第6回ー2

三浦は、ふう、と息を吐いた。胸の内で渦巻く様々な感情は抑え込んで、表面を取り繕うしかない、今は──。

「恨んではいません」三浦は答えた。「あの状況では仕方がない判断だったと思っています」

 クリフォードが表情を緩めた。

「では、今日はゆっくりしてください。セリンゲイロの皆さんは割と親切ですよ」

「食料も貰ったしな」デニスがライフルを撫でながら言った。「充分準備できた」

「数日、滞在して態勢を整えて、出発です」

 数日──か。

 アマゾンのど真ん中とはいえ、今度はちゃんとした集落で一休みできることに安堵した。

 高橋が近づいてきた。

「寝床に案内しよう」

 三浦は「はい」とうなずき、高橋の後について行った。西側に小屋が二軒、並んでいる。

 高橋が小屋を指差した。

「二人でそれぞれ使ってくれ」

「構わないんですか?」

「誰も使ってない小屋だ」

「ありがとうございます」

「気にしなくていい。ただ、ここも平和じゃないから、あまり長居はしないほうがいいかもしれない」

「何かあるんですか?」

 高橋はしかめっ面を作った。

「……森の破壊者だよ。アンドラーデって牧場主が伐採作業員たちを引き連れて、一帯を切り開こうとしてる。連中が現れるたび、セリンゲイロは座り込みで対抗してるんだ。今や、緊張はピークに達してるよ」

 ジュリアが我が身に痛みを感じているような顔でつぶやいた。

「森の破壊──」

「ああ」高橋がうなずく。「一触即発だ。そのうち死者が出るかもしれない。森に入るなら注意したほうがいい。セリンゲイロの仲間だと誤解されたら危険だ」

 三浦は答えた。

「気をつけます」

 三浦は小屋に入ると、体を休めた。歩きっぱなしでりそうなふくらはぎを揉む。

 頭を占めているのはのことだった。アマゾンで消息を絶った彼女は果たして無事なのか、それとも──。

 製薬会社からの依頼を口実にブラジルへ来ることができた。だが、広大なアマゾンで彼女をどう捜せばいいのか。存在の不確かな〝奇跡の百合ミラクルリリー〟よりよほど大切だ。

 夕方になると、三浦は小屋の開口部から顔を出した。見回したとき、集落の遠方の黒煙が目に入った。

 森林火災──。

 だが、火災にしては弱々しく、煙突から立ち昇っているように細い黒煙だった。

 三浦は小屋を出ると、黒煙の方角へ向かった。途中、メンバーの姿を見かけた。ライフルを背負ったデニスは、自慢話でもしているのか、にやにやしながら老年のセリンゲイロに何やらしやべっていた。ジュリアは中年のセリンゲイロの一人と話している。早くも集落にんでいるようだ。

 セリンゲイロは誰も黒煙を気にしていない。異常事態ではないのかもしれない。

 だが、三浦は好奇心で黒煙のもとへ向かった。

 煙の出どころは──。

 ヤシの葉で葺いた屋根が数本の丸太の柱で支えられている。セリンゲイロがその下に集結していた。

 高橋の姿もあった。

 三浦は彼に近づいた。

「何をしているんです──?」

「ここはくんじよう小屋だ」高橋はゴムの塊を担ぎ上げた。「ラテックスをいぶして良質のゴムにするんだ」

 高橋は燻蒸小屋を出ると、森にほうへ歩きはじめた。三浦は彼に付き従い、道中、ゴム採取の生活について苦労話を聞いた。

 着いたのは倉庫だった。

 ゴムを担いだセリンゲイロが列を成しており、ボスと呼ばれている中年男が計量をしている。

 年老いたセリンゲイロがゴム板を秤に載せると、ボスが「おっ」と声を漏らした。「お前一人分か?」

「最近はゴムの木の機嫌がいいんですよ」

「上出来だ」ボスが満足げにうなずいた。「三日分に相当する大きさだ。色合いも悪くない。明日も期待してるぞ」

 計量が済むと、年老いたセリンゲイロは賃金を受け取った。入れ替わりに現れたセリンゲイロも、両脇に大きなゴム板を抱えていた。

「おおー、お前もか。今までの二倍強、というところだな」

 ボスは驚きながらも計量し、賃金を支払った。

 会話を聞くかぎり、どうやら続くセリンゲイロたちも大収穫だったようだ。

 隣の高橋がげんな顔つきをしている。

「どうしました?」

「いや……」高橋は渋面を崩さなかった。「誰もが平均をはるかに超えたゴムを採取しているようだ」

「いいことでは?」

「まあ──な」

 高橋は釈然としない顔つきで答えると、自分の番でゴムを秤に載せた。他のセリンゲイロの半分以下だった。

 彼は賃金を受け取って燻蒸小屋を出た。

 三浦は高橋の後について集落に戻った。

 その日は集落の女性が運んできてくれたマンジョーカ芋の手料理で腹を満たし、就寝した。獣や虫に襲われる心配なく眠れる環境に、まぶたはすぐ落ちた。

 翌日は正午に高橋が訪ねてきた。眉間のしわは深い。

「あんたは植物学者だったよな。植物の専門家だ」

「はい」

「……少し付き合ってくれないか」

 高橋は返事を待たず、小屋を出た。三浦は後を追った。高橋が森の中へ入っていく。

 高橋が向かった先は、一本のゴムの大樹だった。

「これを見てほしい。仲間が受け持っているゴムの木だ」

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