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Ⅰ
御剣来栖
気が付くと、私たちは仮想現実内と思われる無機質な一室に集められていた。
そこにいたのは天方君、三坂君、桜宮さんの三人を除いた参加者であった。私たちはそこでピエロ男からこのゲームが所詮実験に過ぎなかったこと、だから実際は死んではいないことなどが伝えられた。
それを聞いた私たちは大いに憤慨したが、だからといってどうすることも出来ない。藤川君や草薙君は散々にピエロ男を罵倒したけど、私はそんなことをする気力も湧かなかった。
何人かの非難の声がやまぬ中、事情の説明を終えたピエロ男はやがて強制的に意識を目覚めさせた。
何日も経ったようだったが、所詮一夜しか経っていなかったらしい。言われてみればそもそも人狼ゲーム中、一日とはいえ実際に起きていたのはかなり短い時間だった。
いつもより長時間仮想現実を使っていたせいか精神的に疲れたせいか体はだるいが、仕方なく私はいつもの日常に戻る。
当然ではあるが、あのゲームに参加していない大半の生徒はいつも通りに明るい日常を送っているのが見える。それを見ると一瞬ではあるが私は本当に悪い夢を見せられていたのではないかと思えたし、そうであって欲しいと思った。
私が登校すると、担任の教師に授業前に一枚の封筒を渡された。
「学園長に渡してと言われたものだ。僕も中に何が入っているのかは知らない」
そう言われて渡された封筒を授業中にこっそり開けてみると、中に入っていたのは『特殊課外授業 成績表』と書かれた紙であった。
そこには例のゲームでの『最終的な勝敗』『生き残った日数』『立ち回り』など様々な項目について数字での評価が書かれていた。
私はそれを見て無言で紙を千切り、授業が終わると同時にトイレに流して捨てた。
放課後になると私はふと思い出して二年生の教室に向かう。
三年生の中であのゲームに参加させられた人は私以外だと不破君しかいないが、彼の姿はなかった。部屋で寝ているのか、病院にでも連れていかれたのか。
そこで後輩たちはどうしているのだろう、と思う。
それに私が死ぬ間際、籠宮さんが天方君に気になることを言っていた。最後まで残っていた彼であれば何か別のことも知っているかもしれない。また、純粋にあの思い出は自分一人で抱えておくには大きすぎて誰かと共有したい、という思いもあった。
そもそも彼は無事に学園に来ているだろうか。
一度気になりだすと、気になることは止まらなかった。
二年生の教室に向かうと、天方君も三坂君もいなかった。二人とも最後まで残った人物だからだろうか。それとも一夜明けて立ち直った自分が異常なのだろうか。
そう思っていると、神楽さんが元気にクラスメイトと話す声が聞こえてきてはっとする。彼女は元々目立つタイプだったからゲーム前から知っていたが、その時と変わらずクラスメイトたちと話していた。
彼女のことはよく分からなかったが、話しかける勇気は起こらなかった。
神楽さんの本性を知った今となっては、もはや彼女と普通に話す気はならない。どれだけ友好的に話していてもあの時の底知れぬ不気味さをたたえた彼女を思い出してしまうだろう。学年も違うし、出来るだけ関わらないようにしよう。
そう思って私は一年生の教室へ降りていく。
「あれ、御剣先輩じゃないですか」
そう言って声をかけてきたのは桜宮さんだった。
「桜宮さん!?」
「良かったです、他の人は皆休んでいたので」
そう言って彼女は私を見てほっと息を吐く。
言われてみれば、一年生の教室にも空席が二つあった。恋人同士であんなことになった藤川君と甘利さんもまたすぐにいつもの日常にはならなかったに違いない。
桜宮さんとはゲーム中ではバチバチの敵対関係であったが、ゲームが終わった今となっては、同じ経験を共有したこともあって妙な親近感を覚えた。
それに何というか、彼女は神楽さんや籠宮さんに比べればまだ自分に近い考え方の人間のような気がした。
「そうね。多分私たちと神楽さんぐらい」
「あはは……」
神楽さんの名前を聞いて桜宮さんは苦笑する。
彼女も神楽さんに近づく気にはならなかったのだろう。
「ところで、起きてから籠宮さんについて訊いてみたのですが、普通に近くの病院で生活しているようです。良かったら一緒に会いにいってみませんか?」
「そうなの? それなら構わないわ」
別に存在が秘密にされてひたすら実験されているとかそういう訳ではなかったらしい。もっとも、この島で行われていることすべてが外に対しては秘匿されているのではあるが。
私も死の間際に籠宮さんが言っていたことについて聞いてみたいと思っていたし、他にも彼女は何か知っていそうだったので同意する。
そんな訳で私たちは二人で学園を出て近くの医療施設へ歩いていく。皆学園近くの寮で暮らしているため、学園を離れると周囲を歩く学生は一気に減った。
周囲に人影が少なくなると、私は尋ねる。
「そう言えば、桜宮さんは狂人だったの? 最後、確信を持って私に投票してたのは狂人で籠宮さんが人狼だと知っているからに見えたけど」
「はい、そうです。私は人狼が誰か知っていたので、神楽さんに嘘がばれて草薙さんが吊られた時はもうだめかと思いました。籠宮さんが急にやってきて対抗を主張したので、やるならここしかないと無理矢理押し切ろうとしちゃいましたね」
本当ならもっと恨んでもいいことなのだろうが、ゲーム自体が茶番(あの男は崇高な実験と言い張るだろうが)だったこともあって、彼女への遺恨はすっかり消えていた。
「それは大変だったね」
「そうですね……本物の狂人や人狼には構いませんよ」
そう言って桜宮は自嘲気味に笑う。
本物の狂人や人狼、か。確かに神楽さんはある意味草薙君よりも人狼らしかったし、不破君はまごうことなき狂人であった。
「そういう意味では私の占い師だけは適役だったかもしれないわ」
「確かにそうですね」
そんなことを話しているうちに、病院の建物が見えてくる。
私たちが受付で籠宮さんのお見舞いに来た旨を告げると、受付の人は一度裏に行って何かの確認をした後戻ってきて中に入れてくれた。
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