第2話

 平原に木霊する野蛮な声。見た目からしてならず者だとわかるような、みすぼらしく野性的な姿の男たち。


 彼らが過去に襲った者たちから奪った物資を我が物顔で再利用している。


 そんな彼らにはある目的があった。それは拠点の確保である。彼らは『壁蛇へきじゃ狂団きょうだん』と名乗り、非力な者たちを襲っては文字通り食い物にする生粋の極悪集団である。


 弱い者いじめを至上とする彼らにとって非力な者たちは格好の標的であり、そんな彼らの標的として今回選ばれたのがシデン・エルブライトの住むアミダ村である。


「アミダ村とやらには今、老いぼれどもしかいないらしいです。」


「おい、そりゃどこ情報だぁ?」


壁蛇へきじゃ狂団きょうだん』の中でも新入りの男がボスへと話すが、ボスのほうは半信半疑だった。


 それもそのはず、この男は弱い者いじめを至上とする集団のかしらなだけあって狡猾で卑怯。常に情報を吟味しながら自分たちにとって有利な状況を作っては甚振いたぶるといったことを繰り返してきた。


『絞め蛇』のアギラ


 それがこの男につけられた異名である。


「さっきまで滞在してた街の酒場でとある商人が話してたのを聞いたので間違いないと思います。アミダ村じゃろくに寝泊りできないほど衰退しているとか。」


「まあ、根拠としちゃあ弱いが確かめる価値はあるだろう。遠目で見て老いぼればかりのようなら一気に制圧。今回は拠点確保が目的。若い女以外は全員殺せ。殺し方は各々好きにしろ。」


 アギラのボスとしての一言に周りの男衆のテンションは最高潮。この勢いのままにアミダ村まで突っ切り、老人しかいないことを確認すると、皆思い思いに突っ込んでいくのだった。






 狩ったイノシシを引きながら帰ってきたシデンが目にしたのは、それは悲惨で残酷な光景だった。


 物言わぬ死体となった村人たちがそこら中に転がされていた。頭だけの人もいれば、綺麗に両腕両足を斬られた人もいる。その全てが虚ろな表情をしていた。


 見覚えのある顔たち。それなりに付き合いはあった。自分に優しくしてくれたが、そんな可愛がりに特別思うこともなかった。


 だから一人で狩りをするだけ。最低限のかかわりだけで畑仕事も洗濯も手伝ったことはない。ただ自分とは違う生き物の別の営みだと考えていた。


 ドライな関係。


 だが知り合いをこれほどまでに凄惨せいさんむごたらしく殺されれば怒りの情も湧くというもの。


「てめぇらかー!!!こんなふざけた真似しやがったやつはぁぁーーー!!!!!!」


 怒りの矛先は目の前にいた。村から奪った食料で騒がしく宴をしていた。


 酒も入りほとんどが酔っ払い。そんななかで唯一、彼らのボスであるアギラだけが危機感を持っていた。


(あれはやべぇ。俺の勘があいつは危険だと告げている。)


 白髪に紫色の瞳。野生児と見間違うほどのみすぼらしい服。しかし隙間から見える肉体は芸術美を極めた彫刻のように最適化されている。


 あれは間違いなく戦いのための体だ。


「野郎ども構えろ!一瞬でも気ぃ抜いたら死n…へ?」


 それは瞬きの暇すらないほど一瞬の出来事だった。


 アギラ以外の全員が氷の棘で心臓を一突きされていた。


 気づけばシデンの足元から氷の道が枝分かれするかのように一人一人のもとへと向かっており、そこから氷の棘が出てきたことがわかる。


「俺はずっとこの村から出たことないから自覚したことはなかったが、これが怒りという感情なんだろう。この怒りを鎮めるためにお前以外を殺してみたが、まだまだ収まりそうにない。だから、壊れないでくれよ。」


 それまで狩る側だった者がかられる側になった瞬間だった。






 アミダ村の悲劇が起きる少し前、アミダ村の属する国、アルフェリオン王国ではある人物が頭を抱えていた。


「『壁蛇へきじゃ狂団きょうだん』がよりにもよってアミダ村に向かっている、だと?」


 机に両肘をついて手を組み顔を歪める男。彼はロータス・フルキャッスル。国直属の兵団『孤狼ころうの集い』の団長である。


 金髪オールバックの筋肉質。銀色で統一された全身鎧を身にまとう姿は誰が見ても安心感を覚えるような理想の騎士を想起させる彼だが、今は目の前の問題のせいでやつれている。


 体育会系の見た目に似つかわしくないほど多くの事務方をこなしている。主に自分の部下たちの尻拭いのために。


「ええ。彼らの行動動機を考えれば何も不思議なことはありません。それでもリューさんの息子さんがいるならなんとかなるんじゃないでしょうか。」


 苦労性が滲み出る団長の言葉を肯定しつつも半ば楽観的な見解を示すのは、同じく『孤狼ころうの集い』の副団長であるミサ・ウィルペディアである。


 腰元にレイピアを携える彼女は深紅の髪を一束にまとめ後ろに垂らしたいわゆるポニーテールで、小顔の美形、全体的にスレンダーな印象を受ける見た目をしている。


 ロータスとは対照的で膝下まである黒ジャケットを羽織り、中には白シャツ、下はズボンと鎧ではなく布で身を守っている。


 何より特徴的なのは片レンズの丸眼鏡をつけていることだろう。その見た目から、もしレイピアを装備していなければ研究者に見えたかもしれない。


 普段からロータスのサポートをする彼女からの自分でも無理があると思いながらの返答にロータスはさらに眉間にしわを寄せる。


「俺の懸念はおそらくミサの懸念とは違う。お前の懸念は『リューの息子一人で対処できるか。』といったところだろう。実際そこは問題ではない。」


「問題ではない?彼らをたった一人の青年がどうにかできるというのですか?」


「できるんじゃない、するんだ。『壁蛇へきじゃ狂団きょうだん』は間違いなく蹂躙される。そのとき尋問できる奴が一人も残らん可能性がある。こちらも奴らを確実に捕らえるために動向を監視して機を窺っていたいたのがすべて無駄になる可能性があるんだ。」


壁蛇へきじゃ狂団きょうだん』はその狡猾さから自分たちに迫る危険には敏感だった。そのためなかなか捉えられず、確実に気づかれない距離で監視するのが限界だった。


 そのわりにシデンからの襲撃にはすぐ対処できなかった理由は単純。その集団の狡猾さの部分をボスであるアギラがすべて担っていたというだけだ。むしろ部下たちはそんなボスに頼りきりだったため危機感知能力は下がっていた。


「とにかくすぐアミダ村に向かうぞ。」


「はい!」




孤狼ころうの集い』の兵舎を出て馬を走らせる。


 およそ数十キロメートルも離れた場所にアミダ村はあるが、軍用馬を使いつぶす勢いで急いだため、二十分ほどで到着した。


 到着した瞬間目にしたのは『壁蛇へきじゃ狂団きょうだん』がほぼ全滅し、ボスであるアギラが一人の青年による無情な暴力に晒されている光景だった。

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