Ⅱ
「どうぞ、〇〇〇号室です」
私たちが指定された部屋に向かい、ドアをノックする。
「御剣と桜宮です。お見舞いに来たわ」
「はーい」
私たちの声に、弱々しい返事が戻ってくる。
「鍵は開いてる」
そう言われて私たちが中に入ると、狭い病室のベッドに籠宮夢が横たわっていた。そしてよろよろと上体を起こし、近くのクッションに身を預ける。仮想現実内では制服を身に着けていたが、ここでは寝間着のようなものを着ていた。
無意識にもっと実験室のようなところを想像していたので、周囲には仮想現実の装置に加えてよく分からない装置がいくつかあることを除けばいたって普通の部屋だったことに驚いてしまう。
不意に桜宮がしまった、というように言う。
「しまった、お土産でも持ってこれば良かったです」
「いい、病院食以外を食べるとお腹壊すから」
きっとずっと寝たきりだった彼女は体も弱っているのだろう。そう思うと何とも言えない気持ちになってしまう。
幸い部屋には椅子があったので私たちは勝手にそこに座る。おそらく普段は医者や研究者が使っているのだろう。
そんな私たちに彼女は尋ねる。
「それで、何から聞きたい?」
「最後に言っていた……天方君は人間じゃないってどういうこと?」
「そのまま。私もよく知らないけど、彼は人工的な知能を作る実験により生み出された存在らしい」
「そんな!?」
私は驚きを隠せなかったが、よく考えるとこんな「仮想現実」などという技術がある以上脳を人工的に作り出すことが出来てもおかしくはない。
「実は……」
そして桜宮さんは私たちが死んだ後に天方君とピエロ男が話していたことを説明する。
人工的に作った脳に教育で感情を植え付けることが出来るのか。
私たちの殺し合いの横でそんな実験が行われていたことに私は戦慄する。
「……ということらしいです」
「まさかそんなことが行われているなんて……でも全然気づかなかったわ。確かに感情が薄いとは思ってはいたけど」
とはいえ、元々そういうタイプか、もしくはあんな場所に連れてこられて気が動転しているのかと思っていた。
というか周りに明確に異様な人が何人もいたせいで、その程度は気にならなくなってしまっていた。
「そういう意味では実験はあと一歩で成功するところまで迫っているのね」
「そうね。私も仮想現実内では人工知能について学ぶことも多いけど、そう遠くないうちに実験は成功し、数十年もすれば実用の段階に入ると思う」
籠宮は淡々と恐ろしいことを話す。
それを聞いて私と桜宮さんは蒼い顔をした。やはり私たちは比較的常識人だったようだ。
と言う訳であのゲームが何だったのかについてはおおむね知ることが出来た。知ったからといってすっきりするとか満足するとかそういうことは全くなかったが、それでも知的好奇心のようなものは満たすことが出来たと思う。
「最初から人工的に作られた人間が出てくるのは、生まれた時から全て人為的に育てられた私から見ると何とも言えない気持ちだけど」
籠宮が無表情に言う。
そうか、あのゲームはそういうことに対する実験も兼ねていたのか。そう思うと余計に気が遠くなりそうだ。
今度は私は代わりにゲーム中の疑問を尋ねる。
「そう言えば籠宮さんは何で神楽さんを襲撃したの? あの時、神楽さんを襲撃すればそれなりの確率で護衛されて終わりそうだったけど」
籠宮さんはずっと部屋の中にいたのにどうやって神楽のはったりを見破ったのだろうか。
「あの時、私はゲームにほぼ参加していなかったから、あの時生き残っている人が誰なのかしか知らなかった。その中で一番厄介そうな人物を襲っただけ」
「なるほど」
知ってしまえば拍子抜けの理由だった。
神楽さんもまさか自分のはったりを人狼が全く聞いてくれていないとは思わなかったのだろう。
「私も後でその話を聞いた時は驚いたけど」
てっきり籠宮さんが神楽さんに洞察力で勝利した、みたいな裏があったのかと思ったがこれに関しては偶然の産物だったらしい。
「そっか、じゃあ籠宮さんが勝ったとかじゃなくて本当に偶然だったのか」
「そう、恐らく実験者は生まれた時から英才教育を受けた私、才能と幼いころからのハイブリッドである御剣さん、そして生粋のサイコパスで洞察力もある神楽さんたちを戦わせて誰が勝つのかに興味があったのだろうね」
そう言われると、共感は出来ないがうっすらと理解は出来る。
ゲームで育てた最強のキャラクターを他人が育てたキャラクターと戦わせてみたい、みたいな気持ちだろう。
それを理解しても気持ち悪さが増すだけだが。
「そう言えば、それなら藤川君と甘利さんのあれは何の実験だったのかしら」
「直接聞いた訳じゃないけど、私の推測だとあれは藤川良太が天才が凡才になってしまうのかの研究と、甘利いちごに人を好きにさせることが出来るのかの研究らしい」
「……は?」
籠宮さんが平然と言った言葉に私は不快感を覚えた。
天方君や籠宮さんの話を聞いた後だからもう何が出ても驚かないだろうと思っていたが、その二人に対して行われた実験も別の角度でなかなかにおぞましいものだった。
桜宮さんも明らかに引いている。
