これだけ聞くといたって普通の人狼ゲームである。もちろん人によっては自分が知っているルールと細部が異なることはあるだろうが。


 一つ引っ掛かったのは投票が同数になった場合、両吊りになるというところだ。普通の人狼では決選投票などで決めることが多い気がするが、あえてこうなっているのは人が多く死んだ方がいい、というピエロ男の意志だろう。


 それに下手に人狼側の票で同数になっては困る以上、村側はきちんと誰かに票を集めなければならないことになる。

 「あいつに票を集めよう」「私は死にたくない」みたいなやりとりを見て楽しみたいということなら猶更悪趣味だ。


「それでは役職を発表させていただきます! 皆さん、目をつぶってください!」

「おい、ちょっと待て! うわっ!」


 三坂がピエロ男に文句を言おうとしたが、悲鳴を上げてテーブルの上に突っ伏す。


「な、何今の」

「その首についている首輪があるだろう? ゲームの進行を乱す人はそれで静かになってもらうよ」


 それを聞いてさすがの神楽も首輪をさわって青ざめた表情になる。電流か何かを流されたのだろうか。仮想現実をピエロ男に操られている以上明確に歯向かう行為は出来ないらしい。


 冷静に考えれば仮想現実に介入されている時点で、少なくともこちらの俺たちの体が奴に支配されているのは分かり切ったことなのだが、こうして首輪という分かりやすい形で示された方がより従わなければ、という気持ちになってしまう。


 仕方なく俺たちは目をつぶった。

 すると突然、俺の脳裏に「霊媒師」と言う言葉が浮かんでくる。もしかして今頃他の人は「村人」や「人狼」になっているのだろうか。


 「霊媒師」は村人陣営にとって「占い師」の次に重要な役職と言っても過言ではない。しかも占い師は初日に名乗り出ればいいが、霊媒師は名乗り出るタイミングも重要であると聞く。俺は人狼ゲームをやったことがある訳でもないのにこんな重要な役職をやりとげられるだろうか。


 不安にはなったが、数秒でそのイメージが消えたので、俺たちは再び目を開ける。

 首輪により力を誇示され、役職を提示されて皆徐々にゲームをやらざるを得ないという気持ちになってきたのだろう、表情が強張ってきている。


「ところで、会議は五分ってあるけど私たちは会議以外の時間はどうするの?」


 神楽が尋ねる。

 確かに会議以外の時間だって俺たちはお互いしゃべることは可能だ。


「別に好きにしてくれて構わない。話し合いたければ話し合ってくれても構わないよ。ただし、お互いに物理的な危害を加え合うことがあれば、場合によってはそれで強制退場させてもらうことになる」


 なるほど、これはそういう意味もあっての首輪だったのか。

 確かに、直接的な暴力が可能になるとゲームとは関係なく腕っぷしが強い人が勝つだけになってしまう。


 また、人狼の襲撃というシステムもどうやって殺すのかと思っていたが、多分この首輪が関係するのだろう。

 他にも二人の人狼同士で殺す対象を揉めたらどうするのか、というのも疑問に思ったが、さすがに聞けなかった。変なことを口にして「人狼だから気になったんだろう」などと思われても困る。


「食事については寝ている間に部屋に用意させてもらうし、夕食は会議室に用意してあげよう」

「こ、殺されるかもしれないのにそんな普通に生活しろだなんて」


 俺の隣で御剣が叫ぶ。

 どちらかというと理知的に見える彼女でさえも明らかに普通でない状況に動揺していた。


 動揺していない(ように見える)のは神楽ぐらいだろうか。


「別にご飯を食べずにぶるぶる震えながら過ごしてくれても構わない。仮想現実だから飢え死にもしないしね。もっとも役職の人の活動時間以外は強制的に寝てもらうけど」


 そもそもここは夢の中なのに寝かされるというのは変な気分だが、そこは人狼というゲームの都合上仕方ないのかもしれない。


 しかし人狼はゲームでやる分には「そういうゲーム」と思うが、リアルでやろうとすると無理が出るところは色々あるような気がするが大丈夫なのだろうか。


 ……と考えて何故俺はそっちの心配をしているのだろう、と気づく。俺がすべきは自分の命の心配なのではないか。俺は死ぬということがどういうことなのかいまいち実感が湧かないせいで恐怖も湧いてこなかった。


