「簡単なことだ、ここで死ねばいいんだ、それもこの人狼ゲームのルールにのっとってな!」


 不破の言葉が終わると一瞬辺りに静寂が訪れる。


 俺は仮想現実で死んだことはないので推測ではあるが、仮想現実で死んでも仕組み上目が覚める訳ではない。おそらく本物の睡眠のような状態に移行するだけだ。というか仮に目を覚ましたとして仮想現実を握られている以上、体も何らかの形で拘束されていると考えるのが自然だ。

 だからこの世界で痛い思いをして自殺しても、このピエロ男に生殺与奪の権を握られているという状態は変わらない。


 では人狼ゲームのルールにのっとって死ねばどうだろうか。

 確かにこの世界から抜け出すことは出来るような気もする。まあ、生きて抜け出せるかは分からないが。


「正気? そんなことして本当に死んだらどうするの!?」


 神楽が叫ぶ。

 が、不破は狂ったような笑みを浮かべながら答える。


「別にいいだろう? 死んだところで。お前たちはこんな狂った世界で自分が自由に生きてるとでも思っているのか? 俺たちは生きていたとしてもどうせ毎晩この仮想現実という牢獄に囚われて生きるんだ! そんな人生に何の意味がある!?」


 不破の言葉に再び辺りは静まる。

 中には一理ある、と思っている者もいるが、ほとんどの者は単に不破の言っていることが理解出来ないという風に首をかしげている。


 例えば毎日この時間学校に通わなければいけないと強制されたとして、生きる意味がないという思考には普通ならない。それと同じように仮想現実に連れていかれるからといって人生に絶望することはない。


 それとも不破の仮想現実は俺が体験しているような平和なものとは違うのだろうか。


「お前たちはどうせ仮想現実を普段は得られない素晴らしい体験が出来る場所、とでも思っていたのだろう? いい機会だから教えてやろう、今この場こそが仮想現実の本質だ!」


 そう言って彼は手を広げてみせる。


「要は仮想現実って言うのはいつでも好き勝手に俺たちの脳をいじれるってことなんだよ! 確かに今はこのクソピエロだが、これまでだって姿を現さないだけで、俺たちをモルモットとしか思ってないサイコパスに好き勝手されてきたんだ!」


 不破はよほど恐ろしい体験をさせられてきたのか、彼の言葉には俺たちを黙らせる切実さのようなものが含まれていた。


「確かにこれまで良さげな物を見せられてきたのかもしれないが、これこそが本質だ! おいピエロ男、お前もしこのゲームで死んだら本当に死ぬと言ったな?」

「あ、ああ」


 これまでほとんど感情を動かさないできたピエロ男が初めて動揺を見せたような気がする。

 俺にはよく分からないが、マンガや小説に出てくるデスゲーム主催者の思考から類推すると、こいつは俺たちが互いに殺し合うのを想定しているのであって、こういうタイプの発狂はあまり想定していなかったのではないか。


「だったら俺に投票してくれ! それでこんなふざけた茶番とはおさらばだ!」

「そ、そんなこと!」


 神楽は反論しようとするが、さすがの彼女もうまく言葉が出てこない。

 俺はこれまで普通の学校生活の延長のような仮想現実しか体験してこなかったから何とも思わないが、もしかして不破はもっと過酷な、それこそこのデスゲームのような仮想現実をたくさん体験してきたのだろうか。


