Ⅲ
廊下に出ると、そこには男女二人の人影があった。どちらも俺が知っている人物で、二年生の神楽瑠璃と三坂瑞樹である。
「あれ、二人もそこにいたんだ。ここがどんなところか分かる?」
そう言って俺たちにも分け隔てなく明るい笑顔を振りまいてくれるのが神楽瑠璃。抜群のスタイルと美貌を誇り、クラスのアイドル的存在である美少女だ。
腰まで届きそうな長い髪にアイドルや女優にも劣らぬ美貌とプロポーション。彼女も皆と同じ制服を着ているというのに、一人だけステージ衣装か何かを着ているようにすら見えてしまう。
性格も(少なくとも俺から見た限りでは)非の打ちどころがなく、どんな時でも笑顔を絶やさず誰にでも優しく接している。
今も彼女がそう言って笑いかけるだけで突然訳の分からない場所に連れて来られたことに対する不安が少し和らいだような気がする。
空気作りとか雰囲気作りがうまく、変な人が多い学園ではあるが、クラスの中心に神楽瑠璃がいるだけでクラスがまとまっていたような気がした。
「いや、俺たちもさっぱりだ」
「やっぱりそうか。実は僕もそうなんだ」
そんな神楽瑠璃と話していたのは三坂瑞樹という男子だ。
言っては悪いが、神楽と違って彼はどこにでもいそうな普通の高校二年生という感じで、中肉中背で顔も悪くはないが、良くもない。そしてアクが強い人物が多い学園内では穏やかというだけで一つの個性になっている面もある。
そしてそんな二人の首にも俺たちと同じものがついていた。
「あなたは確か先輩でしたよね?」
神楽は俺の隣にいる御剣に目を向ける。
「ええ、私は三年の御剣来栖。急にここに連れてこられてこちらの天方君と話していたところ。あなたたちも何も知らない訳ね?」
「そうなの。そうだ、一応皆の部屋を調べてみない?」
「いいわ」
神楽の提案で俺たちは四人に増えたところでもう一度各部屋を回ってみたが、どこも同じ部屋で特に何か違いがある訳でもなかった。
ちなみにこの廊下沿いには左右五部屋ずつの個室が合計十部屋があり、鍵がかかっている。恐らく同じようにここに連れてこられた生徒が寝ているのだろう。そして廊下の先に一つの大き目の扉がある。
「どうする? 皆を起こしてみるか?」
そもそも他の部屋全部に俺たちのような生徒が寝ているのかはよく分からないが。
「それよりもあの大きなドアの先に行ってみない?」
神楽が提案する。いきなり部屋のドアをノックして余計な警戒をされても困るからな。
そんな訳で俺たちは神楽を先頭にぞろぞろと廊下を歩いていく。
ドアまでたどり着くと神楽は耳を澄ませたが、特に何も聞こえなかったらしくドアノブに手をかける。ガチャリ、と音がしてドアノブが回りドアが開いた。
中は会議室のような部屋になっていて、円形のテーブルとその周囲に十一の椅子がある。そして部屋の正面には大きなモニターのようなものがあったが、今は何も映っていない。
ちなみに、相変わらず会議室にも窓はなかった。
また、俺たちが入って来た廊下に続く扉以外に入口はなかったので俺たちは閉鎖空間にいることになる(他の部屋から別のところに繋がっていなければだが)。
そしてテーブルの上には国会にあるような三角柱の名札が十一個立てていて、その隣に手の平サイズのボタンがある。もしやと思って名札を見てみると、俺や御剣、神楽や三坂の名前を含む十一人の名前が書かれていた。
見たことない名前もあるが、恐らく全員学園の生徒だろう。
「何だろう、この部屋」
神楽が怪訝な顔をする。
「私たちを集めて何か会議でもさせようとしているのかしら。それにしては部屋に対して参加者が一人多いみたいだけど」
御剣も首をかしげる。
学園の生徒で会議をするのであればあえて仮想現実でやる必要も感じないが。普通に学校でやればいいのではないか。
そんなことを考えていると、さらに会議室の外から足音がした。ドアは開けたままにしていたため、外から歩いて来る二人の姿が確認できる。
「あれは一年の藤川君と甘利ちゃんね」
神楽は二年生以外の名前も覚えているらしい。もっとも、うちの学校は一学年一クラスしかないので高校全体でも百人ちょっとしかいないので全員の名前を覚えることも不可能ではないが。
ちなみに藤川も甘利もテーブルの名札の中にある名前だった。
甘利ちゃんと呼ばれた女子は、脅えているのか藤川君と呼ばれた男子に腕にしがみつくような体勢で歩いている。まあ突然こんなところに連れてこられたら怖がるのも無理もないかもしれない。
それに、俺や御剣とは違ってこの島に来て日が浅いのだろう。
