014:映画鑑賞
風呂から上がった俺たちは、ソファーに座ってテレビの画面をいじっていた。
今時はパソコンでなくとも、テレビをインターネットに繋いで動画配信サービスを見ることができるらしい。
「恋愛、ホラー、アクション、色々ありますけど、見たい物ってあります?」
「話題の物とか、そういうのでいいんじゃないか?」
残念ながら、俺はそういうものにあまりにも疎い。
だからどんな映画を見たいかと聞かれても、俺の中には幼い頃の記憶に基づいた好みしか存在しないため、今の年齢に合わないという自覚がある。
「そうですね。私も少し前までは余裕がなくて映画すら見る時間がなかったものでして……適当に視聴ランキングの一位の作品でも見てみましょうか」
画面をランキングの項目に変え、この一か月で一番視聴されている映画を選択する。
サムネイルや説明を見る限り、それはホラー映画のようだった。
お金はないけど幸せな家族が安い家に引っ越した結果、不可解な怪奇現象に襲われるという話。
「春幸君はホラー耐性がありますか?」
「いや……別にあるとは思わないな。好き好んで見たいとも思わないし」
「なるほどなるほど。じゃあもし怖くて仕方がなくなったら、私にしがみついて縮こまっていいですからね。私の隣にいる以上は安心してください」
可愛らしいドヤ顔を浮かべながら、東条さんは胸を張る。
ここまで言うということは、きっと彼女はホラー映画が好きなんだろう。
ホラーは慣れると聞くし、まあ――――ないとは思うけど、もし怖くてどうしようもなくなった時は、遠慮なく頼らせてもらうか。
◇◆◇
「ひゃっ⁉」
右腕に柔らかい感触が伝わってくる。
俺の腕にしがみついて心底怯えた表情を浮かべる東条さんは、画面内で何かが起きるたびに顔を逸らしていた。
(あんなこと言っていた割には、めちゃくちゃ苦手じゃないか……)
さっきからずっとこの様子なため、かわい子ぶっているわけでもなさそうだ。
「ご、ごめんなさい……実はホラーって元々あんまり見たことがなくて」
「だったらあんなに自信満々にならなくてもよかったんじゃないか?」
「だって……春幸君にいいところを見せたかったので……」
なんとも可愛らしい理由だった。
そんな話をしている間に、再び画面の中で脅かすような演出が起きる。
同時に東条さんは悲鳴を上げ、さらに俺の体に抱き着いた。
「い、今! ううう後ろに!」
「いたな、幽霊みたいなやつ」
「は、春幸君は大丈夫なんですか……?」
「想像以上に大丈夫だった」
少し不安だったものの、始まってしまえば別に身構えるほどではなかったというか。
別に驚いていないというわけではなく、驚きはするが大きくリアクションするほどではないという感じ。
ここで脅かしに来るんだろうな、とか、振り向いたらいるんだろうな、とか。
色々と予想がつく場面があって、心の準備ができていることが大きい気がする。
「怖いなら、遠慮なく俺にしがみついてくれていいからな」
「うぅ……からかわないでくださいよぉ」
涙目で怯える東条さんの姿が、どうにもならないほどに可愛らしくて。
気づいた時には、俺は彼女の肩に手を添えて、自分側へと引き寄せていた。
「あっ」
「わ、悪い。つい……」
「い……いえ、その……恐怖とかそれ以前に心臓が跳ねてしまって……」
あれだけ怯えていた彼女の顔が、突然赤くなる。
昨日からずっと俺をからかい続けた彼女も、反撃には弱いらしい。
それがあまりにも可愛らしくて――――。
(駄目だ駄目だ、まだ二日だ)
流されやすい自分が情けない。
自分を律するように深く呼吸をした後、俺はそっと彼女の肩から手を離した。
しかしその手は東条さんに掴み直されてしまい、無理に離すことができなくなる。
「東条さん?」
「もう少し、このままがいいです」
姿勢を正すのに乗じて、東条さんは俺との距離をさらに詰めてくる。
昨日も嗅いだシャンプーのいい香りが鼻に抜け、せっかく落ち着き始めた俺の心臓を高鳴らせた。
ただ、こういう時に限って間が悪いことが起きるというもの。
突然大きな音と共に、テレビ画面いっぱいに幽霊の顔が映し出される。
ここが防音もしっかりしたタワーマンションで本当によかった。
そう思ってしまうほどに、東条さんの上げた悲鳴は大きかったから。
――――結局のところ。
これ以上の視聴は不可能と判断した俺たちは、このまま歯を磨いて寝ることにした。
「ぜ、絶対に離れないでくださいね⁉」
「ああ、分かってるよ」
ベッドに潜り込んだ東条さんは、映画の影響をモロに受けてずっと怯えていた。
完璧超人と名高い東条冬季の弱味らしい部分を見ることができたのは、もしかすると大きな役得なのかもしれない。
「なんか……昨日とは反対だな」
「え?」
「昨日は俺が東条さんに助けられたけど、今日は俺が頼られてるから」
結局のところ、俺があれほどまでにぐっすり眠ることができたのは、東条さんに抱きしめてもらったからだ。
――――改めて言うと照れ臭いけれど。
ともかく、自分はすでに大きな恩を彼女から受けている。
どうにかしてそれを返していきたいと思うし、こうしていることで少しでも東条さんが安心してくれるというのであれば、やぶさかではないと思っていた。
「じゃ、じゃあ……抱きしめて寝てくれますか?」
それはかなり難しい要求だが――――。
「……分かった」
「え⁉」
俺は寝そべりながら、両腕を広げる。
「東条さんがそれで安心できるなら……それくらいはやるよ」
「……っ!」
反射的に、とでも言えばいいか。
東条さんはノータイムで俺の懐に飛び込んできた。
布団がかかっているだけで、何だかソファーの上でくっついた時よりも密着感を覚える。
昨日は俺の中に相当な疲れがあったからあっさり眠れてしまったが、もしかしたら今日はそう上手く行かないかもしれない。
それほどまでに、胸の高鳴りがずっと続いている。
「……幸せ過ぎて、頭がおかしくなってしまいそうです」
「それは抑えてほしいかな」
「無理ですよ……だって好きな人に抱きしめられてるんですよ?」
彼女はそう言いながら、身をよじる。
髪の毛や衣擦れが、どこかこそばゆい。
「私が寝てる間は、ずっと側にいてくださいね?」
「……分かった」
そうして俺は、東条さんを抱きしめている腕に、もう少しだけ力を込めた。
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