会議の口火を切ったのはやはり神楽だった。


「さっきピエロ男はああ言ったけど、聞く必要はないわ! なぜなら私たちはこのテーブルにあるボタンを押して投票するということになっている。だったら皆で集まってテーブルから離れれば誰も投票出来ない」


 神楽の言葉に俺は確かになるほどと思った。


 全員が一斉にテーブルから離れてしまえば投票出来ない。もちろん投票時間間際にすっとテーブルに近づいて投票することは出来るが、そんなことをすればそいつは人狼だと自白しているようなものだろう。


 今残っているのは九人(+籠宮)。

 人狼が一人吊って、一人襲撃に成功したとしても翌日の会議には七人残っている。

 籠宮が村人だったとしても、さらに人狼と狂人が全員で結託したとしても四対三で確実にボタンを押した人物を吊ることが出来る。


 神楽の提案は確かに理にかなっているように見えた。「人狼ゲーム」と現状の違いをうまく突いた策と言えるだろう。


「確かにそれは妙案ね」

「そういうことでしたら今日の会議はそれで乗り切りましょうか」


 御剣と籠宮もすぐに同意した。

 確かに占い師からすると、占い結果を伏せている以上いたずらに投票が行われることが一番怖いだろう。

 もっとも、どちらかは必ず偽者ではあるのだが。


「そうと決めたら残り時間は皆でしりとりでもしよう?」


 神楽は皆に呼びかける。


「確かにそれは名案だわ」

「そうですね」


 御剣と桜宮が真っ先に同意する。二人とも少しでも場の主導権を握ろうと、このような提案にも真っ先に反応しようとしている。


 とはいえ確かにしりとりは名案かもしれない。何もしなければどうしてもゲームについての話題になってしまうだろう。

 しりとりであればしりとりの単語以外は誰もしゃべることが出来ない以上、神楽が決めたこの提案がそのまま通ることになる。


 神楽は提案が通ると、真っ先にテーブルから離れて部屋の隅に立つ。

 俺たちも皆それに倣った。


 ただ一人、不破だけが虚空を見つめたまま固まっているが、彼は何もしないと思われたのか、無視される。


「じゃあ私から行くね? りんご!」


 そう言って神楽はしりとりを始める。


「ごま」


 神楽の隣に座っている藤川が仕方なさそうに続ける。


「マラカス」


 さらにその隣の三坂もぎこちない様子ではあったが、しりとりを続ける。


「じゃあ……すみれ」

「レンガ」

「ガラス」


 甘利、桜宮、草薙と続き俺の番が回ってくる。

 それならば俺も出来る限り違和感なく流れに乗るべきだろう。


「するめ」

「メダカ」


 隣の御剣が答えると、空席がある。初日に犠牲になった田村で、その次は俺たちの話し合いに参加すらしない不破だ。


 特に誰も何も言わなかったが、不破はそのまま飛ばされ、しりとりは一周して神楽の元へ戻ってくる。ピエロ男はそんなこちらの会議潰し行為を黙って見つめたままだ。相変わらずピエロのお面で表情は分からない。

 てっきり神楽の案を妨害するようなことを言ってくるかとも思ったが、そうでもないのか。


 そんな訳でしりとりに支配されたこの部屋の様子を見て神楽は満足そうにしりとりを続ける。


 この瞬間、俺たちはこのピエロ男が初めたゲームに対して皆で協力して立ち向かっているという奇妙な連帯感に包まれていた。

 普段の生活であれば児戯に等しい、と見向きもしないしりとりという遊びがこんなに重要な意味を持つとは。


 このピエロ男が全てを仕組んでいる以上、俺たちはなすすべもなく人狼をさせられるのかとも思ったが、思いのほかうまく対抗することが出来ている。

 これはうまくいけばこのゲームを潰すことが出来るのではないか。しりとりが続くにつれ、少しずつ皆の胸に希望が生まれてくる。


 しかしそんなしりとりも長くは続かなかった。

 こうしてしりとりを二周ほど回したところだ。


「なあ、確かにしりとりは悪くないが、ここから脱出する方法について話し合わなくていいのか?」


 突然藤川が遠慮がちに口を挟む。

 神楽は彼がしりとりを遮ったことに一瞬不快そうな表情を見せたが、すぐに笑顔に戻って首を横に振る。


「それは投票が終わってからの方がいい。元々の人狼ゲームと違って投票後も会話は出来る。脱出方法について話すのはどうしても会議を進めてしまうことになりかねないから」

「なるほど」

「それに、おそらく仮想現実から私たちの意志で抜け出すのはほぼ不可能。だから、大人しくこいつが捕まるのを待つ方がいいと思う。だからこれは言うなれば戦略的牛歩だよ」


 神楽の主張は確かに筋が通っている。

 もしも俺たちが誘拐でもされてここに閉じ込められているならば抜け道を探す意味はあるが、仮想現実から抜け出すのは全然違う。

 藤川はここに来たばかりだから仮想現実の経験が浅く、何か抜け出す穴があると思いたかったのだろう。


「ふははははははははははは!」


 すると、それまでテーブルで宙を見つめ、一人何かをぶつぶつとつぶやいていた不破がけたたましい笑い声をあげる。

 その様子はまるで精神に異常をきたした人のようであった。


「な、何がおかしいの?」


 神楽が強張った表情で尋ねる。さすがの神楽も不破だけは手に余るようであった。

 それを聞いて不破はぎろりと俺たちを見回す。


「お前たちは馬鹿だな! ここから抜け出すのが非常に難しい? それなら俺が教えてやるよ、ここから抜け出す方法を!」

「い、一体何だと言うの!?」


 神楽が警戒した様子で尋ねる。

 もしそれが本当にここから抜け出せる素晴らしい方法であれば、不破はこんなに狂人のような振る舞いをしていないだろう、と俺も思う。


 一方で不破は俺たちよりも仮想現実に詳しいのではないかと思わせるような言動もしていた。


 だから願望もあいまって、俺たちはつい不破に期待してしまう。

 が、不破の口から出たのは、むしろ俺たちに絶望を突き付けるような恐ろしい選択肢だった。


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