裏切りループでストーカー的試練継続中

黒野 ヒカリ

第1話 氏家とサクラ



 「殿…申し訳ありません…明地の謀反を止められず、全ては私の不徳の成すところ…」


 「もうよい氏家、お主のせいではない。最後まで家臣を信用しておったワシが馬鹿だったのだ…」


 家臣明地の謀反に合い、燃え上がる城の天守閣で城主武田源信と、その右腕として使える氏家の二人は最後の時を向かえようとしていた。


 「氏家、やつらにワシの首をくれてやる訳にはいかん…」


 死に行くものの眼光とは思えぬ視線を氏家に向ける源信は更に言葉を発した。


 「ワシの首をやつらに見つからない様にしてくれ」


 「――!!と、殿!私目に殿の首を跳ねろと?」


 「分かってくれ、氏家…」


 両目に涙を浮かべ源信を見る氏家に、優しい笑みを見せる源信は最も信頼している腹心氏家と一番の永久の時を過ごしてきた。


 共に戦い、共に笑い、共に時代を駆け抜けてきた。


 源信はまだ歳が十三の頃に五つ下の氏家と出会い、共に成長して天下統一までもう少しのところで謀反にあった。

 最早自分の命が助からないと分かっていた。


 それでも自分の首を明地にくれてやる事は我慢ができなかった。


 氏家も源信の思いを分かっていたが、出会ってから二十数年…余りも長くを共に過ごした時と、主君への忠義も他の家臣より高い氏家には源信の首を跳ねる事を躊躇させた。


 「殿、私が囮になり…」


 自分でもムリだとは分かっていたが、氏家にはそう言わずにはいられなかった。


 「もうよい氏家、ワシの最後の頼みだ…」


 涙を流す氏家は立ち上がり、腰の刀に手をかける…


 「氏家、すまなかった…」


 源信はそう呟き上を見上げ目を閉じた。


 「殿…」


 呟いた氏家は涙で源信の姿が歪む。それでも源信が痛みを感じぬよう渾身の力を込め刀を振って首を切り飛ばした。


 切った首を抱き締めた氏家は袋に入れた。

 そして謀反した明地が源信の体に触れる事を嫌った氏家は、首の無くなった源信の胴体に油をかけて火を放つと天守閣を出て行った。


 廊下を走っているとすぐに明地軍に囲まれたが家臣一の剣豪と言われていた氏家は全て切り伏せて行く。

 それでもすぐに集まってくる明地軍の数の暴力の前に氏家の体は傷付いていった。


 城を脱出する事叶わず、城内の隠し部屋に入り込んだ頃には氏家の命は風前の灯であった。


 氏家は最後の力を振り絞り、隠し部屋の壁を閉じると地面に膝を落とした。

 そして、返り血で血みどろになった刀を自分の腹に突き刺すと一気に横に引いた。


 「がはっ」


 血を吐く氏家は源信の首が入った袋を抱き締めたまま自分の体に火を放った。


 (殿、すぐにお側に参ります…)


 こうして氏家は息絶えたのであった。



◇◇◇


 時同じく阿倍野家───



 「奥方様ー!明地の、明地の謀反です!すぐにお逃げ下さい!」


 阿倍野家当主の妻、サクラの寝室の扉を使用人のおツルが声を張り上げ勢いよく開いた。


 「おツル、騒がしいどうしたのですか?」


 「明地の謀反です。もうすぐそこまで明地の軍勢がきております。急いでお逃げ下さい」


 「明地様の?それは、お父様の家臣の明地ですか?」


 サクラは武田源信の娘で、陰陽師の力を欲っした源信が政略結婚で阿倍野家に出した娘であった。

 よく知る人物故に、サクラは明地の謀反が信じられなかった。


 おツルの慌てようにサクラは半信半疑ながら急いで仕度をして寝室から出ると、あちこちから上がる火の手と、兵士の怒号に混じる家の者の叫び声が辺りを地獄絵図に変えていた。


 「奥方様急ぎましょう…」


 (まだ信じられませんが…)


