突然盛大な音楽とともにこれまで真っ暗だった正面のモニターの電源が入る。まるでパーティーでも始まるかのような愉快な音楽だったが、そこに映ったのは黒ローブにピエロのお面をつけた、人物だった。それだけ聞くと陽気なパーティーの道化師のように思われるかもしれないが、ピエロのお面は笑顔のはずなのにどことなく歪んでいて、パーティーはパーティでもまるでデスゲームの主催者を思わせた。


 というか俺も本でしか読んだことはないが、よく考えてみると今はすごいデスゲームのような状況だ。もっとも、仮想現実だから仮にここで殺し合いが始まっても死ぬこともないはずだが。


 皆が息をのむ中、ピエロは合成音声のような不気味な声でしゃべり始める。


「ようこそ皆さん! いない方もいますが、大体揃ったので挨拶をさせていただきましょう! 私はここ夢ノ島未来教育学園に侵入したテロリストです!」

「は?」


 突然の言葉に俺たちは顔を見合わせる。急に「テロリストです」と名乗られても現実味がある訳がなかった。

 まあ現実味も何も、そもそもここは仮想現実の中なのだが。


 そんな中、やはりモニターに向かって声をあげたのは神楽だった。


「この島は最新の教育設備があるからセキュリティもしっかりしているはずよ。そんなことを言われても騙されないわ」


 彼女はピエロ男に向かって毅然とした声色で言う。

 いつもはアイドル然とした彼女だが、このような態度をとっても堂々として見えた。

 やはり彼女には何をするにしても独特のオーラがあるのだろう。神楽がそう言うと、何となくそんな気がしてくる。一瞬ざわついた人々も皆落ち着いた。


 ちなみに不破だけはよほど腹が立っていたのだろう、神楽の言葉を無視して「くそが!」と叫びながら部屋にあったと思われる飲み物のボトルをモニターに向かって投げつけていたが、ボトルは鈍い音を立ててモニターにぶつかっただけだった。

 ピエロ男はそれには一切注意を払わず、神楽に答える。


「あなたは二年の神楽瑠璃さんですね? この変な人が多い学園で皆の人望を集めているのと聞いていますがさすがですね! でも今回ばかりはそれは間違いと言わざるをえませんよ」

「そんなに言うならあなたがここに侵入した方法を言ってみなさい?」

「先ほどセキュリティが厳しいと言いましたが、私は内部の存在と共謀している、とだけ言っておきましょう」


 どれだけ厳しいセキュリティでも内通者がいれば突破することは出来る。


「ふーん? でもそれだけでは難しいはずよ」


 もしも神楽がこの不可解な状況で、咄嗟に会話を続けることでこいつの情報を得ようとしているのであればさすがだと思った。


 もっともピエロ男もその可能性を察したのか、すぐに話を変える。


「まあ私の正体はどうでもいいのです。問題は皆さんの生死は私が握っているということですよ」

「どういうことだ! ここは仮想現実だろう!?」


 そう叫んだのは藤川であった。相変わらず彼女の腕には甘利がしがみついている。


「ちょっとは考えてからしゃべってくださいよ。私がこうして仮想現実に干渉出来ているということの意味を。それは、あなた方が現実で寝ている状態にも干渉出来るし、何ならここにあなた方を廃人にするほどの仮想現実を見せることも出来るということですよ?」

「な、何だと!?」


 それを聞いて藤川の表情が変わる。甘利を勇気づけようとしたが逆効果になってしまったようだ。

 この二人以外にも三坂もそのことに気づいて青ざめていた。

 俺の隣でも小さく御剣が息を飲んだのが聞こえる。きっと無意識のうちに仮想現実だから大丈夫と思っていたのだろう。

 逆に、桜宮や草薙は元から大丈夫とは思っていなかったのか、あまり変化はなかった。


 俺もここは仮想現実だから、とタカをくくっていたところがあったせいか、それを聞いて一気に体が強張るのを感じる。


「そうだ! 要するに俺たちは元からこのよく分からない装置に生殺与奪の権を握られていたんだよ! それなのに皆呑気に学校ごっこなんかしているなんて、そっちの方が正気じゃねえんだ!」


 一方、不破はそんなことを大声で叫んでいる。

 まあ言われてみればそうなのだが、こればかりは慣れなのだから仕方がない。例えば、車を運転している人だって最初は「ぶつかったら死ぬかもしれない」と思って運転するが、だんだんそんなことを気にしなくなっていく。

