第6話 王の間




 プリシアは前から歩いてくるレイクを見つけると満面の笑みを浮かべた。


 そしてレイクの元へと小走りで近づいて行く。


 「お兄様~おはようございますぅ~」


 小走りの勢いそのままにレイクの胸に正面から飛び込むと、ギュッと抱き付いた。


 「プリシア、おはよう」


 自分の胸で鼻を揺らすプリシアに苦笑いを浮かべるも、レイクは挨拶を交わした。


 レイクの事など気にする事なく鼻を動かすプリシアはレイク成分を補充していく。


 (徹夜明けの体にお兄様の匂いは染みるわ、うん染みる……)


 そのままの体制で匂いを嗅ぐこと十数秒──、

 プリシアは自分より少しだけ早く産まれた大好きな双子の兄、レイクの胸に埋めた顔をあげた。


 そして自分よりも背の高いレイクの顔を見上げ微笑んだ。


 「プリシア、また徹夜したのかい?」


 顔が近いせいで化粧で隠した隈にすぐに気がついたレイクはプリシアにジト目を向ける。


 「うっ、それは……」


 いきなり徹夜がバレてしまったプリシアは、レイクに抱きついたまま振り返りリンを睨む


 『徹夜したプリシア様が悪いのですよ』との思いを込めた視線をリンに返されてしまう。


 言葉には出していない。しかし、プリシアには長らく使えてくれているリンの考えが視線だけでわかってしまうのである。


 「プリシア、僕がいつも言ってるよね?ちゃんと眠らないとダメだよって」


 「うっ、ごめんなさい」


 レイクの声に振り返ったプリシアはレイクに視線を合わせると上目使いをして謝る。


 そしてレイクの説教が始まろうとしたその時、王の間の扉を開ける為に待っている兵士に声をかけられる。


 「レイク様、プリシア様、陛下がお待ちですのでそろそろ……」


 ハッとした二人は兵士に頭を下げた。

 それを見て苦笑いをした兵士は扉を開けた。


 扉が開くと赤い絨毯が敷かれていて、それはアレクサンドラ国王とテレシア王妃の座る豪華な椅子まで伸びている。


 二人は並んで絨毯へ一歩踏み出すとそのまま王と王妃の前まで行き膝まずいた。


 「父上、母上、レイク参りました」


 「プリシア参りました」


 「うむ、二人とも面をあげよ」


 アレクサンドラの言葉で二人は顔をあげた。


 「まずはレイク、スキル発生おめでとう」


 「ありがとうございます」


 「欲しがっていた縮地で良かったな」


 「はい!本当に嬉しい限りです」


 レイクは喜びを表現するようにそうアレクサンドラに向け言葉を発した。


 「してプリシア、試練にも行かずお前は何をやっておる」


 「うっ、えっと、」


 言葉に詰まるプリシアは試練に行かなかったのでは無く、理由があって行けなかった。


 この所城内に渦巻く不審な気配にリンと二人で調査していた。


 相手が大物故に内密にして単独で動き、証拠を掴もうとしていた。


 ちょうど試練の日に『大きな取引がある』とリンから報告を受け現場に向かったが、狙っている人物は現れず結局証拠は掴めなかった。


 (まだ証拠を掴めてないから言えないのよね……)


 アレクサンドラの視線に当てられながら何と言ってこの場を切り抜けるか考えていると、


 「殿下、プリシアは具合が悪かったみたいで行けなかったのですよ」


 とテレシアが話を挟んだ。


 テレシアは単独で動くプリシアを心配したリンから報告を受けており、試練に行けなかった理由を知っていた。

 その為、助け船を出したのである。


 「はい、お父様、実はそうなんです」


 プリシアはテレシアが出した助け船に素直に乗った。


 「そうであったか……で、プリシアよ、もう体調は大丈夫なのか?」


 「大丈夫ですお父様、もう復調してますよ」


 「それは何よりだが、もうスキルを発生させる機会を失ってしまった。それは良いのか?」


 「大丈夫ですお父様、私には魔術がありますので」


 笑みを浮かべるプリシアを見たアレクサンドラは「全くお前は」と呟いて目を閉じた。


 そして少しの沈黙を挟んだアレクサンドラは表情を変えた。


 「レイク、プリシア、二人とも今年で十三になったな?長いようであっという間であった……」


 御歳五十を越えた年齢にもかかわらず、鍛え抜かれた体は今だに覇気を纏い強者のオーラをかもし出すアレクサンドラは、話ながらも二人が産まれた時の事を思い出し少し目を潤ませる。


