そうか、実はこの場面、三坂の協力があれば必勝法がある。

 俺はそのことに気づいた。


 ピエロ男も、自分が望む展開にするために入れたルールが穴になるとは思わなかっただろう。

 いや、もしや誰かがこの決断をすることもピエロ男が望んだことなのだろうか。デスゲームを開催するような奴であればそう考えるような気もする。

 だとしたらこの方法を使用するのは非常に嫌だ。


 だが、本物の占い師を吊ってしまい、もしも狂人が残っていればその時点で人狼側の勝利となる。


 逆にもしこれまでの会議で狂人が吊れていれば、ここで人狼を吊れなくても明日の会議でもう一人を吊ることが出来るので二人のどちらかを吊るという方法でも間に合うかもしれない。

 だが、それだと今夜の襲撃でさらに一人の犠牲が出てしまう。


 そうだ、元々俺たちだってここまでこの「人狼ゲーム」をしてきたんだ。人狼は村人を襲撃し、俺たちは疑わしい人に投票して来た。

 それならここでゲームに勝つための方法で死ぬことがあっても文句を言う筋合いはないだろう。


「まず三坂、俺たちに二人のうちどちらが真占いなのかを見抜くことは難しい」

「そうだな」

「だが、その上で俺たち村人には必勝法がある」


 そう言った瞬間、御剣の表情は青ざめ、籠宮は口の端を吊り上げた。この二人なら気づいていてもおかしくはない。

 一方の三坂と桜宮は首をかしげる。

 恐らく三坂には絶対思いつかない方法だろう。


「今すでに御剣には籠宮と桜宮の票が、籠宮には御剣の票が入っている。ということは、俺が籠宮に投票して三坂が棄権すれば、二人は両方吊れるということだ」

「な、何だって!?」


 俺の言葉に三坂は呆然とする。


 そして桜宮の表情も青ざめていく。正直、御剣と籠宮の二人が票を入れ合うのは仕方ないとして、桜宮は狂人で籠宮が人狼であることを知っているから確信を持って御剣に入れていて、俺の案だと人狼が負ける青ざめているようにも見えるのだが……確証はない。


 純粋に両吊りという案に青ざめている可能性は普通にある。

 そんな桜宮は何か言おうと口を動かしたが、すぐにつぐんだ。


 御剣が絶対に人狼だ、という客観的な証拠をすぐに出すことが出来なかったのだろうか。


 俺と三坂にとってこれは必勝の案だ。確かに倫理的には否定出来るが、下手に否定すると人狼が吊られるのを恐れる狂人だと思われてしまう、と思ったのかもしれない。


「と言う訳で俺は籠宮に入れる。もっとも、そうなると三坂には決定権がある訳だが」


 そう言って俺は籠宮のボタンを押す。

 これで票数は二対二になった。


 そんな俺の投票を見て三坂の表情から血の気が引いていく。

 この状況、どちらを吊るか、両方吊るか、三坂が決定できるという訳だ。


「私を信じて」


 籠宮は静かに三坂を見て言う。


「そんな! 私を信じて!」


 一方の御剣は切実な表情で言った。

 両者に言われて、三坂は頭を抱えた。

 こんなの、分かる訳がない。


 そして人は選択を迫られたとき、もっとも無難な選択、もしくは一番能動的でない選択を選んでしまいがちという。

 そして今の場面でそれは投票しないことであった。


「す、すまない二人とも……」


 そう言って三坂は頭を抱える。


 その瞬間、ふふふ、と押し殺したような笑い声が聞こえてきた。

 一瞬ピエロ男かと思ったが、よく見るとそれは籠宮のものだった。


「な、何がおもしろいんだ」

「いえ、『人の心がない』ってよく悪口で使われてるけど、この場合は特に言い得て妙だなと思って」

「……どういうことだ?」


 籠宮の言葉に俺は困惑する。

 少なくとも、最新の教育技術にどっぷりつかって育てられ、恐らく俺よりも豊かな経験を積んできた籠宮が俺への悪口だけでそんなくだらないことを言うとは思えない。


「なぜなら、あなたは本当に人間じゃないから」

「……は?」


 荒唐無稽な言葉に俺は困惑する。

 つい先ほどまで俺の決定に青ざめていた他の人たちも突然の籠宮の言葉に困惑した。

 だが、その言葉には荒唐無稽と思いつつもどこか完全に否定しきれない気持ちの悪さのようなものがあった。


「おい、人間じゃないってどういうことだ」

「正確に言うと、あなたは人工的に作られた人間ってこと」

「……は?」


 籠宮の言葉に俺はもう一度訊き返してしまった。


「要するにあなたは……うっ」


 その時だった。

 突然籠宮が首輪を抑えてその場にうずくまる。


「残念だけどそれ以上話させる訳にはいかないなあ」


 これまで俺たちが何を話しても止めなかったピエロ男が残念そうに言った。


「この会話がこのまま続いたらどうなるのか楽しみではあるけど、これは秘密のことですからね。さっさと投票を執行させてもらいますよ」

「そ、そんな、ちょっと! ……ぎゃあっ」


 御剣が慌てて食い下がろうとするが、次の瞬間盛大に悲鳴を上げてその場に倒れる。

 ほぼ同時に籠宮も「うっ」とくぐもった悲鳴を上げてその場に突っ伏した。


 残った俺と三坂、そして桜宮は呆然とする。

 特に俺は最後に籠宮が言っていた「人工的に作られた人間」という言葉が脳裏にこびりついて離れなかった。


 一体どういうことだろうか。

 本来なら籠宮が議論を滅茶苦茶にするために言った出まかせだと思うところだが、すでに投票は終わってからの言葉だったので、ゲーム的な意味はない。


 しかも彼女の言葉をピエロ男が無理矢理遮ったというのがいっそう怪しい。

 これまでピエロ男は俺たちの言い合いを煽るようなことはしても、遮るようなことはしてこなかったはずだ。

 もし籠宮が出鱈目を言ったなら、ピエロ男はエンターテイメントとして俺たちの言い争いを高見の見物していただろう。


 しかしそうでないということは彼女の言葉が真実だったということではないか?

 ということは……


「おめでとうございます!」


 ピエロ男はそんな俺たちの疑問をかき消すように明るく告げる。


「ただいまの投票で人狼は全滅したので、村人陣営の勝利です。霊媒師の天方達也、村人の三坂瑞樹は勝利しました! 残念ながら狂人の桜宮小春は敗北です」

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