二日目
Ⅰ
「おめでとうございます、二日目の朝も誰も犠牲になることはありませんでした!」
翌朝、俺たちが会議室に集まるとピエロ男の声が響き渡る。
その声を聞いて俺たちの間に安堵が広がる。もっとも、すでに不破が死んだという事実は変わらなかったが。いくら彼が狂っていたと言っても人間には変わりない。
そして俺だけではあるが、彼がどのような人物であったかを知ってしまった。
彼の生い立ちを知ると、彼が将来大犯罪者にならなくて良かったという安堵の気持ちもあるが、やはりこの島がただの“最先端教育施設”というだけではないことが分かる。
不破は散々、仮想現実による教育が恐ろしいものだと口にしていたが、彼の記憶を見ると何となくそれが分かってしまった。
今回はたまたまサイコパスの不破を善人に矯正するために用いられたが、もしも他の用途に使われたら。
例えば、俺のような凡人を特定の企業、もしくは国のために盲目的に働くような人物に洗脳するようなことも出来てしまうだろうか。
出来るだろう、と俺は思う。
仮想現実に、企業のためなら自分の身をどれだけ犠牲にすることもいとわない人を用意して、俺をその中に放り込んで毎日数時間その仮想現実を体験させれば、次第にそれが当たり前に思えてくるだろう。
そう考えると、俺がこれまで平和な仮想現実を見るだけで済んだことにほっとする。もしももっと過酷な状況に放り込まれるようなことがあれば俺も似たように気が狂ってしまっていたのかもしれない。それとも、不破と違ってとりたてて個性のない俺の人格では、素直に洗脳されてしまうかもしれない。
とはいえ、その心配よりも今はこの状況について考えるべきだろう。
不破は死んだがとりあえず新たな犠牲者が出なかった。
そういう何とも言えない状況の中、いつものように神楽が立ち上がって場を仕切る。
「皆、きっと皆の協力のおかげでどうにか二日連続襲撃なしで乗り切ることが出来た。このまま皆で協力して犠牲が出ないように乗り切ろう」
「そうだな」「そうですね」
そんな神楽に真っ先に同意したのは藤川と甘利のカップルだった。恐らく二人は一般人寄りの完成だからこんな恐ろしいゲームをまともにやるというのは考えるのはおぞましいのだろう。
一方の御剣は何か考える素振りを見せているし、対抗馬である桜宮は険しい表情で黙っていた。草薙は不破の死が堪えたのか、ずっと俯いている。そして籠宮は相変わらずこの部屋に現れなかった。
「皆も私と同じ気持ちのようね。良かった、それならここから出たらしたいことでも考えながら投票時間はやり過ごそう」
神楽は努めて明るい口調で提案する。
確かに不破は死んだが、俺たちが暗い表情で俯いていても彼が戻ってくる訳ではない。今出来る建設的な行動と言えば、出来るだけ俺たちの間の空気を良くしておくことに限るのではないか。
「確かにそうだな。とはいえ、まずはあのピエロ男が何者なのかが知りたいが」
「それはそうだね。私たちをこんなひどい目に遭わせた訳だから、絶対に許せない!」
俺の言葉に神楽は間髪入れずに反応してくれる。
「そうだな、でも一体何でこんなことをしているんだろう。実は億万長者とかで人生に刺激を求めていたとか」
「でもそんなにお金があるなら、仮想現実のシステムを買って自分で色々使ってみればいいのにね。そしたら現実では出来ないようなことが色々出来るのに」
「確かにそれはそうだ」
神楽の言葉に俺は同意する。
すると彼女はこの場に似つかわしくないきれいな笑顔で言う。
「私は仮想現実が自由に使えるなら宇宙に行くとか、北極でオーロラを見るとか色々やってみたいことはあるけどね」
「言われてみればそういうことが出来ないはずはないよな」
俺は感心する。
と同時に、俺は気づく。
神楽との会話が盛り上がっているのは、神楽が皆をこのデスゲームから意識をそらすために大げさに会話を楽しくしてくれているからなのは分かるが、女子との会話がこんなに弾んだのは初めてかもしれない。
そう考えると皮肉なものだ。
「ねえ、天方君は何がやってみたい?」
どういう理由があろうと、神楽のような美少女と仲良く話せて悪い気はしない。
俺が答えようとした時だった。
「あ、あの」
おもむろに口を挟んだのは三坂だった。
彼は幼いころからこの学園にいた男子で、先ほどまでは草薙と同じように顔を震わせていた。死んだ不破が夢にでも出たのだろうか、と思ってしまう。
