第7回ー4

「利き腕ですか?」

「ああ。伐採作業員に威嚇射撃した者の手が見えてたろ。銃身を支えていたのは右手だった。つまり、引き金を引いたのは左手だ」

「左利きの人間が銃撃した──と」

「銃撃は明らかに逸脱した行為だ。エンパチの精神に反する。放置したら次はもっとエスカレートするかもしれない」

 高橋は向き直ると、別の小屋に近づいた。中を覗き込むと、太っちょのゴルドが左手で昼飯を食べていた。浅黒いみずがめのような上半身を晒してあぐらをかいている。

「……犯人が分かった。猟銃を所持しているセリンゲイロの中で、左利きは一人だけだ」

高橋が小屋に上がり、太っちょのゴルドに声をかけた。「さっきのエンパチで銃撃したのはあんただな」

 三浦は入り口から様子を窺っていた。

 ゴルドは蒸し焼きにした魚をかじり、しやくして飲み込んだ。歯の隙間に挟まった小骨を抜き、指で弾く。

がびびって逃げ去ったらしいな。ふんっ、俺なら脚の一本でも撃ってやったさ」

「あんたじゃないのか?」

「俺だったら命中させて手柄を自慢してるさ。次のエンパチは絶対に声をかけてくれ」

 うそを言っているようには見えなかった。威嚇射撃の主は、猟銃所持の許可を持たない左利きのセリンゲイロなのだろうか? 誰かの銃を拝借した可能性はある。

 待てよ──。三浦はふと思い至った。

「高橋さん」三浦は入り口から呼びかけた。「お話が」

 高橋が戻ってきて、小屋から地面に降り立った。

「何だ?」

「もしかしたら──」

 三浦は高橋に耳打ちした。

 高橋がはっと目をみはる。

「行こう」

 二人で高橋の親友であるジョアキンの小屋を訪ねた。ジョアキンはでスプーンを握り、ピラニアのスープを口に運んでいる。

「……あんただったんだな、銃撃」

 道中で聞いた話によると、ジョアキンは少年時代、伐採作業員が振り回すチェーンソーで人差し指を切り落としたという。

 ジョアキンは静かに顔を上げた。

「……作業員を傷つけたわけじゃない」

 威嚇を隠すつもりはないようだった。

「武力行為にはずっと反対してきたじゃないか」

「銃で威嚇されたら連中もしばらくは顔を出さんだろ。ああでもしなきゃ、仲間の暴走は止められなかった」

「どういう意味だ?」

「全員が頭を冷やす時間が欲しかったんだ」ジョアキンはスープを飲み干すと、立ち上がった。「誰が撃ったかは隠しておいてくれ。リーダーが率先して銃を使ったと知れたら、誰もが暴力に訴えたがるからな」

 殺し合いに発展しそうな怒りを鎮めさせるため、か──。

 だが、これで森を巡る闘いは激化するだろう。今度は死者が出るかもしれない。

「ドクター・ミウラ」

 背後からの呼びかけに驚いて振り返ると、クリフォードとロドリゲスが立っていた。

 距離的に小屋の中の会話が聞こえている可能性はないが、それでも心臓の鼓動が激しくなっていた。

「何でしょう?」

「デニスが行方不明です。見かけていませんか?」

「いえ」三浦は首を横に振った。「その辺りにいないんですか?」

「今後の計画を話し合おうと思ったんですが、集落には見当たりません。また勝手に森に入ったのか……」

「少し心配ですね」

 ジョアキンの小屋から高橋が出てきて、「どうした?」と訊いた。クリフォードとロドリゲスは視線を交わすと、デニスの行方不明を説明した。

「……不慣れな人間に森は危険だ」

 高橋がつぶやくと、ロドリゲスが目をすがめた。

「プロの植物プラントハンターだぜ? 森には慣れてるさ」

「アマゾンに人間と、アマゾンで人間は違う。プロだろうと何だろうと、油断は命取りだ」

 ロドリゲスは鼻で笑った。

「姿が見えないなら捜したほうがいい」高橋が言った。「何人かの仲間にも声をかけよう」

 二、三人でグループを作ってデニスを捜すことになった。一体どこへ行ったのか。

 三浦は高橋と共に森へ踏み入った。だが、三十分ほど歩き回ったものの、デニスを発見することはできなかった。

「もしかしたら、今ごろひょっこり集落に戻っているかもしれません。いったん帰りませんか」

 提案すると、高橋は少し思案してから「……そうだな」とうなずき、引き返しはじめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る