「天才を凡人にするって……それ何の意味があるんですか!?」
「確証はないけど、藤川良太は元々もっと頭がいい人として入って来たはず。で、おそらく仮想現実で凡人に囲まれて過ごさせた。意味は、天才は早期に見つけて隔離すべきかどうかってことじゃない?」
「なるほどね……甘利さんは?」
「そちらは単純。毎日藤川良太の仮想現実と一緒に過ごさせて、彼女が現実の藤川良太を好きになるようにさせたんだと思う。最後のあれは、所詮押し付けで作られた偽りの愛だから崩れたととるか、単に甘利いちごの人間性がああだったととるかの解釈はるけど」
先ほどまで自分たちに感覚が近いと思っていた籠宮さんがそういう話を平然としていることに私は驚く。
するとそんな私の視線に気づいたのか、彼女は苦笑する。
「私はこの学園で行われているような研究についても仮想現実内で学んでいるから分かるってだけ。でも内心彼らがやっていることに共感は全くない」
共感していないと聞いて少しだけ安堵する。話を聞けば聞くほど、籠宮さんは積んできた経験が異様であるだけで本人は普通の人のようだ。
私が引いていると、今度は桜宮さんが口を開く。
「少し話は変わりますが、籠宮さんは確か似たようなゲーム? もやらされてきたのですよね? それでも負けたのは少し意外です。最後、全く今まで参加してなかったところから御剣さんと二分の一まで持っていったのはすごいと思いますが」
「別に積極的に勝ちたいとも思わないけど。だって私が勝ったら、近い将来人類は皆寝たきりで育てられるようになるから」
籠宮さんはそう言って自嘲気味に笑う。
確かに籠宮さんが優秀だということになれば、少なくとも才能のある人物はそうやって育てられることになるのだろう。あのピエロ男のような頭がおかしい人はともかく、私たちのような凡人にはそれがいいことだとは思えない。
そして私はこんな特殊な環境で育った籠宮さんがやはり普通の思考をしていることになぜかほっとした。
「本気で勝ちに行くなら体を引きずってでも部屋から出て情報収集をしていたと思う。でも人狼が二人いるならもう一人に任せてもいいかなと思って」
「そうでしたか……」
「まあそれなら最後まで大人しくしてろと思われるかもしれないけど、さすがに一度も姿を現さないまま勝敗が決まるのもどうかと思って」
籠宮さんは相当達観しているようであった。
その様子はまるでデスゲームではなく普通のパーティーゲームで最後の盛り上がりでも考えて出番を見計らっていたかのようにも見える。
そう考えると、慣れというものは恐ろしいものだ。
「籠宮さんは負けてもいいかも、と言っていたけど、自分が死ぬことは構わなかったのかしら。それとも、似たようなゲームを何度もやらされて負けても死なないと確信があったの?」
彼女はずっと部屋で動けないと言っていたが、それは身体的な問題もあるだろうが、究極的には勝負に負けてもいいという気持ちがあったからだろう。
もしも絶対勝とうと思っていれば、彼女もさっき言ったように何かしらやりようはあったはずだ。
「確かにそれは薄々そう思っていた。もっとも、これまでやってきたゲームは全部現実にこの島にいる人が出てこないゲームだったし、体も完治した状態でスタートしていたからこれはもしかして、という気持ちもあったけど」
「でも、じゃあ何で」
すると彼女は少し寂しそうに答える。
「私は仮想でしか生きてないから、生死の感覚は他の人よりも少し薄いかもしれない。それに、仮想現実でなら何度か死んだこともあるし」
彼女はさらっと言ってのけたが、私たちはぎょっとする。
「そんな驚かないで……こんなベッドの上から動かないような暮らしをしていて、本当に生死を賭けたデスゲームをさせられて、他人を殺してでも生き残りたい、とまで思うことある?」
そう言われると私は黙るしかない。
「もっとも、私はそうじゃない可能性の方が高いと思っていたというのもあるけど」
「籠宮さんは色々達観しているようですが、恐らく超エリートだと思うんですが、今後この島を出たらどうしたいとかないんですか?」
籠宮の受け答えを見て見かねたのか、桜宮さんがそんなことを尋ねる。
「さあ……? 残念だけど、仮想でばかり生きてきたから現実でどうしたいとかは全くないかな」
そう言って彼女は自嘲気味に笑う。
すると桜宮さんは少し考えた末に口を開く。
「そうですか……でしたら私、これからもここに来てもいいですか?」
「え?」
桜宮さんの唐突に籠宮さんは首をかしげる。
「あんな体験をしてしまった以上、あの時のメンバー以外の人とはどうしても壁を感じてしまうと思うんです。だから時々で良ければ仲良くしたなって思いまして……だめでしょうか?」
「まあ……別にいいけど」
桜宮の言葉に籠宮は困惑しつつも頷く。
「それなら私も」
「はい、御剣さんとも仲良くなれたら嬉しいです」
こうして私たち三人は期せずして何となく仲良くなったのだった。何だかんだ、同じゲームを乗り越えた間柄というのは強いということだろう。
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