 とはいえ周りの人々が皆脅えているのを見ると遅まきながら俺も恐怖してくる。


「ところで、このテーブルには十一人の名前があるけど、この場にいない人があと一人いるようだけど」


 御剣が疑問の声をあげる。

 言われてみればそのこともずっと気にはなっていた。もっとも部屋の数は十あってこの場には九人しかいない以上、部屋の中にはいそうだが。


「彼女は何というか……特別な人物だからね。まあ会議に出席しないこともあるよ」

「そ、そんないい加減なゲームで人の生死を決めようだなんて!」


 三坂が抗議の声をあげる。


「おいおい、それならいい加減さが全くない、将棋やチェスのようなゲームであれば人の生死を決めてもいいって言うのかい?」


 そう言ってピエロはにやり、と笑ったような気がした。もっともお面をつけているので表情が実際に変化することはないのだが。


「そ、それは……」


 言い返されて三坂が黙り込む。

 揚げ足とりみたいなところはあるが、確かにゲームがちゃんとしていようがしていまいがこんなところで殺されて納得できるわけがない。


「でもそれなら皆で部屋に引きこもって会議に出席しなければ、こんな馬鹿げたゲームをしなくてもいいのではないですか?」


 そう指摘したのは桜宮である。その発言からは彼女の人の良さのようなものがうかがえた。


「もちろんそうしたいと思うことは自由だ。もっとも君たちがどう判断しようと人狼は夜に誰かを噛むだろうし、人狼だけが会議に出席すれば人狼の投票で処刑されてしまうよ」

「じ、人狼の人とも協力して……」

「まあ協力出来ると思うのは自由だ。でも人狼からすれば、他人を襲撃してもばれない以上襲撃しない理由はないと思うけどね」

「そんな! 襲撃しない理由は人命があるじゃないですか!」

「所詮他人の人命だけどね。まあ君たちが本当に人狼も含めて結託出来るというのであればその光景を見せてくれよ」


 そんなことは出来る訳ないだろ、とでも言いたげにピエロはせせら笑った。そんな彼の言葉を聞いて桜宮は口をつぐむ。

 彼女の役職は知らないが、この状況で人狼になった人物がそんな話に乗るとは限らないということは考えて分かったのだろう。もちろん、桜宮が人狼でありながら疑いを避けるためにこんなことを言っているという可能性もあるが。


 すると、再び御剣が口を開く。


「ところで、先ほどの発言を聞いていると会議に参加していない人にも投票できるようだけど」

「当然だろ? 部屋に閉じこもって震えていれば投票されないなんて興ざめだし、第一ゲームにならないからね」

「なるほど……じゃあ私たちは籠宮さんにも投票することは出来るってこと?」

「もちろん。彼女が人狼陣営であると思うならば吊ればいい。当然、彼女が村人陣営であれば人狼陣営に襲撃される危険もあると言うことだ」


 要するに彼女が部屋から出てこないのはゲームにおいてあまり重要な事実ではないということか。


「ちなみに、彼女が襲撃される可能性もあるとのことだけど、もし人狼だった場合部屋の中からでも襲撃出来るということ?」


 御剣は脅えつつもそういうことが気になる性格らしく、しつこくピエロ男に尋ねている。


「人狼の襲撃方法については秘密だ。ただ、一つ言っておくと夜時間に行うことは室内で行われる」

「なるほど」


 要するに投票と会議以外のことは大体出来ると思えばいいのか。とはいえ、もし彼女が村人陣営であれば会議において投票者が少ない分不利になってしまう。

 逆に人狼陣営であれば狂人を入れても三人しかいないうちの一人が部屋から出てこないからこちらが圧倒的に楽になるが。

 大体のことは分かったような気がした。

 まあそもそも、このゲームをちゃんとやるのか、やらないとしてどのような打開策を考えるのかという問題はあるが。


「まあそういう訳だ。初日だから特に吊りはないけど、好きに話でもしてくれればいいよ。私は一応ここにいて、ルールに関する質問であれば答えてあげようではないか」


 そう言ってピエロは口を閉じた。まあお面をつけているから口元は見えない訳だが。

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