氷雷の魔導士

荒場荒荒(あらばこうこう)

第1話

 森を駆け巡る足音。誰も気づけそうにないほど静かで洗練された人影が獲物へと迫る。


「見ーつけたーー!!」


 ズドオォォォン


 垂直に打つ降ろされた踵落としは体長3メートルほどあるクマの脳天を綺麗に貫く。


 人外染みた手法でクマを狩った青年、シデン・エルブライトは16歳とは思えないほどの力を持つが故に、普段からろくな装備もせず武器も持たずに獲物を制圧していた。


「よし、これくらいの奴をもう一頭狩れば十分だよね。」


 そんな感じでもう一頭狩った後、普段から昼寝のために利用している丘まで向かった。




 狩ったクマ二頭を脇に置き、つかの間の休息に入る。いつものように自然と眠りについたのだった。






「やべ、寝すぎた。」


 それはいつもの狩猟を終えて村を一望できる緑一色の丘の上で横になっていた時のこと。


 昼飯の時間までここで昼寝するのが俺のいつものルーティンだ。


 しかし太陽の高さから昼は大幅に過ぎていることを察する。


「とにかく早く帰ろう。」


 その場で立ち上がるために両手を短く生えそろった草原の中について踏ん張る。


 バチバチッ   パキパキッ


 何やら聞き馴染みのない音がちょうど手をついた場所付近から聞こえた。


「ん?何の音だ?」


 当然のように音のしたほう、具体的には自分の両手をついたほうを見てみる。


 右側には黒焦げの手形が、左側には凍り付いた手形ができていた。


「気のせい……なわけないか。」


 いつの間にか出来上がっていた手形に自分の手を合わせてみる。


 やっぱり俺がやったんだよな?でもどうやって?


「もう一回おんなじことやってみよう。」


 もう一度寝転がり、両手をついて立ち上がってみる。


 バチバチッ   パキパキッ


 まただ。ただ今回はさっきと違う。しっかりと音のするほうを見ていた。


 すると右手からは雷が、左手からは冷気が出ていた。


「えっと、ナニコレ?」






 それから改めて確認をしてみる。力めば右手から雷が、左手からは冷気が出てくる。しかも自分の想像次第でいくらでも自在に操れるみたいだ。


「これはいろいろ使えそうだな。」


 ぐぅ~~~


「早く帰ろう。」


 昼寝前にクマ(3m相当)を二頭、引きずりながら自宅のある村に帰るのだった。






 村人たちと軽く言葉を交わしながらも家に着く。誰もいない。二年前までは母ちゃんが家でご飯を作って待ってくれていたが、病気で亡くなってしまった。父ちゃんは普段から家にはおらず、最後に会ったのも母ちゃんが亡くなったときだ。


「よし、クマ焼くか。」


 そんなこんなで彼の一日が終わる。


 これがシデン・エルブライト16歳が得体の知れない力に目覚めた日の彼の過ごし方である。






 それから四年、もともと素手でクマを狩れるほどの膂力、戦闘センスは得体の知れない力にすら応用できていた。


「おっ、今日はイノシシ鍋だな。」


 鬱蒼と生い茂る森の中、視線の先には体長二メートルほどのイノシシ。槍のように鋭い牙の先がこちらに向けられている。


 俺が餌に見えてるんだろうなあ。なんて考えているうちにイノシシの心が決まったらしく、何回か足で地面をかいたあとまっすぐに突っ込んでくる。


 ドカンッ!!!


 真正面から迎え撃ち、右拳をイノシシのひたいへと捻じ込む。


 ブモオォォォ!?!?


 予想外の反撃を食らったイノシシは勢いのままに後ろの木々をへし折りながら転がる。


「やべっ、強く殴りすぎた。」


 バチバチッ


 電撃を全身に纏い、一気に加速する。勢いの止まらないイノシシを止めるために。


 イノシシが体を張って作った獣道を辿りながらイノシシのもとまで着くと大きく跳躍、イノシシの上から拳を叩きつける。その場にクレーターを作りながらもイノシシを止めることができた。そのついでとばかりに全身に纏っていた電撃がイノシシを伝う。


「よし、今日も手早く狩れたしさっさと帰るか。」


 そういってイノシシを引っ張りながら帰路に就く。イノシシが地面と擦れてダメになるのを防ぐために氷のレールを敷きながら引っ張るという器用な真似をしながら。






 それはシデンが村に帰る少し前のこと、彼が暮らすアミダ村ではいつものようにのんびりゆったりとした時間が流れていた。


 畑を耕すおじいさんに、川で洗濯するおばあさん。そこに若者の姿はない。どこを見てもいるのは体の痛み、病気に悩む老いを自覚したご老人ばかり。


 村として機能しなくなるまで秒読みのこのアミダ村で唯一の若者がシデン・エルブライト、現在二十歳の青年である。彼が大きな獲物ばかりをターゲットにするのは肉が食べられても狩ることができない村人のためでもあった。




 誰が見ても興味を示さないであろうこの村に人災が迫っていた。

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