Ⅲ
「それで人狼だけど、死んだ不破が偽者であるなら草薙・天方、それにこの場にいない籠宮か嘘をついている桜宮の誰か」
「え?」
唐突に神楽に指名されて俺は困惑する。先ほどまでは神楽の矛は桜宮に向けられていたため感心していたが、自分が巻き込まれると怖くなる。
皆も唐突な指名に困惑しているようだった。
「ど、どうしてだ!」
草薙が焦ったように尋ねる。正直図星でも図星でなくても焦るだろうから本当かどうかは分からない。
すると神楽は氷のように冷たい表情で答える。
「他の人間は人を殺してないから」
「……は?」
それを聞いて草薙が凍り付く。
俺も内心困惑した。神楽はサイコパス特有の感覚で犯罪者が分かると言うことだろうか? だが言うまでもなく俺は殺人やそれに匹敵するぐらいの犯罪はしたことがない。学校の裏で立小便をしたとかそれぐらいならあるが。
「おい、そんな勘みたいなことで断言しないでくれ」
さすがに俺も反論する。
このままでは雰囲気で俺まで犯罪者にされかねない。
いっそ霊媒師であることを宣言しようか? そうなれば人狼は神楽の言うことが正しければ草薙、籠宮、桜宮の誰かに絞られる。
ただそれでもし神楽が人狼であったなら大変なことになるが。
「もちろん私の勘が正しいかどうかは御剣さんに確認してもらえばいいと思うけど。あと天方、あなたは一体何者? あなたからは犯罪者の気配もしないけど、健常者の気配もしなかったけど」
「はあ?」
今度こそ俺は本気で困惑した。
俺はいたって普通の人物なのに何を言っているんだ。学園では健康診断のようなものが半年に一回あり精神的なものも診断されるが、いつも健康と診断されている。
神楽に本気で抗議するか、霊媒師であることを宣言するか、どちらの方がいいか考えている時だった。
「いや、神楽さんの勘は恐らく当たっているわ」
声をあげたのは御剣だった。
それを聞いて神楽はほっとする。
「やはりね」
「ここで私の占い結果を言わせてもらう。一日目は神楽さんを占って村人、二日目は草薙さんを占って人狼だった」
「な、何だと二人して!?」
それを聞いた草薙が目の色を変える。
突然二人に人狼判定されたのだから当然だろう。
「お、俺は人狼じゃない! そうだ、この二人が組んでいるに違いない! 大体神楽の言っていた案はもし神楽が村人側だったら怖くて言えないはずだ! 自分が人狼で襲撃されないと分かっていたからこそあんな案が主張出来た! そうだろう?」
「違う違う。私がああいう主張をしている以上、人狼が私から襲う訳ないでしょ? だってもし襲撃して狩人の護衛で失敗した場合、私が会議を主導していれば占い結果は明かされない訳だから」
「……」
神楽の反論に草薙は沈黙する。
とはいえ俺は神楽の反論に少し違和感があった。
「とはいえ、神楽は俺のことがよく分からなかったんだろ? もし俺がそういう論理的なことを考えないタイプの人狼じゃなかったら何となく目立っているから、とかで噛んでいたかもしれない」
「まあ、結局絶対に噛まれないようにすることは無理だから。それに、私が人狼ではないという状況証拠をもう一つあげると、占い結果が発表されないとしても襲撃しないことで占い回数が増えている以上、私の提案で人狼側が有利にはならないんだよね」
「それはそうか」
つまり神楽のやっていた遅延作戦はうまくいっているとするならば、少しずつ村人側が有利になっていく作戦だったのか。
ピエロ男が捕まればそれでよし、人狼ゲームが始まったとしても、村側の情報アドバンテージが増えている以上それはそれで有利になっている。
そう考えるとぬかりない。
「本来は村側に有利になる作戦だけど、時間が経てばピエロ男が捕まるかもしれない、という可能性を示すことできっと狼側も乗っかったんだと思う」
「そ、そんな……おい桜宮、本当の占い師なんだろ!? 何とか言ってくれ! 御剣と神楽が敵陣営だって言ってくれ!」
草薙は必死の形相で左の席の桜宮を見る
とはいえ神楽に偽占いを見破られていた彼女はそれどころではなかった。
「え、でも……」
「おい!」