 アレクサンドラにとってやっと出来た二人の子供は自分の命よりも大切だと思っていた。

 そのためスクスクと成長して立派になった二人を見て自然と目頭が熱くなったのであった。


 「二人は来年からワシらの元を離れドレイク学園に入学する事になる」


 「「はい」」


 ドレイク王国では十三で成人とみなされ王族、貴族、平民関係無く一度親元を離れ学園内の寮に入り三年間過ごす事になる。

 学園は三つに別れている。


まず『アレクサンドラ学園』


 この学園は王都から離れた所にあり誰でも入れて学力や剣術、魔法を上手く使えなくても入学できて平民はほぼこの学園を選択する事になる。

 この学園は国民全体の能力向上を目的として現国王のアレクサンドラが作った学園である。


 次に『アラバスタ学園』


 王都内の少し外れにあるこの学園は貴族、商人とがお金を出し合って作った学園でお金持ちやある程度の学習能力、剣術、魔法を使う事が出来なければ入学する事が出来ない。

 コネのある貴族や商人達の子供達が多く、身分の低い平民にはあまり環境が良くない。


 最後に『ドレイク学園』


 学力、身体能力は必須で、魔法技術、剣術、専門技術などの突出した能力がなければ入学する事はおろか、試験すら受ける事が出来ない。

 かなり入学基準が厳しいが、入学すれば将来の道が開けるとあって身分に関係無く一番人気のある学園である。

 そして、学園内では身分に関係無く成績上位者に羨望の目が向けられ、王族、貴族、平民関係無く将来を約束されたも同然になる為に周りのレベルは高く、狭き門をくぐり抜けるのは毎年三十人程度である。


 狭き門であるドレイク学園をレイクは首席、プリシアは次首席で試験を受けて合格したのである。


 「そこでだ、学園入学前に二人に渡す物がある。ドミニク!」


 アレクサンドラ王が 側にいた宰相ドミニクの名を呼ぶとドミニクは両手に抱えた物を持ってレイクの前に行く。


 「レイク王子こちらを」


 差し出された物を見てレイクの胸は高鳴った。


 「ち、父上これは、まさか!」


 驚いているレイクを見てにやけるアレクサンドラ


 「レイク、欲しがっていたであろう?」


 「はい!」と返事をしたレイクはドミニクから差し出された物を受けとると満面の笑みを浮かべた。


 「父上、抜いてみてもよろしいですか?」


 「うむ、抜いて感触を確かめてみよ」


 アレクサンドラの言葉を聞いてレイクはドミニクから受け取った物(刀)を鞘から抜いた。


 「すごい……綺麗だ……」


 呟いたレイクが鞘から抜いた剣は輝いており片刃の刃先には金属を重ね合わせた際にできる綺麗な波紋が浮かんでいた。

 それは前世の記憶、『氏家の記憶』の中にある刀と遜色の無い業物だった。


 「レイクどうだ気に入ったか?」


 「はい!とても気に入りました。父上ありがとうございます!」


 レイクの言葉を聞いたアレクサンドラは満足そうに笑顔になった。


 「次はプリシアだな」


 「あら陛下、プリシアには私からですよ」


 「そ、そうであった……」


 前もってレイクにはアレクサンドラがプリシアにはテレシアが十三になった祝いの品を渡す話をしていたのだが、レイクの嬉しそうな顔を見たアレクサンドラも嬉しくなりそんな話をしていた事など忘れ、テレシアに指摘され残念な表情を浮かべた。

 そんなアレクサンドラを横目にテレシアはドミニクに指示を出した。


 テレシアから指示を受けたドミニクは両手に抱えた小さな木箱をプリシアに差し出した。


 「お母様これは?」


 「プリシア、開けてみなさい」


 テレシアにそう言われプリシアはドミニクから受け取った箱を開けると歓喜の声をあげた。


 「わー!お母様ありがとうございます!」


 「プリシアの嬉しそうな顔を見ると苦労したかいがありましたよ」


 嬉しそうな顔をするテレシアがプリシアに渡したのは『黒龍の皮』であった。

 黒龍の皮はかなり貴重な素材でほとんど出回らない。


 理由は黒龍があまりにも強力な龍で、討伐するにはかなりの戦力で望まなければならずなかなか手に入らない素材である。

 使者を他国にも出してやっと手に入れた素材だった。


 「二人の嬉しそうな顔を見ると頑張ったかいがあったなテレシア」


 「そうですね、陛下」


 アレクサンドラとテレシアはそんな会話をしながら喜ぶレイクとプリシアを優しい目で見つめていた。


 「そうじゃ!」


 思い出したようにアレクサンドラは声を上げた。


 「レイク、プリシア、今晩は二人の入学の祝いとお披露目を兼ねた晩餐会をひらく、準備しておくのだよ」


 「わかりました、父上」


 「わかりました、お父様」


 アレクサンドラの言葉にレイクとプリシアが返事をするとアレクサンドラは「下がってもよい」と二人に告げた。


 二人はアレクサンドラにお辞儀をして王の間を後にした。

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