第8回ー5


20


 切り開かれた集落に陽光が降り注いでいる。だが、空気は重苦しかった。

 三浦は面々の顔を見回した。

 最初に言葉を発したのはロドリゲスだった。

「殺害って何だ?」

 クリフォードが困惑を貼りつけた顔で言う。

「……説明してください、ドクター・ミウラ」

 三浦は森林火災の前に見た光景を説明した。デニスが息絶えた──と。

 ロドリゲスが顔を歪め、吐き捨てる。

「マジかよ──」

 クリフォードが「遺体の場所は?」と訊く。

 三浦は高橋と顔を見合わせてから答えた。

「先ほどの火災で、炎に飲まれて、おそらく……」

「そうですか。しかし、なぜデニスが──。本当に人間の仕業なんですよね?」

「ナイフのようなもので、首を搔き切られていました。それは間違いありません」

 話をするあいだ、クリフォードもロドリゲスもしかめっ面をしていた。当のジュリアはきようがくの顔つきだ。

 昨晩の彼女の密約を知っていると、どこかわざとらしい表情のように見えた。

 デニスの殺害を依頼したのがジュリアだとしたら、理由は何なのか。一体誰に依頼したのか。依頼されたセリンゲイロは単に肉体の誘惑に負けて従ったのか?

 集落の女性たちに比べたら、リオ・デ・ジャネイロの都会で育ったジュリアはたしかに魅力的だろう。美貌もスタイルも圧倒的だ。誘惑に抗えない男はいると思う。

 しかし、私怨もなく殺人を引き受けるほどだろうか。他に何か取り引きがあったのか?

 分からないことだらけだった。

 クリフォードの一瞥を受けたロドリゲスが鼻で笑った。

「俺じゃねえぜ」

 クリフォードはロドリゲスの目から本心を探ろうとするかのように、見つめ返した。

「……疑ってはいませんよ」

「どうかな」

「仲間を殺害する動機はないでしょう。旅の途中で何か決定的な対立があったわけでもありません」

「気に食わないイギリス野郎──ってだけだ」

 殺害の動機──。

 ジュリアにはそれがあったのか? 自分が知らないうちに、何か起きていたのか?

 何度考えても分からない。

「……一ついいか」高橋が慎重な口ぶりで割って入った。「あんたらの仲間を殺した人間だが──」

 クリフォードとロドリゲス、ジュリアが揃って顔を向ける。

 高橋は大きく嘆息してから言った。

「犯人は我々の仲間──セリンゲイロかもしれん」

 ロドリゲスが「あ?」と目をぎょろつかせる。

「……首の切り口がセリンゲイロ独特のものだった。あくまで可能性の話だが」

 クリフォードが訊いた。

「なぜセリンゲイロがデニスを殺害するんです? よそ者への排他的な感情はないでしょう?」

「俺にも分からん」

 分からないことだらけだった。

 クリフォードの眼差しに警戒心が宿る。

「もしそうだとしたら──セリンゲイロの中に犯人がいるなら、看過はできません。次に殺されるのは私かもしれませんし、あるいは──」

 彼がロドリゲス、ジュリア、三浦を順に見ていく。

 ジュリアの企みを目撃していなかったら、おぞけを覚えただろう。セリンゲイロの集落に薄気味悪さを感じたかもしれない。

 だが、今は疑問が頭を占めている。

「確証はない」高橋が苦渋の顔で言った。「切り口も偶然の産物かもしれん」

「しかし、我々に仲間を殺す動機はありません」

「俺たちにもない」

「そう願います。それを確認するためです。セリンゲイロを集めてください」

 高橋は躊躇を見せたものの、きびすを返した。

 十分後、十人ほどのセリンゲイロが集まった。まったく事情は聞かされていないらしく、誰もがげんな顔つきをしていた。

 高橋は天を仰ぐと、デニスの死を伝えた。全員が厳めしい顔つきになる。

 セリンゲイロの一人が声を荒らげた。

「アンドラーデの雇った殺し屋ピストレイロの仕業だ! あの白人を俺たちが雇った用心棒だと思って、暗殺したに違いねえ」

 なるほど──。

 そういう視点もあるのか。

 昨晩、何も見ていなければ納得したかもしれない。

 しかし──。

「俺たちの中に犯人がいるかもしれないんだ」

 高橋が言った。そのとたん、肌にひりつく痛みを感じられるほど空気が緊張した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る