夜Ⅱ

「お前、こんなことを考えていたのか」


 ピエロ男の思考をこんなに自然に見抜いてしまった神楽にも同様の素質があったということだろう。

 俺たちのことを「素晴らしい料理」と例えている辺りなかなか常人離れした感覚の持ち主だと思った。

 神楽がそんな風に考えていたということにも、ピエロ男がそう考えているらしいことにも、二重に驚いてしまった。


「それはあくまで神楽瑠璃の想像に過ぎませんけどねえ」


 ピエロ男は否定も肯定もしなかった。

 少なくとも、大きく外れてはいなさそうだった。




 神楽の思考に戻る。

 人狼ゲームのルールにのっとって勝利すると決めたがそのためにはとりあえずゲームを遅延して情報を集めたい。占い結果のような情報だけではなく、自分が誰がどのようなことを考えているのかを知る情報を。

 誰がいざという時に冷酷になれる人間で、誰がいざという時に自分の命を惜しむのか。この人は嘘をつく時にどんな特徴があるのか。

 そういう情報は時に役職以上に大切だが、集めるにはある程度の時間がいる。


 ゲームを遅延するにはとりあえず遅延したらピエロ男が捕まるという未来図を示しておけばいいだろう。幸い、「殺し合え」と言うよりは「皆で生き残ろう」と言う方が皆言うことを聞いてくれるはずだ。

 そんな訳で初日の会議をその方向で掌握するのは簡単だった。


 そして会議しながら考える。一体誰を護衛するのが最適なのか、を。

 この狩人という役職を自分が受け取ったのはゲームを遅延するという目的から考えると天与の采配に思えた。


 占い師が持ってくる情報はメタ推理でも持って来られる。

 それよりも誰かを護衛出来るという実利の方がありがたい。問題は自分が狩人であるということは自分を護衛してくれる人がいないことではあるが、そこは立ち回りでどうとでもなる。


 では誰が初日に人狼に襲撃されるかだが……

 考えた末、神楽が護衛することを選んだのは御剣だった。

 人狼が誰だか分からないので断定は出来ないが、この場に神楽と同じように、勝利のために論理的な思考をしてその通りに行動しそうな人間は、一日目現在いなかった。


 天方、不破、籠宮あたりは分からない。とはいえ、分からないということは自分と同じタイプではないと考えられる。


 そうなると、襲撃の際には理由を求めるはずだ。藤川や甘利のような(人狼ゲーム的には)目立たない人間を「何となく」で襲撃することは一般人には出来ない。

 であれば占いをすることを主張している桜宮と御剣のどちらかが一番襲われる可能性が高いと言える。


 そして二人のうち、桜宮は明確に嘘をついているということが神楽には分かった。狂人である可能性や村人が保身のために嘘をついている可能性もなくはないが、人狼の可能性もある。

 仮に人狼であっても誰も襲撃していなければ神楽にも村人と見分けるのは難しい。


 そう考えると、恐らく人狼ではない神楽の方が襲われる可能性は低いはずだし、第一嘘をついている人よりは本物の占い師の方が生かしておく価値は高い。

 そう考えて神楽は御剣の護衛を選択した。


 翌日、誰も死者が出なかったことにほっとする。

 問題は襲撃がなかったのか、護衛が成功したのかだが……神楽は席に座って震えている草薙を見て理解してしまった。

 きっと彼は意を決して行おうとした襲撃が失敗したことで震えているに違いない、と。


 彼の考えていることは神楽にとって手に取るように分かった。

 とはいえ、襲撃の失敗でパニックになっているまま今日の夜を迎えてしまい、混乱のまま適当に襲撃対象を選択する、などということが行われると自分の読みではどうにもならなくなるので、それはそれで困るが。


 そこへ御剣が占い結果を話そうとしたので神楽は決意する。

 それなら桜宮のような対抗占いやそのほかの有象無象に主導権をとられないようにするため、自分が先に話すべきだろうと。


 そして神楽は草薙が人狼である旨を話し、狩人に護衛を要求した。

 真占いと思われる御剣も神楽の判断を追認することしか出来なかった。これで人狼たちも、占い師なんかよりも自分の方が大切だと理解したし、狩人も神楽を護衛すると思い込むだろう。


 こうすれば人狼視点では神楽を襲いづらくなる。そして神楽自身は御剣を護衛した。さすがの人狼も、ここまでオープンに護衛を要求している人物は襲わないだろう。御剣を襲ってくれて守れればよし、その他の村人が死ぬのはまあ許容範囲だ。

 そう考えて草薙を吊り、神楽は眠りにつくのだった。


 が、神楽が起きてくることはなかった。




「……なるほど」


 俺は神楽の思考を覗いて驚いた。まさか彼女本人が狩人だったとは。

 確かにあそこまで華麗に人狼を言い当て、護衛を要求すれば誰でもその日は神楽が護衛されると思うだろう。

 もちろんそれでも神楽が護衛されない可能性はあるが、貴重な一回の襲撃が無駄になるリスクを冒してまで神楽の襲撃を行うことは出来ないはずだ。


 しかし、だとするとなぜ人狼は神楽を襲ったのだろうか。

 もしかしてこのゲームには神楽でも読み切れていない何かがあるのだろうか。


「しかし今回は神楽の役職まで明かしてくれたがそれは良かったのか?」


 俺は思わずピエロ男に尋ねてしまう。

 霊媒師の力で分かるのは村人陣営か人狼陣営かのどちらかだけ、というのが本来のルールだったはずだが。


「えぇ、もはや構いませんよ。これがサービスです。それでは明日の会議、頑張ってくださいね」


 ピエロ男がそう言った直後、俺は「相変わらず適当だな」と思いつつ意識が遠のいていくのを感じるのだった。

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