それからも私はあまり変わらない日常を送っていた。

 御剣来栖や桜宮小春にとっては例のゲームは大きな転機となったみたいだけど、私にとっては時々仮想現実でやらされるゲームとそこまでの違いはなかった。一つだけ違ったのは、これまではこの学園の生徒ではなく完全に知らない人(そもそも実在の人間なのかも不明)ばかりが相手だったことだ。


 最初は同じ学園の生徒が相手でも何も変わらないと思っていたし、最後に殺されるまでその思いは変わらなかった。しかしゲーム終了後に御剣来栖と桜宮小春が私の病室にやってきて、あまつさえ仲良くしたいなどと言われてしまった。


 これまで十数年生きてきたが、現実の人間にそんなことを言われたのは初めてだ。 そもそも私は生身の人間だと研究者のような人物としか会ったことがなく、年が近い相手と話すのもほぼ初めてではないだろうか。


 仮想現実では言われたこともあるが、そこでどんなに仲良くなったとしてもその仮想現実が終われば別れることになってしまう。どの仮想現実を見るのかは私が選択するものではない以上、いつが最後の別れになるのかもよく分からない。


 だから仮想現実の知り合いは、いつ会えなくなってもいい、という程度の知り合いでしかなかった。


 そんな中、御剣来栖と桜宮小春はそれからも数日おきに私の病室に来ては他愛のない話や仮想現実の話などをしていった。時には三坂瑞樹や草薙充を連れてくることもあったが、頻度は少なかった。考え方の違いというのもあるし、単純に女子の中に男子が入るのはやりづらいというのもあったかもしれない。

 そんな訳で次第に私は二人に対して友愛の情を抱くようになった。


 そう言えば甘利いちごは仮想現実で何度も藤川良太と邂逅することで藤川良太への愛情を作られたと言っていた。

 同じ経験を乗り越え、継続的に会いにきてくれ、しかも初めて会った年が近い相手。そういう条件がそろっているからそう思うのだ、と理解していても会うと愛着が湧いてしまう。




 そんな日々を送っていると、ある日私は再び仮想現実の中で謎の建物に送られた。

 基本的に何かを勉強する場合は大体大学のようなところに送られるので、見知らぬ場所に来たときは大体よからぬことをさせられる場合が多い。


 体は現実の時のままと、健康的な体になっている場合があるが、今回も現実の体のパターンだった。それに気づいて私は少しだけ嫌な気持ちになる。


 そのため私は上体を起こすのが精いっぱいだ。部屋を見るとベッド脇には一振りの杖が置かれている。ファンタジーアニメとかに出てきそうな魔法の杖そのままだ。

 また変なゲームをさせられるのか、と思いつつ私は杖を手に取る。


 その時だった。

 不意に部屋にあったモニターが灯り、一人の人物が映し出される。その人物を見て私は少し驚いた。


「天方達也……」

「お久しぶりです、籠宮夢さん」

「どうしたの、そんなデスゲーム主催者みたいな喋り方して」


 私はちょっとした皮肉交じりに問いかけてみる。

 口調が変わっているのはデスゲームをする際には丁寧な喋り方をした方がいい、という研究結果でもあるせいだろう。そんな研究、捨ててしまえばいいと思うけど。

 最近学園に来ていないと聞いていたけど、こんなことをやらされているなんて。いや、それとも進んでやっているのだろうか。


「おや、さすが歴戦の参加者の方は察しがいいですね。では予想通り、こう言いましょうか、“これからあなた方には殺し合いをしてもらいます”と」

「何でデスゲーム主催者って皆こう悪趣味なのかしら」


 私はため息をつく。


「愚問ですね、趣味がいい人がデスゲームなんて考える訳ないじゃないですか」

「それはそう」

「それで、今回は何をすればいいの? 参加者が集まらずに個別にルール説明されていて、しかもすでに武器みたいなのがあるってことは、今回はバトル要素があるように見えるけど」

「その通りです。よくご存じですね」

「まあ、何回もやらされてきたから。それで今回は何?」


「ああ、最近あなたはリアルで仲がいい相手が出来たようですね。そのため、今回はすでにデスゲーム慣れした人間が、死にたくない理由が出来るとどうなるのかという実験ですね」

「……は?」


 それまで適当に話を聞いていた私だったが、その言葉で少しだけ真剣になってしまう。

 まあ冷静に考えれば私の病室に皆が来てくれている以上、知られていないはずがないけど。

 まさかそれを逆手にとってくるだなんて。


「おやおや、歴戦の籠宮さんでも友達が出来ると死ぬのが怖くなりましたか?」

「……所詮これは仮想現実。ここで死んだからといってリアルで私が死ぬはずはない」


 いくらこの島が外部と遮断されているとはいえ、今の私に何かあればそれこそ御剣来栖や桜宮小春が気づくはずだ。

 それでも力づくでもみ消すことも出来るかもしれないが、私を殺すメリットは何もない。せっかくお金と手間をかけて育成してきた極上のモルモットなのだ。一時の楽しみで殺してしまっていい存在ではないだろう。

 だからこれまでやってきた数々のデスゲームでも私は負けても殺されなかった。


「ではこういうのはどうでしょう」


 天方達也がそう言うと、彼の後ろに体を縛られた御剣来栖と桜宮小春の姿が浮かび上がる。


 それを見て私は自分から血の気が引いていくのを感じた。


「このゲームにはHPという概念があるんですが、あなたは元々HPが低いのであなたがダメージを受ける際は代わりにこの二人にダメージを受けてもらおうと」

「そんな!」


 これまでやってきた仮想現実でのゲームは所詮ゲームだった。

 ゲームの中では善良な人間でも銃を持って人を殺すことを厭わないように、私も勝つためなら何でもやってきた。しかしそれが実際の人間に対する被害になれば……


 もちろんそんなのは前のように見せかけに過ぎない、と断ずることも出来る。

 だがその根拠はない。


 第一、仮にモニターの中の二人が架空の存在だったとして、友人の姿をかたどっている以上、架空の存在であれば傷つけられても何とも思わないという訳にはならない。


「一体何でこんなこと」

「前回のデスゲームで私には人間が持つ倫理観がないと判断されたので、一応罪悪感のようなものがないかも検証するようです」

「……」

「仮に罪悪感でなくともこのような非道な状況でゲームをさせられるあなたを見ていたらなにがしかの感情が芽生えるかもしれない、という期待もあるらしいですが、どうでしょうね」


 これが狂った研究者たちの正体か。

 それを知った私は震えあがった。


「さあ、それではルールを説明するので頑張ってください」


 私が今置かれている状況とは場違いなほど明るい天方達也の声が狭い室内に響き渡るのだった。

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Educated Wolves 今川幸乃 @y-imagawa

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