第5回ー8


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 高橋ゆうゴム切りフアツカ・デナイフ・セリンガを腰に下げ、アマゾンの森の中を歩いてゴムの木に傷をつけて回った。

 先日から数十本を任されている。父親の期待に応えるため、しっかり役目をこなしていた。

 だが、今日は眩暈めまいがするほどの暑さで、休憩が必要だった。ゴムの木の林道エスツラーダを外れ、川辺へ向かった。

 そこで女の子を見つけた。

 蝶の群れの中に浅黒い肌の女の子がたたずんでいた。年齢は六歳か、七歳か──。とにかく幼く、動物の皮の腰巻きをしているだけだ。

 先住民インデイオだ。

 勇太は腰のファッカ・デ・セリンガを揺らしながら女の子に近寄り、ポルトガル語で声をかけた。

「何してるの?」

 女の子は顔を向けた。真ん丸い目と花のつぼみのような唇をしている。小首を傾げ、何かを喋った。

「え?」

 勇太は訊き返した。

 女の子が万歳するように両手を伸ばすと、モルフォ蝶はするりと逃げ、頭上で舞い踊った。

「どこから来たの?」

 女の子は蝶に触れようとするのを諦め、また小首を傾げた。異国のまじないのように、理解できない言語を口にする。それは今までに聞いたことがなく、勇太は困惑した。

「僕、ユウタ。君は?」

 女の子の頭上を仰ぎ見て、舞う蝶を眺めた。

 言葉は一切通じなかった。

 彼女はどこから来たのだろう。迷い込んだのだろうか。

「この辺は蛇が出るし、鰐もいるよ」

 女の子は勇太の目を見つめた。

 太陽の恵みを受け取れず、陰でひっそりと咲いている花を連想させられた。

 赤色の羽で彩られた全長十五センチの雄のマイコドリが、地味なオリーブ色の雌とつがいになり、低木の枝を跳びはねていた。彼女が静かに近づくと、気配を察した二羽が飛び立った。

 女の子が言葉を漏らした。『a』とも『e』とも聞こえるようで、しかし、何となく違いがある。アルファベットで喋っていない──。そんな気がした。

 部族の言語なのだろう。

 マイコドリのつがいは、巨大な葉の隙間を縫って飛び去った。女の子は自分も樹冠の上まで──太陽の恵みを受けられる場所まで羽ばたきたそうに見上げていた。

 女の子が川辺に近づいた。

「危ないよ!」

 勇太は声を上げた。

 女の子が振り向く。

「川にはピラニアがいるからね」

 勇太はポーチから針つきの糸を取り出し、拾った木の枝に結びつけた。簡単な釣竿を作って川に放り込む。針は黄土色の川に沈んで見えなくなった。

 女の子はしゃがみ込み、興味深そうに川を眺めている。

 勇太はもう一本の木の枝で川面を叩いた。二度、三度、四度──。水しぶきが上がった次の瞬間、糸がピクッと上下した。釣竿を振り上げると、ピラニアが飛び出してきた。水面を叩くと、動物が溺れていると思い込んで集まる習性があり、餌がなくても食いつく。

 勇太は針を外し、注意深く薄い唇をめくり上げた。ノコギリのような歯がびっしり生えていた。

「ほら、すごい歯でしょ」

 女の子はピラニアの口を覗き込んだ。

「嚙まれたら指が千切れちゃうよ」

 勇太は人差し指を伸ばし、左手の指で作ったハサミで切るまねをした。

「危ないから一緒に来る?」

 意味が通じているとは思えなかったので、行動で示すため、勇太は森の奥を指差して背を向けた。数歩進んでから振り返ると、彼女は立ち止まったままだった。

 手招きしてアピールする。

 女の子は少しためらいを見せてから歩いてきた。

 通じた!

 勇太は密林の中に戻り、一方的に喋りかけながら歩いた。ゴムの木が目に入ると、腰からファッカ・デ・セリンガを抜き、女の子を振り返る。

「面白いものを見せてあげるよ」

 女の子はゴムの木をじっと見つめている。

「これをこうしたら──」勇太は刃先に力を込め、樹皮に一文字の切り傷をつけた。「樹液が流れるんだ。それがゴムになるんだよ」

 女の子は近づき、白いラテックスが流れ出る木を眺めた。指先で傷口を突っ突く。

「昼までカップを置いておいて、いっぱい溜めるんだ。それが僕の仕事。毎日、歩き回って採取するんだよ」

 女の子はただただ物珍しそうにしていた。

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