 そう思いながらも現実を見たサクラはおツルの言葉に頷き、急いでおツルの後をついていった。


 外へ抜ける秘密の通路がある場所までもう少し──、


「いたぞーーー!」


 声が聞こえた瞬間に使用人兼護衛役のおツルが振り返り、忍ばしていた短刀を抜いた。


 「奥方様はそのまま行って下さい」


 と言葉を残し、おツルは明地の兵に向かって行った。


 「おツル…」


 呟いたサクラは阿倍野家に嫁いでずっと側にいたおツルの後ろ姿を見つめ胸を痛めた。

 だが、おツルの命懸けの行動を無駄にする事は出来ないとサクラは急いでその場を離れる。

 そして、秘密の通路がある場所までたどり着いた所でドタドタと迫る足音にサクラは振り返った。


 「おやおやサクラ様ではありませんか」


 血がついた刀を手に持った武人がニヤニヤとして近付いてきた。


 「と、豊川様…」


 サクラはその人物を知っていた。


 話した事は無かったが幾度か城で見た事がある人物で、父、武田源信の家臣の一人豊川だった。


 「サクラ様が私目を知っていたのは驚きです」


 笑みを見せる豊川


 「お、おツルはどうしましたか?」


 「おツル?はて?短刀を持って此方に向かってきた女なら切りましたが?」


 (おツル…)


 心の中で名前を呟いたサクラは、豊川の言葉におツルは亡き者にされたと悟る。

 ギュッと拳を握るとサクラは豊川に視線を向けた。


 「お父様に忠義を誓っていた豊川様がどうして謀反など」


 「殿に?いや、源信に忠義を?ご冗談を!我が忠義はサクラ様にあり。我が武功はサクラ様を我が物にする為のもの、それを源信は我ではなく、阿倍野家に嫁に出すなど愚行。その時点で忠義どころか憎悪すら浮かびましたよ」


 絶世の美女として名を馳せるサクラに好意を寄せていた豊川は、サクラを手に入れるが為に源信の元で武功をあげ続けていたのだった。

 にもかかわらずサクラを他家に嫁に出した源信に絶望し、激怒し、激怒は憎悪に変わって行った。


 源信に憎悪を抱き、サクラを手に入れたい豊川が謀反を目論む明地と手を結ぶのは当然の摂理であった。


 「それにしても、五年でここまでお美しくなられるとは」


 十五で阿倍野家に嫁いで五年、サクラは色気を纏い、その美貌はこの国一と言われる程になっていた。


 五年ぶりに見たサクラを上から下まで見て舌舐めずりをする豊川に身震いをするも、サクラは両手を上げ、印を結んだその瞬間サクラの右手が飛んだ。


 「っ!!!!」


 余りの激痛に声を上げそうになったサクラだったが、弱味を見せるわけにはいかないと歯を食い縛った。


 「右手が飛んでも声を上げないとはたいしたものです。しかし五年の間に呪術が使える様になったサクラ様の手は印を結べぬよう、片腕は元々切るつもりでしたのです。お許しを、すぐに治療いたしましょうさあ、お手を」


 返り血が頬に付いた顔で笑みを見せ手を差し出す豊川に、印の結べ無くなったサクラは覚悟を決める。


 (お父様、明晴様申し訳ありません…)


 父、源信と夫、明晴の顔を思い浮かべたサクラはまだ残る左手を胸元に移した。

 そして重なった着物を力一杯開くと胸元が露になる。

 雪のように真っ白なサクラの肌は美しく、豊川の視線を釘付けにした。


 「ほほう…」


 露になった胸元に視線を向ける豊川はゴクリと唾を飲んだ。


 「我が身を焦がし、全てを滅ぼせ!」


 サクラが言霊を発すると、露になった胸元に呪印が浮かび上がり青白く輝く。


 「チッ!」


 舌打ちした豊川は慌ててサクラの胸元に浮かび上がった呪印に刀を突き刺した。


 「ぐっ…」


 サクラは血を吐きながらも豊川に笑みを見せた。


 「(もう一度、氏家に会いたかった)………毒蛇」


 最後の力を振り絞り、言霊を発したサクラの胸元にある呪印からドス黒い大蛇が現れ、それは渦を巻き豊川に襲いかかる。


 「ぐぎゃゃゃゃゃゃ!!」


 毒蛇に体を侵され、絶叫を上げる豊川はサクラにもたれ掛かりそのまま息絶えた。


 自爆呪術『毒蛇』により体が真っ黒になったサクラも同時に息絶えたのであった。



◇◇◇


 剣と魔法の世界にある一つの国──ドレイク王国


 約千年程前、英雄ドレイクが当時この地を根城にしていた邪竜を討伐して建国したと伝えられている国。


 この日、国王アレクサンドラの元に男と女の双子が誕生した。


 結婚して長らく子宝に恵まれなかった王と王妃の間に、念願の跡取りが授かったとあって城内のみならず街でもお祭り騒ぎとなったのであった。

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