていた。

 それがどれだけありがたいことかは理解しているつもりだけど、どうにも頼り切れないというか、申し訳なさが勝ってしまうというか。


 恥ずかしいから口にはできないが、雅也とは対等の立場でいたいのだ。

 ここで頼ってしまえば、負い目のようなものが残ってしまう気がする。


「相変わらず頼るのが下手くそだな、ハルは」

「苦手って言うか……うん、そうなのかもしれない」

「……次に体調を崩すようなことがあれば、その時は無理やりにでも止めるからな」

「————分かったよ」


 俺が受け入れたのを見て、雅也は満足げに頷く。

 今思えばという話ではあるが、こういう強引な部分は東条さんに少し似ているかもしれない。

 

 近いうちに、雅也には彼女のことを話すべきだろう。

 大事な友人だからこそ、これ以上心配させたくない。


「そういや、今日の一限目の授業数学だけど、大丈夫か?」

「ん、何が?」

「昨日新しい公式を習ったからよぉ、割と置いてきぼりをくらいそうだなって」

「ああ、それなら大丈夫だ。昨日東条さんにノートを――――」


 ————あ。


東条に・・・ノートを・・・・?」


 東条さんのことを考えながら喋っていたせいで、口が滑ってしまったらしい。

 自分から周りには話さないと言っておいて、登校してから五分も経たないうちにバラしてしまった。

 油断大敵。自分の迂闊さに対し、思わずため息が漏れる。


「……あとで全部話すよ」

「おう、頼むぜ」


 ニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら頷く雅也を前にして、俺は二度目のため息をつくのであった。

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