 必死で止めようとする神楽に向かって不破は狂気的な笑みを浮かべて言う。


「出来ないか? ならこのクソピエロの言う通り、ゲームにのっとって言ってやろうか。俺の役職は人狼だ。もし俺に投票しなければ毎日一人ずつかみ殺してやる!」

「嘘……」


 さすがの神楽もこれには困惑したようだった。不破は血走った目で俺たちをぐるりと見渡す。視線が合うだけで体に震えが走りそうな、本物の狂人の目だった。


 基本的に人狼ゲームで人狼がカミングアウトすることはない。


 不破は村人なのに吊られたいから嘘をついているのか。

 それとも本当に人狼なのか。

 一応彼が本当に人狼で、ピエロ男に襲撃を強制されていて気が狂いそう、という可能性もなくはないが、何となく不破はそういうタイプではないような気がした。


 そして彼の本心は今の狂気に満ちた表情からは全く読み取れなかった。


 ただ一つ分かることは彼は今のデスゲームだけではなく、仮想現実というもの自体に激しい憎悪を抱いているということだ。


「さあ、投票の時間だ」


 ピエロ男が言う。


「まあいい、お前たちが投票しなくても俺は自分に投票するからな!」


 不破は神楽の作戦をあざ笑うかのように叫びながら、テーブルに向かう。

 それを聞いて俺たちも誰からともなくテーブルに向かった。


 なぜなら万一不破の気持ちが変わって、もしくは手が滑って不破以外の人物に投票してしまえば、その人だけが得票して吊られてしまうからだ。

 そんな雰囲気を見て最初は渋っていた神楽もやむなく自分の席に戻る。


「五、四、三……」


 ピエロ男がカウントダウンをする。

 そう、どうせ不破が自分に入れるのであれば俺たちが不破に投票しようがしまいが吊られない。むしろこのタイミングで人狼が不破以外に二人いて、どさくさに紛れて二人で違う人に投票したらその人が吊られてしまう。

 さらに人狼や狂人がそれぞれ適当に投票すると、この謎の両吊りルールでは大惨事になってしまう。

 だから皆の票を不破に集めるのは仕方ない。


 そんな思考に突き動かされるようにして、俺は仕方なく不破の名前に指を伸ばした。

 これもピエロ男の狙いだろうと思うと少し悔しくなる。


 その直後、ピエロ男が告げる。


「投票結果が出ました。不破望、七票。他ゼロ票。よって不破望が処刑されます」


 七票ということは誰か二人はボタンを押すことが出来なかった、もしくは押さないことを選んだのだろう。


 そんなピエロ男の宣言を聞いた不破は狂った表情で、しかし満足そうな笑みを浮かべた。


「これでこの狂った世界ともおさらばだ、ははははははははははははあ、うっ」


 狂ったように笑う不破だったが、突然途中で声を止め、机の上にだらんと上体を載せた状態で転がった。


 どうやら本当に死んでしまったのだろう。それまで絶えずぶつぶつとつぶやいていた口はぽかんとだらしなく開いたままになり、その目はあらぬ方向を向いていた。


 それを見て他の八人の間に重苦しい空気が漂う。


 これはあくまで仮想現実における死だ。

 不破が現実世界でも同じように死んだのかは分からないし、これは狂っていたとはいえ彼自身が望んだことでもある。


 それでも先ほどまで生きていた人間が動かなくなるということに対して、その場には陰鬱な空気が漂った。

 そもそも俺もそうだし、現実・仮想現実問わず人が死ぬ瞬間を見たことがある者はあまりいないのではないか。そう思うと皆がこんな反応になるのも分かる気がする。


 元々ゲームに対して忌避感を露わにしていた藤川、三坂、草薙といった人々は言うに及ばず。

 ついさっきまでポジティブな言葉を絶やさなかった神楽も。

 必死で議論を戦わせていた御剣と籠宮も。

 皆表情を強張らせていた。


 それを見て、俺も実感が湧かないながら不破は死んだのだな、と理解する。

 先ほど神楽は脱出する方法は投票が終わってから話し合えばいい、と言ったがとてもそんな空気ではなかった。


「それでは会議も終わったことだし、夕食でもどうぞ」


 ピエロ男がそう言うと、テーブルの上には出来立てのカレーライスが出現するが、皆とてもそんな気分ではなかった。


 最初に三坂と甘利の二人が立ち上がったのをきっかけに、次々と皆自室に戻っていく。

 それはまるで死んだ不破の死体から逃げるようでもあった。

 俺もなすすべもなく皆と同じように立ち上がり、そして自室に戻るのだった。


 こんなことがあっても眠気は同様に訪れるらしい。いや、それもピエロ男が夜だから皆眠くなるように操っているせいだろうか。


 結局俺はいつものようにベッドに横たわる。


 が、そこで俺は自分が霊媒師であったことを思い出す。不破は一体何だったのだろうか。彼が本当に人狼で、自分が誰かを殺さなければならないことに絶望して死を選んだ、とかだったらいいのだが……と思ってしまい、俺も結局は自分が可愛いのだなと気づいてしまう。

 仮にこれが不破ではなく、もっと親しい人だったとしても同じ反応になるのだろうか、と思ったがよく分からないまま眠りに落ちてしまった。

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