夜Ⅰ

「ご機嫌よう、霊媒師の天方君」


 その日、夢の中で目の前にピエロ男が現れた。場所は先ほど寝た自分の部屋である。


 夢の出来事を夢と認識出来る人と出来ない人が世の中にはいるらしいが、俺は仮想現実を幼いころからずっと見せられているせいか、夢と現実、そして仮想現実の区別を明確につけることが出来る。


 もしかしてこれが人狼でいう夜時間というやつだろうか。


「何だ?」

「お待ちかねの霊媒師の夜時間の行動がやってきたんだ。申し訳ないね、初日の男は役職なしで」

「別に待ってはいないが……こんなことまでして本当に目的はただのデスゲームなのか?」


 せっかく一対一で話せるタイミングなので尋ねてみる。

 恐らくだが、このピエロ男は仮想現実の技術に通じた人物だ。そのような人物がデスゲームなんかするだろうか……と思ったが、そもそもデスゲームの主催者に常識が当てはまるはずもない。


「仮にただのデスゲームじゃないとして、それを言う義理はないね」


 ピエロ男はわずかに含みのある言い方をした。

 ただのデスゲームではないかもしれないということか。


 俺は気になっていたことをもう一つ尋ねてみることにする。


「そうか。もう一つ聞くが、今後不破みたいに自ら死を選ぶ奴が続出したらどうするんだ? おそらくだが、それはお前が見たい展開ではないだろう?」


 単に人を発狂させたいならもっとそれに適した舞台があるはずだ。わざわざ人狼ゲームに似せたということは、ピエロ男はもっと疑い合いとか殺し合いみたいなことをさせたいのではないか、と俺は思っている。


「すぐに分かると思うが、彼は相当特殊な人物だ、もっともここに呼んだのは皆特殊な人物ではあるが」

「皆特殊? 俺もなのか?」


 思わず訊き返してしまう。

 自分で言うのもなんだが、俺は成績も運動神経も多少の得意不得意はあるがおおむね人並だ。そんな俺に何か特殊な事情があるとは思えない。


 もっとも、この夢ノ島で幼いころから仮想現実による最先端な教育を受けて育ってきたという点は確かに特殊だが。

 とはいえ他のメンバーも皆ここのメンバーである以上、このメンバーにおいてはそこまで珍しいとは思えないが。


「しまった、余計なことを言ってしまった。夜時間はつい饒舌になってしまう」


 彼はうっかり、という風に語る。

 特殊な人物を集めた、ということはそれがこのデスゲームの肝なのだろうか。もっとも、ただ特殊な人を集めて人狼をさせるのが楽しい、というだけの可能性もあるが。


「それよりも早く霊媒する対象を決めてもらおうか。と言ってもゲーム的に有意な対象は不破しかいないが」


 とはいえ、俺の前には「不破望」というボタンが現れる。

 そこで俺は前々から思っていた疑問を口にする。


「もしも俺がこのボタンを押さなければどうなるんだ?」

「どうもならない」

「つまり人狼や占い師、狩人もボタンを押さないという選択が出来るということか?」

「それはどうだろう」


 ピエロ男はそう言うが、ゲームを公平にするのであれば他の役職も仕様は同じだろう。


 例えばボタンを押さなければ一番左の人が強制的に対象になるとか、対象がランダムに決まるとかであれば神楽の作戦は成立しない。

 霊媒師の対象がそうでない以上、人狼の襲撃も人狼が選んで決めるはずだ。


 というか人狼の襲撃がランダムに(もしくは機械的に)決まる場合、それを狩人が偶然防いでいたということになるが、さすがにそれはないだろう。


 俺はとりあえず人狼が襲ってこないという可能性が残って少しほっとする。


 神楽は占いの結果は言わない方がいいと言っていたし、霊媒師が名乗り出るのは危険であるが、ひとまず霊媒だけはしておいて損はないだろう、と俺は不破のボタンを押す。


 すると、突然俺の脳裏に不破の思考が浮かんでくる。




 小学生のころの不破は他人を傷つけることが趣味だった。

 正確に言うと他人が大きな負の感情を抱いた時にどのような反応をするのかを観察するのが楽しみだった。


 最初は、体育の授業から真っ先に教室に戻ってクラスメイトのランドセルに泥水をぶちまけ、後でそのことに気づいたその人が困っているのを見て楽しむというぐらいの可愛いものだった。


 とはいえ、その程度ではその日はかなり困ったとしても、一日か二日経てばけろりといつもの日常に戻っていく。そう思うとそこまで楽しくはなく、やがてそんな単純な嫌がらせにも飽きてきた。


 だが小学校二年生ぐらいの時、校庭のアリを潰していた不破はふと気づく。

 アリを潰しても楽しくはないが、学校で飼っているウサギを殺すのはどうだろう。アリと違ってウサギなら殺す過程で苦しむところが見れるかもしれないし、飼育委員の〇〇ちゃんは大層可愛がっていたから、むごたらしくウサギを殺せば大層泣き叫ぶだろう。


