夜Ⅰ

「やあ、二日目の夜もこうして無事生きていられて良かったね」


 再び夢の中にピエロ男が現れる。

 人間は周囲で何か悪いことが起こっているとき、何もなければ「自分は大丈夫だ」と思い込む性質があると言われているが、俺も何となくそこまでの恐怖を感じてはいなかった。とはいえ、神楽が俺の名前を出した時はひやりとしたが。


 そう言えば、結局神楽の推理(勘?)は全て当たっていたことになるが、そうなると俺が人狼の候補に入っていたのは何でだったのだろうか。

 俺の考えは読めないと言っていたが、俺はいたって普通の行動しかしていないつもりなのだが。


 せっかくなので俺は彼に訊いてみることにする。


「ところで、神楽はなぜ俺が人狼かもしれないと思ったんだ? 俺は普通の人だろう?」

「神楽瑠璃が思いつきで言った言葉を解説する義理は私にはありませんね」


 ピエロ男は少しあざ笑うように言う。

 相変わらず人を煽るのはうまい。


「そんなこと言っているが、お前は中立なゲームマスターの振りをして会議に介入したり、会議の時間を伸ばしたりしてるだろ? それなのにこちらから質問するとだんまりしやがって」

「酷い言い草ですねえ。とはいえ、せっかくなので少しだけヒントをあげましょう。このゲームには様々な人を様々な理由で参加させていますが、神楽瑠璃は確かに元サイコパスです。それも不破望のようなつまらない破壊衝動の持ち主ではなく、もっと大きな可能性を秘めたサイコパスです。まあそもそもサイコパスという言葉をこんなに安易に使うのはどうかと思いますが、そこはまあ広い意味で受け止めてください」


 勝手にデスゲームに参加させた挙句、つまらないと言われるなんて不破も可哀想だ。

 とはいえ、確かに回想を見る限りだと不破は所詮自分がおかしいだけに過ぎない。一方の神楽は周囲の人を操るオーラというか能力があった。それが大きな可能性ということなのだろうか。


「つまり神楽の言っていることは当たっていると言いたいのか?」

「当たっているかはともかく、少なくとも適当に言っているとか、彼女が単にあなたの洞察を失敗しているとかそういうことではないということです」

「はあ」


 何かはぐらかされたような気もするが、元々まともに答える気はなかったのだろう。

 神楽が何かすごい人だということが分かっただけでよしとするか。


「さて、本日の霊媒はいかがしますか?」

「草薙が本当に人狼かどうかは確認しておきたい」


 これで草薙が人狼でなければもう全てが滅茶苦茶だ。

 とはいえ、神楽と御剣が人狼か狂人で、死んだ不破か引きこもっている籠宮が真占い、という可能性もないとは言えない。

 だから草薙の正体を確かめておくに越したことはない。


 すると不破の時と同じように俺の脳内に草薙の記憶が流れ込んでくる。


 草薙充は不破と違って異常者ではない。何が普通なのかという問題はさておき、比較的普通の人に近い精神の持ち主だ。


 ただ、彼は不破と違ってれっきとした犯罪者であった。


 元々草薙は頭が良く、他人より勉強が出来た。

 だが、彼の通う学校にはそうでない人が多かった。俗に言う不良である。

 家が裕福ではなかった草薙は仕方なくそういう地元の中学に通い、将来奨学金をもらっていい大学に行くため頑張って勉強していた。

 だが、そんな草薙は一部の生徒の恰好の標的になった。一人だけ真面目ぶって勉強しやがって、という感じだ。当時の草薙はどちらかというと内向的だし、友達と遊ぶぐらいなら勉強を優先したので交友関係もほぼなかった。


 そのため中学二年生になるころには草薙は日常的に嫌がらせを受けるようになった。最初はただの悪口だったが、上級生の不良グループに見つかりいじめはあっという間に殴る蹴るの暴力にエスカレートした。


 そんなある日のことである。

 いつものように校舎裏に呼び出された草薙は嫌々歩いていく。一度あまりにも行きたくなさすぎて無視したことがあったが、翌日普段の二倍以上殴られた。それ以来呼び出しには素直に応じたことがトータルでは面倒でないことが分かってしまった。


 やってくると、そこにはいつも草薙に暴力を振るってくる上級生たちがたむろしていた。

 草薙と違ってこいつらは真面目に勉強することもなく、授業もさぼっていつもどこかで煙草を吸っている。真面目に勉強している自分ですらこんなに苦労しているというのに、こいつらは将来どうなるのだろうか。

 これまでの時代にも不良の子供は一定数いたはずなのに、そいつらは社会のどこに消えたのだろう。それとも更生して最初からまともな人間だったような顔をして生きてるのだろうか。


 ふと草薙は疑問に思う。

 が、そんな草薙の疑問は彼らの言葉に遮られる。


「おい草薙、今日はお前に頼みがあるんだ」


 今まで草薙がやってくると、「目が気に入らない」「自分は勉強しているからって馬鹿にしているんだろう」「舐めやがって」などと一方的に殴ったり蹴ったりされてきた。間違っても頼みごとなどされたことはない。

