第2話 レイク王子



 王城の中庭にて、刃を潰した訓練用の剣をぶつけ合う音が鳴り響いていた。


 毎朝の恒例となったその音と共に、綺麗に敷かれた芝生の一部が舞い、凡人では目で追うことも困難な早さで駆け抜ける二つの影。


 王子レイクと第一騎士団団長ディークである。


 誕生から十三年の月日が流れ成長したレイクは、五歳で剣術の稽古を始め、毎朝騎士団の兵士を相手に腕を磨いた。


 今では普通の兵士では相手にならず、ここ半年は第一騎士団団長ディーク相手に切磋琢磨していた。


 レイクは黒髪をなびかせ整った容姿で歯を食い縛り、横一線に剣を振るった。


 「甘い!」


 叫んだディークは剣を受け止めると流れるようにレイクの剣を上に羽上げ、そのままレイクの首筋に剣を向ける。


 「参りました…」


 ディークはその言葉に、尻餅をついたレイクの首筋に突き付ける剣をそっと下ろした。


 「レイク様、本当に強くなりましたね」


 金髪で引き締まった身体のディークが笑みを見せると、レイクは苦笑いを浮かべた。


 「ディークに一回も勝ててないけどね…」


 「十三歳のレイク様に負けたとあっては騎士団長としての立場がありませんからね……まぁ意地ですね」


 「意地って……少しは王子に華を持たせてもいいと思うんだけど?」


 「私に手加減をお望みですか?レイク様は手加減されるのが一番嫌いと仰っていたのはウソなのですか?ハッキリと申しますと、その歳でここまでの腕前は素晴らしい事です。同じ歳で敵はいないでしょう。天才と言っても過言ではありません。団員じゃ相手にもなりませんしね」


 ディークは『我々ではレイク様の相手は出来ません』と自分に泣き付いてきた団員達を思い浮かべ複雑な想いを抱いた。


 「そう言われても同い年の人とやった事ないし、やるからには勝ちたいんだよね」


 「その負けん気も素晴らしいですよ。所でレイク様の剣はどの流派にも属さない、荒削りながらも洗練されたその剣の秘密をそろそろ明かされてもよろしいのでは?」


 「だ、だから我流だよ、我流!」


 「そうですか…」


 バツの悪そうな顔をするレイクは手合わせする度にディークにそう問われている。

 

 〝 『前世の記憶』 〟


 レイクの剣は記憶の中にある動きを再現していた。


 記憶の事を他者に話しても信じてもらえる筈はないと誰にも言わずに、レイクは隠している。


 五歳で前世の記憶──『氏家の記憶』が甦ってから記憶にある氏家の動きを真似、ひたすら剣の腕を磨いてきた。


 稽古を初めた頃は筋力もない子供の体で、再現は愚かまともに剣を振る事さえも至難を極めた。

 稽古を始めて八年が経ち、ある程度は再現できる様になった。

 ただ足さばきや身体の動きは再現できても、まだまだ成長段階の体では五割ぐらいの完成度である。


 しかし、身体の成長よりも必須で重要な問題があった。


 『刀が無い』


 ドレイク王国には両刃の分厚い剣しか無く、刀など存在しない。

 分厚い剣を幾度振るっても、記憶の中にある氏家の速さ、強さ、しなやかさにレイクは届くとは思えなかった。


 (やっぱり刀が欲しい……)


 ディークの向ける視線に耐えるレイクは、もう一度王である父に刀の事を話そうと心に決めた。


 「レイク様どうぞ」


 会話をする二人を見て、稽古が終わったと判断した専属メイドのリーニャがタオルをレイクに手渡す。


 「リーニャありがとう」


 レイクはお礼言いリーニャに向け笑みを浮かべた。


 (レイク様……尊い…その笑顔は反則です……)


 金髪ロングヘアーが似合う眼鏡美女のリーニャは、レイクが幼き頃から専属メイドとして付き添い、美男子レイクの笑顔に癒されていた。


 「リーニャどうした?」


 「はうっ!」


 首を傾げて問いかけるレイクの仕草に悩殺され、リーニャは崩れ落ちた。


 「全く、」


 ディークはタメ息を吐いた。そして思い出したようにレイクに声をかける。


 「そう言えばレイク様、スキルの試練に行く予定ではありませんでしたか?」


 ハッとしたレイクは慌てて立ち上がる。


 「ま、まずい!馬屋に行くよリーニャ!」


 「はい、レイク様!」


 二人はディークに背を向けると急いでその場を後にした。


 二人の後ろ姿を見て「やれやれ」と呟くディークであった。

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