第7回ー1
14
──ジュリアが体を使って誰かに殺人を依頼している。これは一体どういうことなのか。
なぜ彼女が? 誰に?
疑問だけが脳裏を渦巻く。
小屋の中を
三浦は胸を押さえ、心音の高鳴りを意識した。どくどく、と心臓が早鐘を打っている。額に
思い切って確認すべきかどうか──。
三浦は迷ったすえ、開口部に顔を寄せた。改めて中を覗こうとした瞬間、「誰!」と
反射的に
三浦は自分の小屋に駆け戻り、飛び込んだ。ドアを閉め、壁にもたれかかって、乱れた息を整える。
結局、相手の正体は分からなかった。見張ろうとしても、彼女たちが不審者の存在を警戒している以上、慎重に別れるだろう。正体を
彼女は置き去りにされた恨みを晴らそうとしているのか? しかし、そうだとしたら、誰の殺人を誰に依頼したのか。クリフォード、ロドリゲス、デニス──。三人のうちの誰かの殺人を三人のうちの誰かに依頼した?
なぜ?
置き去りに賛成したのは三人だ。恨むとしたら三人全員だろう。
最終的な決断を下したリーダーのクリフォードに一番恨みを抱いているのか?
考えても何も分からなかった。
いくらなんでも、病気で身動きできなくなった自分を置き去りにされた復讐で殺意まで抱くだろうか。
冷酷無情な選択だったとはいえ、状況を考えれば理解できる部分もある。自分たち二人は結果的にたまたま
彼女は一体誰に殺人を依頼した?
気になって早朝まで眠ることができなかった。
しかし不慣れなアマゾンの旅で疲労が想像以上に溜まっており、いつの間にか眠りに落ちていた。目が覚めたのは正午だった。
三浦は木製ベッドから降りると、小屋を出た。目頭を揉みながら集落を見回す。
数人のセリンゲイロが行き交っている。ジュリアは自分の小屋の前で中年のセリンゲイロと立ち話をしていた。
南へ歩いていくと、クリフォードやロドリゲス、デニスの姿もあった。集落に
真夜中に覗き見た不穏なベッドシーンは、単なる悪夢だったのではないか、と思わされる。
一息ついたとき、南の小屋の前で腕組みしている
三浦は高橋に近づき、声をかけた。
「どうかしましたか?」
高橋は三浦を
「ゴムの木の切り傷の件をぶつけようと思う」
悲壮な覚悟が顔に表れていた。
ラテックスの一日の採取量を増やすために、必要以上にゴムの木に切り傷を入れている問題の件だ。
「このまま傷を増やしていけば、ゴムの木は弱ってしまいます。それが賢明かもしれません」
高橋は自嘲の籠った苦笑を見せた。
「また──嫌われ者になるな」
「え?」
「自分勝手な理由で仲間の信頼を裏切ってしまったことがある。生活のための苦渋の選択に異を唱えたら、今度こそ仲間外れかもな……。いや、もう手遅れか。そもそも、仲間たちが揃って採取量を増やしている。全員で相談し合って今の決断を下したはずだ。俺はその中に含まれていない。何も聞かされてなかった。表面上は許されたが、内心じゃ、いまだボスの手先だと思われてるってことだ」
詳しい事情は分からなかったが、採取地のボスとセリンゲイロは必ずしも関係が良好とは言えないようだ。
「結局のところ、採取量を増やす手口を俺に話したら、ボスに密告されると思ってるのさ」高橋は唇を
三浦は少し考えてから口を開いた。
「僕が気づいたことにしてもいいですよ」
高橋が「え?」と顔を上げる。
「職業上、僕は近辺の樹木を調査していても不自然ではありませんし、ゴムの木が弱っていることに気づいて、切り傷が多すぎることを突き止めたことにすれば、説得力もあるでしょう」
「しかし──」
「部外者が勝手に気づいて、危惧を伝えるだけですから、何も遺恨はないでしょう?」
高橋は唇を結び、視線を落とした。
「あなたが人生をセリンゲイロとしてここで過ごすなら、不必要な対立をする必要はありません」
高橋は思案げにうなった後、天を仰ぎ、息を吐いた。それから三浦に顔を戻した。
「助かるよ、センセイ」
「お礼を言うのはこちらです。集落で快く迎えていただき、命拾いしました。美味しい食事でもてなしていただきましたし」
「ありがとう」
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