「皆、思うところがあるんだが」
「何?」
神楽が尋ねる。恐らく三坂が神楽の意図に反する内容を話そうとしているということに勘づいたのだろう、神楽の表情はどことなく不快そうだった。
すると三坂は絞り出すようにして叫んだ。
「不破が死んだのにこのまま誰も死なせずに仲良しこよしの振りをしてゲームを続けるのはおかしいだろう!」
彼の声とともに室内には緊張が走る。
そして正面ではピエロ男の表情がニヤリと歪んだような気がした。
そんな中、神楽がこれまでと同じ明るい声色で口を開く。
「でも、不破君が死んだからといってこれ以上の犠牲を出さない方がいいことには変わりないでしょう?」
「違う!」
再び三坂は叫ぶ。
「僕たちは昨日投票して不破を吊ったんだ! それは殺人と変わらない行為だろ? それなのにそれをなかったかのようにして振る舞うなんて許されない!」
「そんなことはない。私たちが投票しなかったとしても不破君はどちらにせよ自分で入れた一票で吊られていた。だからその論理はおかしいと思う」
「そんな訳あるか! 俺たちは不破を吊った以上この狂ったゲームを遂行する義務がある!」
三坂が叫ぶ。
彼にとっては不破に投票する行為は彼への殺人に手を貸してしまったも同然であり、その良心の呵責に堪えられなかったのだろう。
「皆で楽しくこのゲームを乗り切ろう」というどちらかというと感情的な論を唱えている神楽が理詰めで話していて、ゲームをしなければならない、という現実論を唱えている三坂が感情的に話しているというのは少しおかしかった。
「そ、それはどうだろう。彼は自分で吊られることを望んでいたし、それを叶えるのとゲームを遂行するのとは別なんじゃないか?」
「そ、そうですよ!」
そう言ったのは藤川と甘利だった。うがった見方をすれば二人とも、自分が不破を吊ったという事実をうやむやにしたいからこそそう主張しているのかもしれない。
一方、御剣や桜宮、草薙は黙ってじっと何かを考えていた。自分の立場的にどうするのが最善なのかを考えているのだろう。もしかすると草薙も何か役職を持っているのかもしれない。
役職を持っているのであれば何か個別の主張があってもおかしくはない。
俺としては不破が村人だったことが分かって嫌な気持ちではあるが、もしも人狼が自主的に襲撃を控えて平和が続いているのであればこの状況を維持したいという気持ちはあった。ただ、やはり人狼が襲撃を控えているのか狩人の護衛が二連続で成功しているのかの確証はない。
とはいえ、この狂ったデスゲームをやるよりは、神楽の案でいつかピエロ男が捕まるのを待つという方がましだった。
「だが、僕はもうこの罪悪感に堪えられない! 皆もそう思うだろう!?」
三坂が叫ぶ。
「確かにそうかもしれないわ。いくら不破が自分でそれを望んだとはいえ、他人を吊っておいてこのままゲームが終わるのを待つなんて確かに気持ち悪い」
熟慮の末、御剣も口を開く。
それを聞いてすぐに桜宮が抗議する。
「ちょっと! 話が違うでしょう!? 今はそんな自己満足の正義感とかよりもどうやってこのゲームを穏便に終わらせるのかの方が重要じゃないですか?」
「自己満足の正義感……確かにそうかもしれないな」
桜宮の言葉を聞いて不意に藤川が口を開く。
「確かに、不破を吊っておいてそれ以外は誰も欠けずに終わりたいなんていうのは自己満足の正義感だ」
「いや、私が言ったのはそういう意味では……」
言いたかったことと真逆の意図で受け取られた桜宮が表情を歪める。
しかし藤川はそれまで神楽の言うことに同意していたが、桜宮のフレーズでスイッチが入ってしまったらしい。
「そんなことをして万一人狼に負けてしまえばそれが一番良くない」
「り、良太がそう言うならそうかも」
甘利はすぐに藤川に同調する。桜宮は急に変な正義感で意見を変えたと御剣を非難したかったのだろうが、藤川からすると偽善を突かれたような気分になったのかもしれない。
というか、元々神楽に引きずられていただけで定見のようなものはなかったのだろう。まあ普通の人がこんなデスゲームに引きずり込まれて確固たる考えがあっても怖いが。
そう言えば今回は皆の意見が揺らいでいるのに神楽がしゃべらないな、神楽なら流されている藤川や甘利を自分の側に引き戻すのも容易だろうに、と思った時だった。
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