ここ夢ノ島未来教育学園には様々な子供が在籍している。その中には御剣や俺のようにとても幼いころから生まれ育った生徒がいる一方で、逆に中学や高校から新しく島にやってくる生徒もいる。


 島にやってくる生徒も、成績が優秀な者、貧しいため実験を受ける代わりに教育を無償で受けようという者、特殊な経歴を持った者など様々である。

 おそらく様々な者を集めてどの段階からどのような教育をするとどういう影響がある、というようなデータを集めているのだろう。

 さすがにあまり堂々とは言われていないが、言葉を選ばずに言えば最先端の技術による教育の効果についての実験が行われているのだろう。


 もちろん全人類幼いころから仮想現実内で勉強させながら育てるのが最善かもしれないが、この仮想現実装置は今のところかなり高価な物らしい。だからどう使うのが有効なのかも調べなければならないのだろう。


「私の両親はここの研究者で、基本的にこの仮想現実による教育はいいことだと信じているみたい。それで私のことも率先して幼いころから仮想現実を使う環境に置いたわ」


 この教育方法もまだ開発されたばかりの技術であるため、当然世間の評価は定まっていない。夢の中でもインプットが出来るため、プラスの影響が多いのではないか、と漠然と思われているが他人の意識に機械で介入するのは良いことなのか、とか寝ている間に脳が休息をとれなくなることで疲労が溜まるのでは、などといった疑問はあるらしい。


 ちなみに脳の休息時間も考慮されており、仮想現実に滞在しない“本当の”睡眠時間も最低限とることが決められているとか。

 大がかりなプロジェクトというだけあって安全性についての配慮も万全と言われている。


「御剣さんはそのことをどう思っているんだ?」

「正直なところ、周りにいる人に変な人が多すぎて自分がいわゆる“世間一般”より優秀なのかそうでもないのかはよく分からないわ。ただ学力や思考力というある程度計測出来る能力値に関しては日本の平均より割と高いらしいけど」


 年に一度、全国一斉学力調査のようなテストが行われる時は俺たちも受験している。

 さすがにここの生徒の平均点は高く、俺の点数は日本の平均よりは少し高かったが、ここの平均とはそんなに変わらなかった。


「じゃあやっぱり幼いころから仮想現実で教育することは意味があるみたいだな?」

「それは一概には言えないわ。そもそも私の場合は両親も最先端の研究に携わるような研究者だから遺伝的に元々頭が良かった可能性もあるし、一般的に親の学歴と子供の学歴に相関関係はあるから装置を使わなくても優秀だった可能性は高い」

「そ、そうか」


 頭がいい人と話すと面倒だな、と俺は思った。

 御剣自身も初対面の相手に面倒なことを話しすぎた、と思ったようで少しだけ恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「こほん、それはともかくそんな訳で私は島の外のことはほとんど知らないわ。それこそ仮想現実ぐらいでしか。そんな感じの生い立ちだからこそ特に今回のこれに選ばれたと言えなくもないわね」

「趣味はあるのか?」

「読書は好きだわ。仮想現実による体験というのは確かにインプット効率はいいと思うけど、あくまで知ることが出来るのは自分の体験だけ」


 今のところこの島で行われている仮想現実による教育はあくまで自分が自分の意識のまま現実とは違う体験をする、というもののみである。

 そのため、例えば自分が天才科学者の思考をトレースしたり、もしくは精神障害者の感覚を体験したりといったことはしたことがない。


 まあそんなことが出来るなら天才科学者の思考を複数人にトレースすることで物凄い研究が出来るということになってしまう。

 というか教育なんかしなくても適当に天才の思考をトレースすればそれで事足りてしまう。


「でも、読書であれば他人の体験を知ることが出来る。それはとてもおもしろいと思うわ」


 うーん、御剣は絵に描いたような優等生だ。

 別にそれはそれでいいのだが、何かそうでない個性はあるのだろうか、と思ってしまう。


「じゃあ嫌いな物とかはあるか?」

「会話が通じない人、主にガキとか」

「……」


 見も蓋もない解答だった。


「ここの学園、幼稚園まで併設されてるからよくガキと会うけど、この前もいきなり泥団子をぶつけられたわ。本当にありえない。そんなことして何のメリットがあるのかしら」


 御剣は心底不快そうに言う。

 いくら最先端の教育施設と言っても子供は子供ということだ。


「何かメリットがあればいいのか? 例えばそいつが泥団子を他人にぶつけることで訳の分からない行動をいきなりされた時の感情の動きについて調べているとか」

「そうね……何か許せるような気がして来たわ」

「そうなのか」


 俺はそういう理由があっても泥団子をぶつけられるのは嫌だが。


 本当に同じ学生というよりは研究者と話しているような気分になってくる。普段の学園生活であれば息苦しさも感じるだろうが、こういう訳の分からない状況だと頼もしさの方が少し上回る。でも何か弱点を見つけたい。


「そうだ、それなら幽霊とかは?」


 俺が尋ねると御剣の眉がぴくりと動いた。


「そんなものはいないわ」

「もしいたら?」

「仮定の質問には答えられないわ」


 彼女の言葉が若干早くなる。

 もしかすると彼女は幽霊の類は苦手なのかもしれない。そう思うと少しだけ親しみがわいた。


 そんなことを話していると、ふと外から足音が聞こえてくる。

 それを聞いてちょうどいい、とばかりに御剣は立ち上がった。


「ほ、ほら、他の人も部屋から出てきたみたいだし会いにいくわ」

「お、おお」


 こうして俺たちは部屋を出たのだった。

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