一日目
Ⅰ
目を覚ますと、俺は学園の寮ではなく見知らぬ部屋に寝かされていて一瞬びくりとした。
が、すぐに昨日(?)よく分からない仮想現実につれてこられたということを思い出す。そう言えば仮想現実の中で目を覚ますという経験はあまりしていない。いつもは大体学校や教室の中から始まることが多い。
基本的に仮想現実は現実では出来ない何かの経験をするべき空間だから、普通の現実でも出来る「朝起きる」という経験を仮想現実でわざわざしないのは当たり前のことだ。
もしあのピエロが本当にテロリストであるのであれば、寝ている間に捕まって事件が解決しているという可能性もあったが、この空間にいるところを見ると特に解決はしていないのだろう。
部屋のテーブルにはご飯とみそ汁という質素な朝食が置かれていた。仕方なく俺はそれを食べる。
ちなみに仮想現実で食べた食事は味や満腹感を感じることは出来るが、現実の体の栄養状態には何も関係ない。
そう考えると、神楽が言うように人狼ゲームで誰も死なないように立ち回ったとしても、ピエロ男がどうにかならなければ俺たちはいずれ衰弱死してしまうことになる。
普段は寝ているうちの数時間しか使うことが想定されていないシステムなので、栄養補給の方法なんかはないし、あのピエロ男が親切に俺たちに点滴してくれるとも思えない。
さすがにそんな状態になるまでピエロ男が野放しになっているとは思いたくないが。人は数日飲み物を飲まないと危険だと言うが、そもそも今一晩経ったからといって現実でも一夜明けたとは限らない。
そうなるとやはりピエロ男が捕まるまでゲームを遅延するのは難しいのだろうか。
一応昨日は部屋に用意されていた部屋着に着替えて寝ていたので、制服に着替えて外に出る。
すると他の部屋からもばらばらと人が出てくる。
俺はその中に御剣の姿を見つけた。きっとここに来てから最初に会ったから彼女には親近感を覚えたのだろう、御剣の姿を見て彼女が無事だったことに、他の人を見たときよりも少しだけほっとした。
「良かったな、無事で」
「ええ、万一寝ている間に殺されるのではないかと思うと怖くて眠れなかったけど……いつの間にか寝てしまっていたわ。命の危険があっても寝付けることに驚いたけど、冷静に考えると私たちが起きていたらゲームにならないからあのピエロ男が眠くなるようにしたのかもしれないわね」
「言われてみれば俺も昨夜はすごく眠かった」
とはいえ、考えてみると仮想現実内で眠くさせるというのはどういうことなのだろうか。
仮想現実ではない普通の夢を見ていてもたまに夢の中で眠くなることはあるが、そのような感覚もある程度操ることが出来るということだろうか。
「とりあえず皆で集まろう」
そして俺たちはぞろぞろと会議室に集合する。
実は藤川と甘利が同じ部屋で寝ていたとか、なかなか部屋から出てこない者がいるとか、相変わらず不破とは会話が通じないし籠宮は出てこないとか色々問題はあったが、何とか会議室に九人が集結する。
籠宮以外に欠けている者はいなかった。
すでに皆現状をある程度は受け入れるしかないと思ったのだろう、不破以外は皆大人しく、自分の名札が書かれた席に座る。
俺たちが集まったところで、部屋の前にあるモニターがぱっと光り、ピエロ男が姿を現す。
「おめでとう、初日の夜は誰も死ぬことなく朝を迎えられた」
「良かったですぅ」
甘利はほっとしたように胸をなでおろす。
「ありがとう、皆! 皆を信じて本当に良かった! このままこの危機を乗り切ろう!」
神楽も感動したように言う。
藤川や三坂も頷いているようだったが、他の者たちはまだ強張った表情のままだった。確かに犠牲は出ていないが、状況が好転した訳でもない。
そんな中、御剣がピエロ男に尋ねる。
「ところで、ずっと部屋から出てこない籠宮さんは本当に無事と言えるかしら? 一応人狼が彼女を襲撃した可能性も否定できないと思うけど」
確かにもしも人狼がこのゲームを真面目にやろうと思っていて、でも神楽を敵に回したくないと思った場合籠宮を襲撃して様子を見るという可能性もなくはない。
が、ピエロ男は首を横に振った。
「確かにこれだけは言わないとゲームにならないから教えてあげよう。籠宮夢は生きている」
「分かった。あともう一つ。死者がいないのは本当に人狼が襲撃しなかったからなの? それともたまたま狩人の護衛が成功したからなの?」
「あはははは! 残念だけどそれを教えてあげる義理はないかな」
御剣の問いにピエロ男はおかしそうに笑った。
それを聞いて御剣は不快そうに眉を動かす。
