夜Ⅰ
「いやあ、いよいよゲームも大詰めだね」
その日夢に現れたピエロ男は心なしかいつもよりも楽しそうであった。
そんなにこの悪趣味なデスゲームが進行していくのが嬉しいのだろうか。とても俺には理解出来ない。
「お前はああやって、今まで恋人だった甘利が我が身可愛さに藤川を差し出したりしているのを見て楽しんでいるのか?」
「まあ、あなたが想像しているのとは少し違いますが……そうなりますね」
「くだらない」
「さて、本日の霊媒対象は誰にしますか?」
前日吊られた草薙が人狼で、今ゲームが進行している以上、神楽が藤川も人狼ではないのでゲーム的な霊媒価値はない。
となれば、二人の半生のどちらに興味があるのかということになる。
サイコパスのような本性を持っているのに皆をまとめる明るいリーダーを演じていた神楽。
恐らく平凡な人生を送って来たのに、突然恋人に売られた藤川。
俺はこのピエロ男と違って藤川が恋人に売られた瞬間にどんな気持ちになったのか、には興味はない。
だとすれば見るのは神楽にしておこう。それに彼女であればこのゲームについて俺とは違う視点から何か思うところもあったかもしれない。
「では神楽を霊媒する」
「分かりました。ゲームの進行によっては今日が最終夜になるかもしれませんので、サービスしてあげましょう」
「サービス?」
ピエロ男の言葉に首をかしげる。
草薙を霊媒した時はゲームの進行に影響がありそうな部分はいくつか伏せられていたが、今回はそういうところも見せてくれるということだろうか。
相変わらず、デスゲームの主催者の癖に全然ゲームマスターに徹しない奴だ。
彼は自分で考えろ、とばかりにそれ以上教えてくれることはなかった。とはいえサービスしてくれるのというのであれば受け取るしかない。
そんなことを考えていると、気が付くと俺は神楽の幼少期にいた。
幼稚園に通っていたころから、神楽は他の子どもに比べて抜きんでて頭が良かった。そして幼稚園卒園時に知能テストのようなものを受けた。俺は割と覚えているが、その時に受けてテストは学力テストの他に、性格診断のようなものがある。
大きくなってくると、性格診断も「こう答えるとこういう結果になる」「こういう人間だと思われたくない」などと邪念が混ざってしまうが、そのころは大した予備知識もなかったので普通に解いた記憶がある。もっとも、結果は特筆すべきものではなかったから覚えていないが。
そこで幼少期の神楽はとても良い成績と、同時にサイコパスの素質を見出されたらしい。そのころの神楽は不破と違ってサイコパスの素質はまだ行動に現れていなかったし、そもそもサイコパスという単語すら知らなかった。
だが大人から「君は他の子どもたちよりも私情に流されず合理的な判断が出来る」と言われ、神楽はうっすらと自分がどんな性質を持っているのかを理解してしまった。
そして、大人から「君は将来とんでもない大物になる可能性を秘めている」と言われ、神楽は夢ノ島に来ないかスカウトされ、この島の小学校に入学したと言う訳だった。
そして学校に通いつつ、寝る時は毎日仮想現実を見せられた。
彼女が見せられた仮想現実は不破が見たものとほぼ同じだった。
しかし神楽は不破よりも幼かったからか、それとも不破よりも順応性が高かったからか、特に拒絶反応を示すことなかった。
神楽にとって周囲の人間が自分がどうやら持っていなさそうな、情や善意を持っているということは当たり前のことで、別に気持ち悪く思う必要はなかった。
もっとも、慣れるまでは彼らの行動原理が分からずに戸惑うことはあった。
例えば、初対面の相手に優しくされた時とか。仲良くしたくもない相手と遊んでいる子供を見た時とか。
とはいえ、慣れればそういう周囲の行動も理解出来るようになった。
そして次第に彼らの中にはいくつかのパターンがあり、誰がどういうパターンなのかは少し話すだけで大体分かるようになっていった。
当然神楽にサイコパスの素質がある、などということは公開されていなかったので、周りも神楽をただの明るくて優秀な子、として接していた。
ちなみに俺も神楽と同学年だったが、そういう風にしか見ていなかった。
そしてとりあえず彼ら全員から好かれ、全員が自分の言うことを聞いてくれるような人間関係を築いておくことは神楽にとって合理的なことであった。
そのため、神楽はそういう明るく優しいクラスのリーダー的な人物になっていった。
そして神楽は順調に成長していく訳だが、どういう訳か神楽は俺の存在に引っ掛かりのようなものを覚えていたらしい。
そう言えば会議の時も俺のことは何を考えているか分からない、というようなことを言っていた。
神楽は基本的に他人が考えていることは手に取るように分かったが、なぜか俺のことはよく分からなかったらしい。もっとも、俺は別に神楽とそんなに親しかった訳ではないのでそのせいもあるのかもしれないが。
その後神楽は高校二年生になった。
失礼ながら不破や草薙と違ってそこまでおもしろい記憶はない。神楽は目的のためであれば他人を傷つけることも辞さないという性格ではあったが、不破と違ってそのこと自体に特に面白みは感じなかった。
だから学園に集められた優秀な生徒たちの中でさらにリーダー的立場として存在するだけで彼女は満ち足りていた。
そして神楽はこの狂ったゲームに召集された。
神楽の力をもってしても、俺たちの中の誰が人狼なのかはよく分からなかったようだ。
何を考えているのかよく分からない俺の他に、ナチュラル狂人の不破、姿を現さない籠宮、そして犯罪経験がある草薙。
御剣や桜宮は若干優秀そうだが、だからといって自分を上回るとは思えない。その二人が人狼だったとしても見抜くことは出来るだろう。
とはいえ、誰も殺していない人狼は神楽にとって普通の人と変わらない。
仕方ない、情報が集まるまでゲームを遅延しよう。
それが神楽が出した答えだった。
神楽にとってはピエロ男の気持ちは結構理解出来た。
少なくとも天方や不破よりは。
何せこの学園は才能がある生徒・ない生徒を集め、幼少期、小学校、中学校など様々な段階から仮想現実による教育を施しているのだ。
人間関係の中心にいた神楽は他のメンバーの情報もざっとではあるが知っていた。
例えば桜宮小春は最近学園にやってきた優秀な一般人だ。
草薙充は高校入学時にやってきた、犯罪者だけど頭は悪くない人物だ。
変わり種では、藤川良太は元々天才だったが、あえて凡人ばかりの仮想現実に浸らせて、それで凡人になるのかを試しているらしい。誰かに聞いた訳ではないが、少し話してみれば大体分かった。
もしそれで彼が凡人になってしまうようであれば、天才は幼少期から隔離した方がいいということになる。
そんな様々な実験が行われている最中の生徒たちを集めて命の危険があるゲームを行わせる。これほどお金と時間を贅沢に使って準備された娯楽があるだろうか。彼ら彼女らがこの極限の状況でどう考え、どう行動するのか。それを想像するだけで知的好奇心が刺激される。
それはさながら、丹精こめて育てた農作物と、何年も大事に育てた家畜の肉で作る極上の料理のようであった。料理を食べることが目的なのか、さらに素晴らしい料理を作ることが目的なのかは分からないが、神楽は素直にその考えに感心した。
そしてピエロ男が何者であるのかは知らないが、このような極上の料理を食べようとしているような人物は万に一つの抜け穴も作らないだろう。
ならば自分は村人陣営として生きて勝利を収めるしかない。
それは神楽にとって至極当然の帰結だった。
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