「皆さんすでにいたようで安心しました」
藤川はほっと息を吐く。
「いちご、突然こんなところに連れてこられて怖いです」
一方の甘利は若干媚びが混ざったような声で俺たちの方を見回す。どちらかというと華奢な体格で、表情には愛嬌がある。しかし言葉のイントネーションや藤川にそそぐ視線など、些細な動作の一つ一つがあざとく見えてくる。制服も胸元を広めに開け、スカートを短めにするなど着
神楽が他人に好意を振りまいているのだとすれば、甘利は他人の好意を吸い上げようとしているようなイメージがある。
「大丈夫、今のところ何も起こってないし、きっと初めて会った人同士で課題を乗り越えるとかそういう仮想現実に違いないわ」
そう言って神楽が甘利に話しかけると、甘利の表情も少しだけ和らいだ。
そこへさらにやってきたのは、三年の先輩の男と、恐らく後輩と思われる女子だ。
これまでやってきた人たちと違って二人とも仮想現実にうまく適応していないのか、周囲をきょろきょろと不安そうに見回している。
「草薙さんと桜宮さんですよね、私は二年の神楽瑠璃です。今皆で集まって話し合っていたところです」
神楽がそう言って笑いかけると二人は少しだけほっとした様子になる。
「あの、ここはもしかして仮想現実なのか?」
草薙が尋ねる。その質問で神楽は察したらしい。
「もしかしてお二人とも、仮想現実の経験はあまりない感じでしょうか?」
「はい、私はこの春外から学園に入ったばかりで。あ、桜宮小春って言います。よろしくお願いします」
そう言って彼女、桜宮小春はぺこりと頭を下げる。
小柄だが、愛嬌を振りまいている甘利と違ってどちらかというと真面目な印象を受けた。染めていない黒髪を肩のあたりまで伸ばし、制服もきっちりと校則通りに着ている。
今は新学年始まってから一か月ほどしか経ってないから不慣れなのも仕方ないだろう。とはいえ動揺こそしているものの、桜宮の目からは強い光を感じる。
もしかすると特別に頭が良くてここに編入してきた生徒なのかもしれない。
とはいえ、彼女のような存在がいるということは昔からこの学園にいた人が集められたという訳でもなさそうだ。
「俺は草薙充。俺も実は高校からここに来たから、実は不慣れなんだ」
そう言って彼も笑って見せるが、俺はどこか彼の目には警戒が残っているような雰囲気を感じた。俺のように十六年間ずっと毎晩仮想現実に放り込まれていた人とは違って、つい最近ここに来たばかりの人であればこの状況を警戒するのも無理はないか。
「二人とも来たのが最近ってことは、やっぱり色んな境遇の人が集められたみたいね。まるで様々な人を集めて何か実験をしようとしているかのような」
「にしてはどちらかというと穏やかな人が多い気もするが」
「でもあと三人いるようだけど」
テーブル上の名札を見ると、まだここに来ていないのは田村翔平、不破望、籠宮夢の三名である。三人とも俺は面識はないので少なくとも二年生ですらない。まあ高校生であるのかすらよく分からないが。
というか部屋の数は十だったのに、名札は十一あるな、と今更ながらに気づく。
「な、何だここは?」
そこへやってきたのは疲れた様子の男だった。背は高いが、体調が悪いのか不健康に痩せている。しかし目はランランと輝いていた。
基本的にこの島は医者が数多く常駐しているため、あからさまに不健康そうな人は珍しい。
彼はこめかみを手で押さえながらよろよろと会議室に入ってくる。
「不破望先輩ですね? 今ちょうど皆さんで集まっていたところなんです」
そんな彼にも神楽は歓迎の言葉をかける。
これまでの者であれば皆神楽に話しかけられると柔らかい表情になったが、彼だけは違った。
神楽の優し気な表情に、すっと表情を険しくする。
「はあ? どうせこれも仮想現実だろ? お前たちはよくこんな訳の分からないところに放り込まれて平静でいられるな! どうせまた訳の分からない体験をさせられるんだろ? 反吐が出る!」
そう言って彼は苛々したようにドアを蹴飛ばす。
ガン、と音が響いたが当然特に何も起こらなかった。
ある意味この状況に陥った人の反応として適切なものなのかもしれないが、皆仮想現実に慣れ過ぎているか、もしくは単に性格が大人なだけかこのようなストレートな態度をとるものはいなかった。
他の人々は自然と不破を避けるように遠巻きになる。
「後二人か」
俺がそう言った時だった。
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