「じゃあ、人狼が襲撃しないということはゲーム上可能なの!?」
「それを説明する義理もないね。私から言えるのはゲームで誠実に勝利を目指すのなら襲撃しないという選択肢はないということだけだ。どうしてもって言うなら人狼本人に訊くんだね」
「……」
ピエロの返事に御剣は不愉快そうに唇をかむ。確かに人狼本人に訊け、という言葉は占い師を自称している御剣にとっては嫌な皮肉だ。
が、そんな彼女に桜宮は食ってかかる。
「そんなことを言って人狼ではないアピールをしているのかもしれませんが、彼女は占い師ではありません。もっとも狂人だったら人狼のやる気があるのかないのかは重要なことですから、気になると思いますが」
するとそんな桜宮をすかさず神楽がいさめる。
「小春ちゃん、そういうことを言うのは良くないと思うよ。そこで真占いの争いを始めたらそれこそピエロ男の思う壺だから」
「それはまあ……ただ、私が偽者だと思われるのは困るので」
神楽の言葉に桜宮は不承不承といった様子で引き下がった。
確かに御剣ばかりがしゃべっていると、自然と彼女が本物なのかという空気になってしまうので桜宮としては気が気でないのだろう。
人狼ゲームだと沈黙は悪、という法則があるらしい。
「それで、占い結果はどうしますか? 言うか言わないかは私は神楽さんに判断をゆだねます」
そう言って桜宮は御剣から主導権を取り返そうとする。
「もちろんそんなこと言わない方がいい。だって占い結果を口にすれば誰に投票するかの推理ゲームが始まってしまうから」
確かに、仮に二人ともが占い先に村人判定を出したとしても、そうなれば残る人が相対的に怪しくなってしまう。
そうなれば仮に昨夜は人狼が襲撃をしていなかったとしても、いずれ特定されてしまうと思って今夜から襲撃を始めてしまうかもしれない。
もし人狼に襲撃しないことを要請するのならば占い結果は伏せておくべきだろう。
もっとも、昨夜も襲撃があって護衛が成功しただけと判断するのであれば“推理ゲーム”は始めるべきなのだろうが。
「分かりました。私は沈黙します。御剣先輩は好きにしてください」
「分かった……それなら私も今は黙っておくわ。とはいえ、緊急性があると判断したらその時は遠慮なく言わせてもらうけど」
「協力してくれてありがとう、二人とも」
神楽がほっとしたように礼を言う。
が、ピエロ男はそんな光景を見てあざ笑うように言う。
「おいおい、そうやって仲良しごっこかい? まあそんなことをしたところでゲームが続くだけで、別に解決する訳ではないから私としては勝手にしてくれて構わないけどね」
「いや、絶対に解決策はあるはず!」
神楽は必死に言う。
「そもそも私たちがずっとこうしていれば、いつかはこいつも捕まるはずだわ。それならここで殺し合いなんてするだけ無駄よ」
「なるほど、この私がどうにかなるまで粘り続けるつもりかい? そんなことが可能だといいけどね」
そう言ってピエロは一瞬神楽に意味ありげな視線を送る。
一体どういうことだろうか。この島の施設を占拠してずっと捕まらない自信があるのか、それともこのゲームが動くという自信があるのか。
「大丈夫、皆の協力があれば絶対出来るわ」
そう言って神楽は改めて俺たちを見回す。
俺たちはそんな神楽に向かってそれぞれ頷いたり、「ああ」と短く答えたりした。
もっとも、例によって不破を覗いてではあるが。
ちなみに今日の不破は大人しく席に座っていると思ったら虚ろな目で虚空の一点を眺めていた。ついにおかしくなってしまったのだろうか。
「まあいい、何にせよこれから投票時間だ。死者が出なかったとはいえ、会議は行われる。そして投票先が一番多かった人は吊られることになる。考えてくれたまえ、例えば君たちが投票しないと示し合わせたとして、人狼がすっと一票入れてしまえば入れられた人は吊られてしまうんだ。そんなことになるぐらいなら村人の票をどこかに集めるべきではないか?」
「……」
ピエロ男の言葉に重苦しい沈黙が流れる。
なぜなら彼の言うことは確かにもっともだからだ。そしてこの両吊りルールだと最悪人狼側が村人二人を吊ることも可能となってしまう。
こいつは情報を尋ねられると「答えられない」と言う癖に、ゲームマスターに徹さずにこのような中立的でないことを言ってくるのは不公平ではないか、と思ったがそれを言っても仕方ない。
「それでは会議スタートだ」
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