 そう思った不破は夜になるのを待って包丁を持って自宅を抜け出し、学校に侵入した。そして星明りの下ウサギ小屋に近づいていく。


 普段誰も来ない時間帯にやってきた不破に対してウサギは警戒の目を向ける。もしかするとウサギは動物の本能で不破の残忍性を感じ取っていたのかもしれない。


 不破は小屋の近くに隠してある鍵で小屋を開けた。

 鍵というのは防犯のためにあるはずなのに、なぜこんな生徒の誰もが知っている場所に置いてあるのかが不破には不思議でならなかった。


 ともかく、鍵を開けて中に侵入した不破はウサギを包丁で刺した。ウサギは悲鳴をあげてのたうち回ったが、小学生とはいえ人間の腕力に勝てる訳がない。


 不破はばたばたとのたうち回るウサギが出来るだけ死なないように端から切っていった。ウサギは痛みと生存本能から壮絶に暴れ回るが、弱った体では不破を楽しませることしか出来ない。そして数十分かけてウサギを完全に息絶えさせる。それを見て不破は今までにない満足感を覚えた。


 翌朝、登校してきた飼育委員によってウサギが死んでいることが発覚した。

 飼育委員の子は涙を流して悲しんでいたし、他の生徒も苦しんではいたが、昨夜必死で抵抗したウサギの姿が目に焼き付いている不破にとってそれらはどこか物足りなかった。


 昨夜ウサギはあんなにもがき苦しんでいたのに、今のクラスメイトたちは「悲しいね」「うん」という程度にしか苦しんでいない。一番悲しんでいる飼育委員の子でさえ、ウサギ本人に比べれば全然だ。

 やっぱり人間、いや生き物は所詮自分が危機に陥らなければ本当に苦しむことはない。

 不破はそう思った。


 そしてそらなら生物の本当の苦しみというものを見てみなくては、と決意する。


 その日から不破はクラスメイトの女の子を殺害する計画を立てる。彼女は小柄で殺しやすかったし、家には親がいないことが多いらしい。だから放課後一人でいるところに適当な理由で訪問して油断しているところを後ろから刺そう、と思った。

 問題はいつ実行するかである。間違えて彼女の親がいる日に実行してしまえばことだ。


 そう思った不破は慎重に日取りを選んでいた。


 が、そんな時だ。突然彼は担任の先生と知らない大人たちに呼び出された。

 何でも、ウサギを殺したのが不破ではないかと疑っているらしい。特に罪悪感もなかった不破はすぐに認めた。そしてそもそも殺して欲しくないのであればちゃんと鍵は大人が管理すべきではないか、と主張する。

 それを聞いた担任は大声で不破を罵ってきたような気もするが、細かいことはあまり覚えていない。


 ただよこでそれを聞いていた知らない大人の一人がうんうんと頷き、不破に何か簡単な質問をしてきた。それに応えていくと男は満足そうに頷く。


 そしてあれよあれよという間に、不破は男に連れられてどこかに行くことになった。


 暮らし慣れた家と学校を離れることになったが、不破は別に何も思わなかった。強いて言えばあの子を殺してからの方が良かったな、と思うがまあその程度だ。


 それに男曰く、新しい場所では最新の教育が受けられるという。それがどんなものなのかは若干興味があった。なぜなら小学校で教えられることは不破にとってはよく分からないことばかりだったからだ。


 例えば人の嫌がることをしてはいけないとか、人の喜ぶことをしなさいとか言われるが、不破は別に嫌がらせ自体が楽しい訳ではない。その反応がどういうものなのかを知りたいのだ。

 人を殺してはいけないというのであれば、人を殺す瞬間を撮影した映像でも見せてくれればいいのに、と思う。


 最新の教育施設とやらに行けばそこら辺のことも教えてくれるかもしれない。

 不破はそう思った。




「おい、何だこれは」


 俺は突然流れ込んできた不破の記憶に困惑する。

 まるで自分が、俗に言うサイコパスになってしまったかのようで戸惑いと不快の感情が体を駆け巡った。


 おそらく俺は不破の過去を追体験させられたのだろうが、不破の好奇心のようなものが俺にも伝わってきて、俺の中にある不破の行動への嫌悪感と混ざり合い、奇妙な気持ちになっていた。


 そして、もしこんな風に他人の過去を一瞬で追体験させることが出来るならこの仮想現実のシステムも更に飛躍するのかもしれない。


 また、言うまでもないが俺は不破の人生を十数年分全て追体験した訳ではない。

 だとしたら不破の人生はまるで動画のように編集して追体験させられたことになる。


「もちろん霊媒師ですから、死者の心を読むことが出来るのです」

「人狼ってそんなゲームじゃないだろ」

「それを言えば、別に人狼の死者は死なないですね」

「……」


 相変わらずピエロ男の表情は分からないが、確かに普通の人を集めて適当に殺し合わせるデスゲームよりもギミックが凝っていておもしろいのかもしれない、と思わなくもない。

 もちろんあくまでピエロ男ならそう思うのかもしれない、というだけで俺自身は不愉快でしかなかったが。


「早く不破の役職を見せてくれないか?」

「それなら後半部分は飛ばしましょうか?」

「……いや、見せてくれ」


 記憶にある不破は先ほどまで発狂していた不破とはまるで別人だった。

 この島の最先端の教育とやらで一体なぜあんなことになってしまったのか、という興味はあった。

 それに不破がどんな人物か分かればこのゲームに関するヒントにもなるかもしれない、という気持ちもわずかながらある。


「分かりました。ではご覧ください」

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