Ⅱ
それを聞いて唐突に神楽が溜め息をついた。
「あーあ、せっかく無駄な犠牲は極力出さずに進めようと思っていたのに。でももう潮時かしら」
そう言った神楽の声に俺は背筋が冷たくなるのを感じた。
これまでの俺たちを引っ張って来た神楽とは明らかに雰囲気が違う。
今までであれば皆がこんなことを言っていても、どうにか皆を励ましてまとめて一致団結させようとしてくれるような人だったのに。
今はまるで冷たいナイフのような雰囲気を漂わせている。
まるできれいにラッピングされた袋から人殺しにでも使いそうな鋭利な刃物が出てきた、そんな雰囲気だ。
先ほどまでは俺は本心から神楽が皆をまとめあげて全員でこの場から脱出しようとする学園のアイドルのような人物だと思わされていた。
しかし今の神楽を見た俺は確信した。
こちらが本物だ、と。
今まで不破以外ほぼ全員の心を操り、鼓舞してきたあの神楽は仮の姿に過ぎなかったのだ。
藤川や甘利は言うに及ばず、御剣や桜宮でさえ神楽の変貌っぷりにぎょっとしたような表情を浮かべた。
そんな御剣に、神楽は冷たい表情のまま話しかける。
「御剣さん、そんな風に言うってことは会議で人狼を吊るあてがあるってことね?」
「え、ええ、そうだけど……」
急な神楽の変貌に御剣の方がかえって動揺している。
そこで俺はふと気づく。御剣が急に三坂の言葉に賛同したのは罪悪感がどうこうとかそういう話ではなく、単に占いで人狼を発見したからそろそろ会議で人狼を吊りたいと言うことなのか?
そして桜宮がそれに反対しているのも単なる倫理観ではなく、彼女が偽占いだから会議は行われない方がいいと思ったからなのか?
ただ、おそらくそんな神楽でも突然仮想現実を支配されてしまえば手向かうすべはなかったのだろう。そこで彼女の中で一番有効な作戦は「遅延」だった。そしてそのために一番有効な態度は先ほどまでのアイドル的振る舞いだった。
しかしそれが失敗したため、本性を現した。
もしくは最初からゲームで勝つために必要な情報を集めるための遅延行為だった可能性はあるが、それはよく分からない。
さすがの神楽ですら、不破のように根っからの異常者や一度も姿を現さない人までいる状況では自分が死なずにゲームに勝つことは不確実と思っただけかもしれない。
そして勝算が立ったため遅延を捨てて勝負に出た。
どちらにせよ、結局神楽も生死をかけたデスゲームにも動揺していない冷徹な人物だったのだろう。
俺は漫画に出てきた「サイコパス」と言われる存在を思い出す。彼らは基本的に普段は人当たりがよく、社交性が高い。しかし重要な場面を迎えると、自分の利益のために容赦なく(他人から見れば)残忍な決断をくだすことが出来る。
神楽も本性はこちらなのではないか。
俺はそう思った。
このデスゲームには不破のような普通でない人が集められているとするならば、神楽がそうである可能性は高い。
こんな人の命がかかったデスゲームで彼女らがそんな冷徹な思考を繰り広げているのはおかしい、と思ったが一方で不破の記憶を見てしまった俺にはここにはそういう人種が集められていると聞いても不思議ではなかった。
そしてこの場は御剣の発言よりも、直後の神楽の雰囲気の豹変によって動揺したのか、皆占い結果を言う言わないの話には口を挟まなかった。
「占い結果を言わせてもらえる?」
「待って。その前に私の意見を言わせて欲しい。あと、一つお願いだけどこの中に狩人の人がいたら私を護衛して欲しい。もちろん名乗り出る必要はないけど」
神楽の言葉に辺りが静まり返る。
話した内容の衝撃もあるが、神楽の態度が急変したことに対する驚きもあるだろう。
占い師の言うことよりも自分の意見に自信があるのだろうか。俺が霊媒師である以上神楽に役職的な情報はないはず。
ということは人狼か? 人狼だから御剣の意見よりも先に自分の意見を言おうとしているのか? だとすれば彼女の発言を見極めないと人狼に会議を握られてしまう。
俺は緊張しながら神楽の言葉を聞く。彼女は自分が態度を急変させたことへの説明など一切しようともせず言葉を続けた。
「結論から言うと、まず二人の占い師のうち、御剣さんが本物」
「そんな!」
言われた瞬間桜宮の表情は蒼白になる。
彼女もこれまで頑張って演技していたが、ここまで急に見破られると感情が表情に出てしまうのだろう。
桜宮もただ「論理的に偽者である可能性が高い」と指摘されただけならばここまで動揺することもなかっただろう。しかし今の神楽には有無を言わさぬ雰囲気があった。そう、まるで不破の記憶に出てきたこの施設の偉い人のような。
桜宮も占い対抗として必死に頑張っていたが、結局神楽の雰囲気にあてられてしまったということだろう。
「一応理由を説明すると、ここで会議を進めようとしている御剣さんは恐らく本物の占い師。なぜなら偽者であれば会議を進めようとはしないから。桜宮さんは偽者だけど人狼かどうかまでは分からない。ただ、偽者ではある」
「そ、それは……」
もしも先にこの理屈を言われていれば桜宮も何らかの理屈で反論出来ていたかもしれない。
しかし神楽の変貌に驚いていたところにいきなり断定から入られてしまったため、桜宮も何も言えなくなってしまった。
結局、その場の雰囲気を掌握した神楽の独擅場であった。
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