Ⅵ
そんな訳でその場にいる俺たち九人はお互いの様子を窺うように顔を見合わせる。そう言えば俺たちは役職が指定された訳だが、反応はどうだろうか。
俺の隣にいる御剣は緊張こそしているものの、そんなに大きく変化したようには見えない。藤川、三坂、桜宮は皆ゲーム自体に脅えているようで、甘利は相変わらず藤川の腕にしがみついている。そして不破は部屋の隅で何かの悪態をついており、草薙は脅えたように沈黙していた。
そんな中、神楽が明るい笑顔を作って皆に呼びかける。
「みんな! あのピエロの言うがままに殺し合いを始めるなんてやっぱりよくないよ! とりあえず皆で力を合わせて誰も死なないことを目指しましょう?」
「おお、そうだ」「確かに」
彼女の言葉に少しだけ場に明るさに戻る。この状況で誰も死なないなどということが可能なのかは分からないが、神楽瑠璃の言葉には、何となくそれが実現可能であると思わせるような強さがあった。
「とりあえず提案があるんだけど、一度みんなの職業を全部オープンしない? そしたらお互い無駄に疑心暗鬼になることなく話し合えると思うんだけど」
「それはいいわね」
神楽の言葉に真っ先に御剣が同意する。
確かに今のまま話し合いを行っても、「あいつは人狼で俺たちを騙すためにそんなことを言っているのではないか」と無駄に勘ぐってしまうかもしれない。
とはいえそんな神楽の言葉を聞いて俺は何とも言えない気持ちになる。そんなことを言っても人狼が素直に名乗り出るとは思えない。まあすごく善良な人物が人狼を引いていればその可能性もあるが。
とはいえもし今神楽がこう言って、「嫌だ」などと口を滑らせる者がいれば、その人物は人狼陣営である可能性が高い。だから神楽はいい人を装ってそう言って皆の反応をうかがっているのではないか。俺はついそんな風に思ってしまった。
が、さすがにここで明確に文句を言う人はおらず、御剣に続いて次々と同調していく。
とはいえこの流れで本当に俺は「霊媒師」を宣言してしまっていいのだろうか。もし人狼が神楽の提案に同調すると見せかけて、夜こっそり俺のことを襲撃してきたら。さらにうがった見方をすれば神楽が人狼で村側の役職をあぶりだすために言った可能性すらある。
俺が逡巡していると、一人だけ明確に同調しない者がいた。
不破だ。
「そんな馬鹿なことを。いくら俺たちが仲良しごっこしたところで、どうせあのピエロ男の一存で俺たちは殺されるんだ! ばかばかしい!」
そう叫ぶと、不破は会議室を出ていくのだった。
それを見てピエロ男ははあっ、と溜め息をつく。
「別に君たちがルールを守ってくれる限り、私もゲームのルールを守るつもりはあるけどね」
「まあいいわ、とりあえず役職を言っていきましょう。私も村人。あなたは?」
そう言って神楽はとりあえず近くにいる藤川と甘利に呼びかける。
「お、俺は村人だ」
「そ、そうなの!? 私も村人だ。良かった」
藤川と同じと知って甘利は胸をなでおろす。まあ本当だという保証はないが。
「俺も村人だ」
正直なところ霊媒師を宣言する理由がないので、いったん伏せておくことにする。
先に死んだ田村は役職がないと分かっている以上、次の死者が出るまで俺の出番はない。他の奴が霊媒師で名乗り出ると面倒だが……それはそうなってから考えよう。
「俺は村人だよ」
「俺も同じだ」
三坂と草薙がそれに続く。
そんな中、
「私は占い師だわ」
御剣がそんな村人宣言の流れを断ち切った。
が、それを聞いて桜宮が一歩前に出る。
「違います! 占い師は私です!」
「そんなはずはないわ」
「御剣先輩こそ嘘をついているのでは!?」
先ほどまで協調ムードだったが、にわかにギスギスした空気が流れ始める。
とはいえ、人狼や狂人が素直に名乗り出るとは思えないからこうなるのは必然と言えば必然だ。部屋にいない不破と籠宮の二人の役職は不明であるが、御剣と桜宮のどちらかが人狼陣営でその二人も人狼陣営であれば一応それで三人ということになる。
しかしその二人も村人陣営であればさらにこの中に人狼が潜伏していることになる。
