第8回ー2

高橋は眉を寄せた。

「まだ助かるかもしれない!」クリフォードの口調は熱っぽく、切迫感もあらわになっていた。「全員で捜索すべきです!」

 セリンゲイロたちは互いの顔色を窺っている。

 高橋はかぶりを振った。

「残念だが……」

「諦めるのは早いでしょう。生きている可能性がわずかでもあるなら、行動すべきだと思います。捜しましょう!」

 真っすぐな眼差しに決然たる意志を感じた。

 三人組が集落を訪れたときは、いけ好かない連中だと感じたものの──少なくとも植物ハンターのイギリス人と金採取人ガリンペイロのブラジル人は、森で暮らす人間たちを見下しているように見えた──、リーダー格のアメリカ人は少し違うらしい。

「勇太、立てるか?」

 勇太は「うん」とうなずき、腕の中で身じろぎしてから自力で立ち上がった。

「よし。お前は小屋で休んでろ」

 高橋も立ち上がった。クリフォードを見つめてから、セリンゲイロの面々を見回す。

「彼の言うとおりだ。可能性があるなら捜索しよう。川の氾濫がおさまっていたら、生存しているかもしれない」

 たとえ、いちの望みだったとしても──。

 セリンゲイロたちが一斉に「おう!」と気合の一声を上げる。

 高橋は勇太をいちべつした。

 罪の意識に押し潰されんばかりの表情──。

 息子はインディオの女の子が流されたことに責任を感じている。川を渡ろうと提案した責任を──。

 もし命を落としていたら、当分引きずるだろう。自分のせいだと思い詰めてしまう。

 助けられるものなら助けたい──。

 高橋はセリンゲイロたちと話し合い、散開して川の下流を中心に捜索することにした。支流が無数に枝分かれしており、勇太から聞いたとおり上流から流されたとしたら、どこに流れ着いているか分からない。

 とにかく可能性を信じて捜し回るしかない。

 高橋は山刀マチエーテを片手に密林を進み、川の支流へ向かった。水位はもう元に戻っている。岸辺には、大量の葉切り蟻サウバの死骸が黒い帯となって打ち寄せられていた。

 不安を頭から押し出せない。

 ふと、幼いころに父が増水した川に飲まれて死んだことを思い出した。雨が降ると、アマゾンの川は驚くほど凶暴になる。幼い女の子の命くらい、容易に奪ってしまう。

「……きっと見つかる。もっと下流を捜すぞ」

 定期的に仲間たちと集まっては励まし合い、散開して川岸を捜し歩いた。濡れて光る植物が繁茂している。

 川は黄土色に濁っていて、生物の存在は視認できない。深さも踏み入るまで分からない。

 川底に沈んでいたら一生発見されないだろう。

 頼む──。

 切実に念じながら捜し回った。

 夜が忍び寄りはじめたころ、一人のセリンゲイロが駆けてきた。切迫感に満ちた表情だ。

「見つかったぞ!」

 高橋は目をみはり、セリンゲイロの顔を見返した。その表情を見て不安が込み上げてきた。

 遺体として──。

 高橋は唾を飲み込んだ。

「命は──」

 セリンゲイロが声を荒らげる。

「分からん! 支流の対岸に引っかかってる。泳げない俺じゃ、助けに行けない。何より──」

 彼は言いよどむと、かぶりを振った。

「何でもない。とにかく、急がなきゃ、流されちまう」

「行こう!」

 高橋は決意を拳に握り締め、セリンゲイロの案内で問題の支流へ向かった。

 道中でクリフォードとロドリゲス、三浦と鉢合わせし、事情を説明した。クリフォードと三浦の表情が一瞬で緊張する。ロドリゲスは幼いインディオの命など興味がないのか、最初からごとのような顔をしている。

 クリフォードが決然と言い放った。

「とにかく、行ってみましょう!」

 五人でやぶを搔き分けて進むと、幅が二十メートルほどの支流に出た。

 眺め回すと、インディオの女の子の姿を対岸に認めた。川面まで繁茂した草に体が辛うじて引っかかった状態で、揺れている。下半身は川に沈んでいた。

 今にも草むらから体が引き剝がされて、流されそうだ。

 クリフォードが敢然と言った。

「救助しましょう!」

 川の流れは落ち着いているから、向こう岸まで泳いでいくことは可能だろう。

 高橋は周辺の様子を窺った。

 を対岸に見つけたのは、そのときだった。

「待った!」

 高橋は声を上げ、対岸を指差した。

 女の子の位置から十メートルほど上流の草むらの陰から、クロカイマンの平べったい顔が突き出ていた。にびいろうろこに覆われている。あくびするように大口を開けると、並んだ矢じりを思わせる牙が遠目にも視認できる。

「クロカイマンがいる!」

 おそらく──。

 高橋は川面に目を凝らした。

 濁った水面に映り込む巨大な影──。

 体長は四メートルほどだろうか。古代魚ピラルクー──一億年以上前から姿を変えずに生息している──ではないだろう。間違いなく二匹目のクロカイマンが水中を泳いでいる。

 あるいは──三匹目、四匹目が潜んでいるかもしれない。

 横目で窺うと、クリフォードが下唇を嚙みながら女の子とクロカイマンを交互ににらみつけていた。

「川に入るのは危険すぎる」高橋は言った。「人間なんかクロカイマンの餌だ」

 クリフォードがじろりと一瞥を寄越す。

「じゃあ、どうするんです」

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