第5話 王女プリシア




「えぇっと…ここにこうしてっと、それから……」


 一人ブツブツと自室に籠るプリシアは、机の上で術式を書いていた。


 昨晩から書き込んでいる術式を完成させるべく頑張っているプリシアは、朝になっている事にも気づかずひたすら集中していた。


 黒髪ロングヘアーで美少女のプリシアだが、寝る事を忘れた顔には目の下に隈ができ少し残念な事になっている。


 「よし!完成!」


 やっと完成させた術式を見て、ふうーっと息を吐き背伸びをした。


 「プリシア様、おはようございます」


 突然後ろから聞こえた声にビクンと体を震わせると、プリシアは後ろを振り返った。


 「リン、入ってくるときはノックしてよ!」


 プリシアが専属メイドのリンに向け頬を膨らませると、リンは呆れた表情を浮かべる。


 「それはそれは何度もノックしました。ええ何度も!おまけに『プリシア様ー』と声もかけさせていただきましたが?」


 と捲し立て、垂れた前髪を耳に手でかける。


 リンは緑髪のショートヘアーでクリッとした目の美しい顔だが、眉間にシワを寄せ厳しい顔になっていた。


 「えぇっと……そうなの?」


 「はい、プリシア様は魔術?でしたっけ?それに取りかかると時間を忘れお声をかけてもまるで聞こえなくなるんですよ?毎回このようなやり取りをしている私の身になって下さいませ」


 そう言われるとプリシアは謝るしかない。


 「リン、ごめんなさい…」


 「わかればいいんですよプリシア様」


 ウンウンと首を縦に振るリンはプリシアの顔を見るとタメ息を吐いて声をかける。


 「プリシア様、また徹夜したのですか?目の下に隈ができていますよ?殿下とレイク様にそのお顔でお会いになるつもりですか?」


 「うっ、それは……」


 「全く…」


 またタメ息を吐いたリンは、プリシアの元に行き、立たせるとテキパキと着替えを準備して化粧を施した。


 「はい、終わりましたよ」


 「リンありがとう。お兄様に徹夜した事バレてしまわないかしら?」


 「たぶん?近づかなければ?」


 「たぶん?近づかなければ?それじゃダメじゃない!しっかりしてよリン!」


 再び呆れた表情を浮かべるリン


 「私は出来るだけの事はしましたよ。バレたのなら徹夜したプリシア様が悪いのですよ。徹夜しては毎回レイク様に怒られても懲りずに徹夜し続けるプリシア様が悪いのです。レイク様に怒られるのが嫌なら徹夜なんて──」


 「り、リンごめんなさい。もうやめて!私が悪かったから……」


 リンの言葉に被せるようにプリシアは謝った。


 「わかればいいんですよ」


 リンはプリシアの謝罪にフフフと笑顔を浮かべる。


 魔術の事となると暴走してしまうプリシアを止める事が出来るのはレイク以外ではリンが唯一の人物で、プリシアは生まれた時から付いているメイドのリンに頭が上がらないのである。


 「そんな事よりも、もうそろそろ行かないと殿下をお待たせする事になりますよ?」


 あっけらかんとしたリンの態度に慌てて立ち上がるとプリシアは部屋を後にした。


 王の間はプリシアの自室から離れていて、長い廊下をしばらく歩かないと着くことが出来ない。


 その長い廊下は退屈しのぎのリンからプリシアへの質問タイムになっている。

 今日もそれは変わらず、リンはプリシアに話掛けていた。


 「そう言えばレイク様は無事、『縮地』を発生させたようですよ」


 「本当?良かったわ!」


 プリシアは兄レイクが縮地を欲しがっていたのを知っていたので心から喜んだ。


 「ところで思うのですが、プリシア様は魔術をどうやって思い付いたのですか?」


 そう問いかけたリンはかなりの魔法の使い手で、その実力は国の魔法騎士団並みだ。


 リンはプリシアのメイド兼家庭教師もしていた為、プリシアが五歳になると魔法を教え始めた。


 教え始めるとすぐに魔法を使えるようになったプリシアは天才だとリン喜んだのだが、突然訳のわからない『術式』という独自の技術を編み出し、それを『魔術』と名を付け使い始めた。


 それにはリンも驚き、独自で『魔術』の事をあらゆる著書を引っ張り出して調べたが何の手がかりも発見できなかった。


 未知な魔術についてリンはプリシアに何度も聞いている。

 だが、ちゃんとした答えをプリシアからもらえた事はない。


 毎回何かとはぐらかすプリシアからちゃんとした答えをもらえるとは思ってないかったが、今はリンの質問タイム──、王の間に付くまでの会話としてリンは魔術の話を振ったのだった。


 「急に頭に浮かんできたのよ」


 プリシアはいつものようにリンに答える。


 〝 『前世の記憶』がある 〟


 なんて言っても信じてもらえるとは思ってないので、プリシアは五歳で魔法を使った時に甦った前世の記憶……『サクラの記憶』の事は誰にも言っていない。


 リンに聞かれる度に毎回そう言ってかわしていた。


 「またそれですか……」


 「いずれ話してあげるわ……いずれね…」


 プリシアはそう言って足を止める事なく王の間に向かう。

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