 それと同じだ。


 そんな思いがあったせいか、それとも単に不破が怖かったからか、皆ちらっと彼の方を見ただけで彼に返答する者は誰もいなかった。


 そんな中、神楽だけは外面は動揺することはなかった。


「で? あなたの目的は何かしら?」

「どうやらまだ事態を甘く見ているようですね。でしたらこれでどうでしょう」


 ピエロ男が言ったときだった。


 突然、「田村翔平」と書かれた席に一人の制服を着た男子の体が出現する。今までずっと該当者が誰もいなかった二つの席のうちの一つだ。


 その人影は椅子の上に現れたが、うまく背もたれにもたれかかることが出来ずにごろりと床に転がり落ちた。

 それだというのに身じろぎ一つしない。


「田村!?」「田村君!?」


 恐らく知り合いなのだろう、藤川と甘利が悲鳴をあげる。

 口元はだらしなく開いているが、息をしている様子はない。


 慌てて神楽が彼に駆け寄って脈をとったり瞳孔を確認したりする。この状況で咄嗟にそうしようという判断がすごい、と思ってしまう。

 俺は密かにそうか、それで部屋の数と名札の数が違ったのか、と納得した。


「だめ、死んでいるわ」

「ひっ」


 神楽の言葉に数人から悲鳴が上がる。

 仮想現実であろうと、ほぼ現実と変わらない光景なのだから死体を見るのは恐ろしい。


「所詮ここは仮想現実。死体くらいいくらでも仮想で見せることが出来るわ」


 今度は御剣が声をあげる。その声は震えていたが、脅えていた人たちもそれを聞いてはっとしたようだった。


「まあいいでしょう。何にせよ、私の意志一つで皆さんをこう出来るということはご理解いただけましたか?」

「で? それで何がしたいの? テロリストか何だか知らないけどこんなところに侵入してこんなことをするなんて正気じゃないわ」


 あくまで落ち着いた声で神楽が言う。田村の死を仮想のものと割り切っているのか、動揺を完璧に隠しているのか、それとも田村の死では動揺していないのか、それは俺にもよく分からない。


「そうですね、皆さんにはこれからゲームをしてもらいます」

「ゲーム?」


 ピエロ男の言葉にどよめきが広がる。いよいよ小説や漫画のデスゲームじみてきたな、と思ったが多分皆も思っているのだろう。


「何がゲームだ。今まで散々好きなように他人の脳で実験してきた癖に!」


 不破は吐き捨てるように言う。

 が、ピエロ男はそれを無視して続けた。


「ゲームは多分皆さんも一度は聞いたことがある、人狼ゲームです。この中に人狼がいて、毎晩誰かが人狼に襲撃されます。皆さんは誰が人狼なのかを会議して、毎日一人を投票で殺すことが出来ます。人狼が全滅すれば村人側の勝利、村人陣営が人狼陣営以下になれば人狼側の勝利です」

「そんなことしてあなたがどんな得をするというの?」


 神楽が尋ねた。


「それを説明する義理はないですが……窮地に陥ったあなた方がどのような行動をするのか、純粋に興味があるのですよ」

「……なるほど」


 よく分からないが神楽はピエロ男の説明に納得がいったらしい。

 俺からすればそんな興味だけでこんなことをするなんて信じられないが。

 周囲を見てみると、皆ピエロ男の言葉に首をかしげている。


「理解していただけたようで何よりです。それではルールの方を説明していきましょう」


 そう言ってピエロは勝手にルールの説明を始めた。

 納得はしていないが、ピエロの言うことを聞かなければ命に危険が及ぶかもしれない以上聞かざるを得ない。そんな訳で俺たちは急に真剣に彼の話に聞き入るのだった。


 ピエロ男が語ったルールをまとめると以下のようになる。


十人(田村は含めない)の役職は以下の通りである。


<村人陣営>

村人……四人。投票することしか出来ない。

占い師……一人。毎晩誰かを占うことが出来る。その人物が狼か否かが分かる。

霊媒師……一人。毎晩死体を一つ占うことが出来る。その死体が狼か否かが分かる。

狩人……一人。毎晩誰かを護衛することが出来る。その人物が狼に襲撃された場合、守ることが出来る。ただし自身を護衛することは出来ない。連続護衛可。


<人狼陣営>

人狼……二人。毎晩、誰か一人を襲撃して殺すことが出来る。襲撃対象は話し合いで決める。

狂人……一人。人狼が勝利すると勝利。狂人は人狼が誰かを知っているが、人狼は狂人が誰かを知らない。占い師・霊媒師の判定では村人となる。


<会議について>

会議は五分間行われ、その間のみ誰かに投票することが出来る。

同数だった場合は両方の人物が処刑される。


<勝敗>

人狼が全滅すれば村人陣営の勝利。

人狼陣営が村人陣営と同数以上になれば人狼陣営の勝利。

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