Educated Wolves
今川幸乃
零日目
Ⅰ
植物は耕作により、人間は教育によって作られる (カント)
*
「ここは……どこだ?」
目を開けると、頭上に広がっていたのは俺の知らない天井だ。
思わず上体を起こして辺りを見回してみると、そこはいつも俺が暮らしている学園の寮とは違う部屋が広がっている。
ベッドと机があるだけで簡素な部屋だった。俺が普段暮らしている寮部屋も余分な物が何もないため片付いた部屋であるが、この部屋には生活感がまるでない。
まるでビジネスホテルのようだ、と思ったがそもそも俺はビジネスホテルに泊まったことはない。それに冷蔵庫はあるがテレビはないからビジネスホテルよりも物がない。
そんな普通の部屋であるが、一つ変なところがあるとすれば、部屋には白い壁だけがあり、窓がないことだった。
窓のない部屋というのは意外と圧迫感があるものだ。
ちなみにふと自分の姿を見ると、なぜか制服を着ていた。
確か俺はいつも通り部活を終えてから学校から寮の自室に帰り、宿題をしたり夕飯を食べたりして眠りについた。当然制服のまま寝た訳はないのだが。
そこまでは記憶がある。
そこまで思い出して俺はもしかしていつものやつか、と思い至る。いつものやつだったらこんな知らない部屋に飛ばされることもあまりないのだが。
とはいえ今まであまりなかっただけで、確かにそういう日もあるのかもしれない。
俺が通う夢ノ島未来教育学園はその名の通り、科学や研究の発達により作られた新しい技術での教育が行われる学園である。
一応東京都に所属する小島のうちの一つに幼稚園から大学までを包括する学園や寮、そして研究施設などが建てられ、そこに全国から様々な生徒が集められて最新技術を用いた教育を受けている。
俺はそこで暮らしていた。
その中には様々な技術があるのだが、特筆すべきはやはり「仮想体験システム」だろう。
これは簡単に言えば寝ている人に任意の夢を見せることが出来るシステムであり、俺たちは自室で寝る時常に装置を頭につけてから眠りについている。そして偉い人がそれぞれに合わせた夢を見せる訳である。
例えば夢の中で勉強をさせることが出来れば大幅に勉強時間を伸ばすことが出来るので、普通よりも学力が高い生徒になりやすいだろう。
他にも様々な体験を積ませたり、現実の学園では知り合いではない人と会わせられたりすることが出来る。そのため、あまり詳しくは知らないが生徒によって様々な仮想現実を見せられているらしい。
俺の場合は勉強よりは体験や人間関係メインであり、現実では全く会ったことがない人とも夢の中では友達のような関係を築いていたりする。
とはいえ普段の仮想現実はおおむね連続性があり、夢の中ではいつも同じ部屋に住み、いつも同じ学校に通って大体同じ人と会うのだが、今日はいつもと違う空間にいた。
そのため咄嗟に仮想現実と見分けることが出来なかったが、分かってしまえば見知らぬ空間であろうと特に動揺することはない。
特に指示を受けていない以上自然体で行動するだけだ。
部屋を出るとユニットバスがあってさらにその向こうに玄関があり、ドアノブに手を掛けてみるとガチャリと音を立てて開いた。
外に出ると、ホテルのように左右にいくつもの部屋が並んでいる廊下があり、俺が出たのと同時に少し離れた部屋もドアが開き、ちょうど別の生徒が出てくる。
向こうも学園のブレザーを着ている女子だ。面識は……ないが、先輩にいたかもしれない。俺は現在高校二年生だから彼女は多分三年生だろう。
そう言えば、俺の場合は仮想現実で学園の人物と出会うのは初めてだった。もっとも、今まで会っていたのがよその人間なのか、それとも実在しない架空の人物なのかは分からないが。
「やあ、起きたらここにいたんだが、君も同じか?」
俺は出来るだけ親し気に声をかけてみる。
向こうは一瞬緊張したようだったが、俺の顔を見て表情を柔らかくした。向こうも俺が同じ学園の生徒だということぐらいは知っていたのだろう。
「ええ、私は三年の御剣来栖。あなたも同じ?」
御剣来栖は女子にしては背が高めで、ストレートの肩下まで伸びている黒髪に、理知的な瞳が印象的だ。顔立ちも整っているが、可愛いというよりはきれい、怜悧といった印象を受ける。制服もブレザーのボタンをきちんと留め、中には指定の地味なカーディガンを着、スカートも特に短くすることなく校則通りきっちり着こなしていた。
優等生のようだ、と思ったがそもそも未来教育学園は最新鋭の教育機関だけあって優等生が多い。もっとも、問題児も多いが。むしろ俺のように普通の人物が一番少数派かもしれない。
こんな状況に陥っているが、仮想現実には慣れているのだろう、声は平静であまり動揺は見られない。もっとも、それは俺もあまり他人のことは言えないが。
「ああ。俺は二年の天方達也。帰って寝ていたらここに連れてこられたようだ」
俺は自分と同じ状況の相手がいたことにひとまず安堵する。
「御剣さんはこの状況に何か心当たりはあるか?」
「ないわ。私が普段連れていかれる仮想現実とも違うし、見たこともない場所」
「俺も全く同じだ……ところでそれは何だ?」
俺は御剣の首に巻いてある黒いベルトのようなものに気づいて尋ねる。チョーカーのようなアクセサリーというよりはもっと、首輪とか拘束具といった言葉を連想させるものだった。
「分からないけど、あなたにもついてるわ」
言われてみれば首元に何かついている感じがある。
触ってみると確かにベルトのようなものがついていたが、材質は革というよりは金属のようだった。
「確かに……何だこれは」
試しに引っ張ってみるが、外れそうにない。
見た目に反して重量感や拘束感はないため、意識しなければそこまで気にならない。逆に言えば、気づいてしまうと途端に息苦しく感じる。
よく分からない空間、よく分からない首輪、そしてなぜか一緒になった御剣来栖。分からないことだらけだ。
何か手がかりはないだろうか。
「一応部屋を見せてもらっていいか?」
「いいけど……何もないと思う」
俺は御剣とともに彼女の部屋に行ったが、俺の部屋と全く同じだった。
殺風景な、まるでホテルの一室のような空間が広がっているだけだ。俺たちは何となくベッドに腰かけて話すことにする。
「他にも部屋がいくつかあったし、連れてこられたのは私たちだけじゃないようね」
「そうだな。とりあえず、お互い軽く自分たちのことを話さないか? もしかしたらここに連れてこられたことに対する共通点みたいなものがあるかもしれない」
「そうね……にしてもあなた、えらくこの状況に適応してるのね」
確かに、普通の人ならもう少し驚くような気もする。
とはいえ仮想現実自体は毎晩お邪魔しているし、確かにいつもと違う仮想現実ではあるものの、今のところ何か問題が起こっている訳でもない。
第一、そう言っている御剣来栖自身にそこまで動じている雰囲気がない。
「それはお互い様だろ?」
「確かにそうね。そもそも私は物心ついた時からこの島で育てられたから」
「実は俺もそうなんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。