そう言って草薙が桜宮に掴みかかろうとしたときだった。
「うあっ」
突然草薙は悲鳴をあげて、首元に手をあてて机に突っ伏す。
「おいおい、暴力行為は良くないよ、暴力行為は。これは殴り合い大会じゃないんだから」
先ほどまで黙っていたピエロ男が久しぶりに口を挟んだ。
確かに、掴みかかる瞬間の草薙の目は一瞬ではあるがぞっとするほど恐ろしかった。純粋に命がかかっているからなのかとも思ったが、もしやあれこそが神楽の言う犯罪者の目なのだろうか。
一方の桜宮はそんな草薙を見て深呼吸していたが、やがて意を決したように立ち上がると、俺たちをぐるりと見渡して深々と頭を下げる。
そして、
「皆さん、すみませんでした! 実は私村人なのに命が惜しくて占い師を騙っていました!」
と叫んだ。そして頭を下げたまま続ける。
「ですからおそらく御剣さんが本当の占い師です! もしそうでなければ本物の占い師の方は他にいるはずなので、名乗り出てください!」
とはいえ当然ながら誰かが名乗り出ることはなかった。
少し待って、桜宮は意を決したように告げる。
「では悪いですが、草薙さんが人狼なのでしょう」
「そ、そんな!」
草薙は叫んだ。そして再び桜宮に掴みかかろうとしたが、寸前で思いとどまる。先ほどの首輪のあれを思い出したのだろう。
「大体、さっきまで皆で誰も殺さずに乗り切るっていう話だっただろ!? 皆が見逃してくれたら俺は誰も殺さない、助けてくれ!」
草薙は悲痛な目で周囲を見渡す。
が、草薙に目を向けられると、三坂や甘利はすっと目をそらした。
恐らくだが、先ほど草薙が本気で桜宮に掴みかかろうとしたのを見てしまったためだろう。
そんな草薙を憐れみの眼差しで見ながら神楽は告げる。
「私も本当はそれでも良かったんだけどね……三坂が余計なことを言いだすから。恨むなら彼を恨んで」
「そ、そんな! 不破を吊っておきながら今更人を殺すのが悪いも何もないだろ!」
「一人吊っても二人目以降の犠牲を防ぐことに意味はあると思うけど、まあいいわ。人狼を一人吊ればさすがに勝てるでしょ」
「そ、そんな、助けてくれ! 俺を吊ったら人殺しだぞ!?」
血走った表情で草薙は周囲に呼びかける。
が、誰も彼に応じる者はいなかった。
「では投票の時間です」
それを見計らったようにピエロ男が言う。
というかこいつ、投票の時間過ぎてるのに話し合いがおもしろいからといって時間を伸ばしてないか?
そう思ったものの、こいつに楯突いても仕方ない。
俺たちは皆「草薙」と書かれたボタンに手を伸ばす。ちなみにご丁寧なことに不破のボタンは消滅していた。変なところは芸が細かい奴だ。
さて、こうして俺たちは草薙に投票することを選ぶ訳だが、不思議なことにあの狂った不破を吊った時と同じように、皆の顔に「仕方がない」という表情が浮かんでいた。
人は一度線を越えてしまえばその後はなし崩しだという。
一度明らかに狂っている不破を殺すことを選んだためか、ほぼ確実に人狼である不破を殺すことにも躊躇は減ってしまったらしい。
「投票結果が出ました。草薙充、七票。神楽瑠璃、一票。よって本日は草薙充が処刑されます」
ピエロ男が少しだけ楽し気に言う。
そして。
「うわああああああああっ」
次の瞬間、悲鳴とともに草薙は机に突っ伏して動かなくなった。
それを見て皆は死体への恐怖と罪悪感とによって重い空気になる。
「じゃあ狩人の方、今夜は護衛よろしく」
再び神楽は念を押すようにそう言うと、さっさと部屋へと戻っていってしまった。
そこで俺はふと思う。もしも狩人がまだ生きているとして占い師である御剣と神楽のどちらを護衛するだろうか。
神楽は占い師ではなく自分を護衛してもらえるように、あえて自分の推理を披露したのではないか。人狼が当てられるであれば極論、本物の占い師である必要はない。神楽は俺たちにそう言っていたのではないか。
そんな気すらしてくる。
そんなことを考えつつ、俺も部屋に戻るのだった。
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