「そもそも狩人や霊媒師だって名乗り出てないじゃないですか?」
それを聞いて俺は一瞬びくりとする。
が、すぐに御剣が反論した。
「それはそうよ、狩人は名乗り出たら真っ先に人狼に襲撃されるじゃない。霊媒師は今名乗り出る必要はないわ」
が、それを聞いて神楽は眉をぴくりと動かした。
「そんな! ゲーム的に有利とか不利じゃなくてこれから皆で協力して話し合おうって言っているのに! 少なくともそこの占い師のどちらかと狩人・霊媒師は絶対に嘘をついているじゃない! お願い、皆で協力しようよ!」
そう言って神楽は一堂を見回すが、特に宣言を変える者はいなかった。
とはいえもし俺が人狼だったとしてもこの場で名乗り出る気にはなれないが。
「とりあえず、お互い誰を占うかだけは決めておこうかしら」
「ちょっと、何でそんなにゲームをしようとしているの?」
御剣の提案に神楽は信じられない、という風に言う。神楽は本心からこのゲームを人狼のルールにのっとらない形で解決しようと思っているのだろうか。それとも単にそういうポーズをとっているのだろうか。
確かに人狼ゲームでは占い師が競合した場合、会議で誰を占うかあらかじめ決めておくという作戦がとられる場合はある。
そうでないと、偽占い師は襲撃された人を占っていたことにして「村人だった」と言うことが出来てしまうためだ。
とはいえ神楽の言う通り、それは完全にこの状態でピエロ男の言う通りにゲームを進めるということを意味する。
「聞いてみんな! ここであのピエロ男の言う通りに人狼ゲームを始めるなんて愚かだわ! 人狼は絶対に誰も襲撃しない、私たちも絶対に誰も吊らない! これでいきましょう!」
神楽は皆に訴えかける。
とはいえそれだけでは彼女の陣営は分からない。村人陣営で狼に噛まれたくないからそう言っているだけにも思えるし、人狼陣営だけど吊られたくないからそう言っているだけにも聞こえてくる。
「でも現にこうして占い師を騙る人物はいるわ。要するにすでに人狼側はそんな仲良しこよしで終わらせるつもりはないってことよ」
「それは御剣先輩でしょう!」
御剣の言葉に桜宮が噛みつく。お互い、一歩も譲るつもりはないらしい。
それを聞いて神楽は呆然とした。
「そんな……そんな言い争いをするなんて、皆ピエロの手の平で踊らされているだけよ」
「大体、明らかに私たちと協調する気のない男が一人と、そもそもこの部屋にすらいない人がいる時点で無理よ。二人のどちらかが人狼だったらその時点であなたの言っている案は破綻するわ」
「そうです。人狼が誰も噛まないというのは賛成ですが、占いだけでもきちんとしなければ」
御剣と桜宮の二人は人狼ゲームをとりあえずきちんとこなそうという点では一致していた。どちらかに偽者がいるにせよ、きちんと占うという態度を示すことで本物だと思われようとしているのだろう。
もっとも、これはいわゆる「人狼ゲーム」とはいくつか致命的に異なる点がある。
一番の違いはゲーム内の死は本当に死につながる可能性があるということだ。人狼ゲームでは村人であれば例えば自分と怪しい人物の両方を投票で吊ることを提案することで人狼を確実に吊る「ローラー」という戦術があるが、今回それを提案する人はいないだろう。
また、人狼ゲームでは村人サイドが占い師を偽って名乗り出ることはないが、今回は投票されたくないし狩人に守ってもらいたい、という不純な動機でただの村人が占い師に名乗り出ている可能性も否定できない。最悪本物の占い師が狼の襲撃を恐れて名乗り出ておらず、この二人が両方偽者という可能性もゼロではない。
他にもゲームでは「狼が襲撃しない」「村人が投票しない」という選択肢は存在しなかったが、ここではどうだろうかとか、会議以外の時間でも会話出来るとか様々な違いがある。
というかそもそもゲームだったら会議に参加しないやつなどいない。
「そういうのは良くないわ。普通なら人が互いを殺し合うようなことは絶対にしない! でもこのようなゲーム形式にして相手を殺さないと自分が殺されるというルールを作ることで私たちは容易に殺し合いゲームを始めようとしている。これこそがあのピエロの狙いに決まっている!」