 困惑と嫌な予感が草薙の中に広がっていく。


「ちょっと俺たちの煙草がなくなったんだ。買ってきてくれよ」

「え?」

「え、じゃねえ。お使いだ、お使い。お前頭いいんだからそれぐらいできるだろ?」


 そう言って彼らはどっと笑う。

 何がおかしいのかは分からないが、彼らは草薙が「真面目」「勉強熱心」「頭がいい」ことをネタにすることが多かった。


「今から銘柄を言ってやるから全部覚えるんだ」


 そう言って彼らは口々に草薙が聞いたこともない横文字を言い始める。

 忘れては困る、と思った草薙は必死でそれを脳に刻み付ける。こんなことを覚えるぐらいなら英単語の一つでも覚えられればいいのに、と草薙は悔しくなる。


「と言う訳で言ってきてくれ。近くのコンビニで売ってるはずだ」

「あの、お金は……」


 お使いにはお金が必要だ。その当たり前のことを草薙は確認する。


「ああ、悪い悪い、俺たちは今持ち合わせがないんだ、なあ」

「そうそう、だから今度返すよ」


 そう言って彼らはゲラゲラと下品な笑い声をあげる。

 当然であるが返ってくる訳がないということを草薙は理解した。中学生で、しかも貧乏な草薙にとって煙草というのは決して安い買い物ではない。しかもそれを何人もの分買えばかなりの出費になってしまう。


 しかし草薙は七、八人の上級生に囲まれており拒否することも出来ない。拒否したらどうなるのかは呼び出しを無視した日の翌日に嫌というほど体に叩き込まれてしまった。


 こうして仕方なく草薙はコンビニに向かった。

 確か煙草は未成年に売ってはいけないことになっていたが、普段真面目な草薙が「父親に頼まれて」と言うと、レジのおばちゃんは「仕方ないわねえ、本当はだめなんだけど」と売ってくれた。彼らではこうはいかなかっただろう。

 もしかして彼らもそれを見こして頼んだのだろうか。


 そう思いながら草薙は煙草を買って帰ったのだった。

 元々あまり裕福でなかった草薙にとって不良たちの要求に応えるのは厳しいものがあった。母親が苦労しているのを横目に見てきただけにこんなしょうもないことにお金を要求できる訳もない。しかも仮に苦労してお金を用意したとしても、彼らは余計にお金を要求してくる。

 焼石に水どころか、油を注いで火を強くしているようなものだった。


 何で自分は真面目に勉強しているだけなのに、あんな奴らの標的にならなければならないんだ。

 草薙の心が憎悪で歪んでいくのに時間はかからなかった。


 ある日のことである。

 いつも通り草薙が校舎裏に行くと、上級生の人数が減っていた。後で気づいたところによると純粋に学年が上がって卒業しただけだったが、当時の草薙はそれにも気づいていなかった。

 が、人数は減ったが相変わらず彼らは「お使い」を要求してくる。


「そうだな、今日は日本酒が飲みたい」

「あとつまみも買ってこい。内容は任せるが、俺たちの満足するものじゃなかったら……分かっているよな?」


 そう言って彼らはニヤニヤ笑う。

 が、その日の草薙はいい加減お金がなくなっていた。

 これまでは少ないお年玉の貯金や、近所のおじさんの手伝い(中学生なのでまともなバイトも出来なかった)などでどうにかしのいできたが、彼らの要求がエスカレートしてきたために限度というものがあった。


 いくら上級生が怖くても、ないものは出せない。

 窮鼠猫を噛む、の思い出草薙は決心していた。


「悪いが、もうそんなお金はない」

「何だと?」


 草薙の言葉に上級生はそれまでのヘラヘラした態度から一転、低い声で威圧する。

 とはいえ、ない物はなかったし、それでまた殴られるのもご免だった。


「もうそんなお金はないって言ってるんだ!」

「嘘をつくな。今までもそう言って、何だかんだお使い出来てたじゃねえか」

「そうだ、まさかそんな嘘でお使いをやめられるとは思ってねえよな?」


 そう言って彼らは草薙にすごんでくる。

 そしてそのうちの一人が言った。


「そんなにお金がないなら親の財布から金を抜いてこいよ」

「何だと?」


 その一言に、今度は草薙の雰囲気が変わる。

 これまで親にこのことをばれないために自分の貯金を吐き出し、貴重な勉強時間を削って知り合いの手伝いまでしたのだ。


 それなのに親の財布から金を抜け? ふざけやがって。

 何でお前ら何かのためにそんなことまで。


 そしてそんな草薙の変化に上級生たちも目ざとく気づく。


「おい、まさかお前、歯向かう気か?」

「うるさい!」


 そこからは何が起こったのかよく覚えていない。

 気が付くと草薙は血まみれのバットを握りしめて倒れていて、周囲には不良が二人が倒れていた。特別腕力が強い訳ではなかったが、喧嘩というのはいくら殴られても立ってさえいれば勝てる。

 積もり積もった草薙の恨みが数の差を覆したのだろう。

 そして駆け付けた先生に見つかったという訳である。




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