「だからといって占いをしない理由にはならないのでは?」
御剣が冷静に反論する。
が、神楽は首を横に振った。
「それはない。だってもし占って人狼が見つかったらどうする?」
「それは……」
御剣が言葉に詰まる。
「しかも占い師が二人いるということは少なくともどちらかが偽者ということ。占いを許可すれば冤罪が生まれる可能性すらある。もっとも、仮に本当に人狼だったとしても私は吊るべきではないと思うけど」
確かに神楽の論理は一理ある。
これはある意味チキンレースのようなもので、皆が結託して誰も吊らないし襲撃もしない、となるのが最善だ。逆に人狼側だけが襲撃したり村人側だけが占ったりすればすぐにそちらの陣営だけが有利になってしまう。そして両陣営が真面目にゲームを始めると多数の死者が出るだろう。
「それよりもこの空間を脱する方法を考えよう」
そう言って神楽は周囲を見回す。
御剣と桜宮は納得いっていなかったが、他の者たちは頷いていた。別に神楽の言うことに納得したとかではなく、占い師でない者たちは村人であっても人狼であると占い結果を出される可能性があるからだろう。
「そもそも仮想現実ってどうやって脱出するんです?」
桜宮が尋ねる。確か彼女はここに来て日が浅いと言っていたから仮想現実システムには詳しくないのだろう。
「私たちから能動的に脱出することは基本的に出来ないわ。一応体調がすごく悪化したときとかは強制的に脱出するシステムがあるようだけど」
「そうよ、それなら例えばここですごく体調が悪くなるようなことをすれば脱出できるんじゃない!?」
神楽が一瞬期待の表情で言う。
が、無情にもそれまで沈黙していたピエロが口を開く。
「そんなつまらない幕切れを許す訳がないだろう? 大体今から君たちに殺し合いをさせようってのに体調不良を助けても仕方ないじゃないか」
彼の言葉に一瞬高まった期待感はすぐにしぼんでいく。
するとピエロ男は言った。
「あーあ、なんかゲームの話し合いも終わってしまったし、こんなことならさっさと夜にしてしまおう」
「え、ちょっと待って……」
神楽が止めようとしたときだった。
会議室にあった時計の針が急に素早く動き出し、時間が経過していく。と同時に俺にも眠気と空腹が訪れた。どうやらこの仮想現実では時間を早回しすることも出来るらしい。
確かに、そうでなければ本来人狼の会議は五分とかのはずなのに、二十四時間会議出来ることになってしまう。
まあすでに会議外の話し合いが発生してはいるのだが。
「な、何するの?」
「全く、余計なことを考えて真面目にゲームをしないようだから、勝手にゲームを進めさせてもらおう。さすがに死人がもう一人出れば、お前たちも真面目にゲームをやろうっていう気になるんじゃないか?」
「人狼の皆! こんな奴の言うことを聞いてはいけない! 襲撃したらだめ!」
神楽が叫ぶ。
そもそも人狼に「襲撃しない」という選択肢があるのかは謎だ。元々のゲームでは襲撃しないという選択をする理由がないため必ず襲撃しているが、今回人狼が襲撃しなければどうなるのだろうか。
もしかしたらピエロ男が首輪を使って拷問のようなことをして襲撃させる、もしくは襲撃しないと人狼本人が死ぬ、というようなペナルティを与える可能性はあるが前者はともかく後者の場合、人によっては人狼が皆を助けるため自身の死を選ぶという可能性もなくはない。
もちろんそうならないような人物に人狼の役職を与えたという説もあるが……やはりよく分からない。
そもそも役職が配られただけで本当に人狼ゲームのルール通りに進行するのかすらもまだ分からない。
そんなことを思いつつ部屋に戻ると、夕食のカレーが用意されていた。特においしくもまずくもなく、食べてシャワーを浴びると勝手に体が眠りについてしまうのだった。
死者が(役職のない田村以外)出ていないせいか、俺は特に能力を使うチャンスはなかった。
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