第4回ー2
「落ち着け」ジョアキンが涙を拭い、ゴルドを押しとどめた。「傷害沙汰で政府を敵に回したくない」
ゴルドは舌打ちしてマチェーテを下ろしたが、獲物を前にした
「とにかく」ジョアキンが言った。「小屋に案内してもらおうか」
「断る」伐採作業員は鼻を鳴らした。「お前らのやり口は知ってる。誰が教えるもんか」
各州で行われているエンパチでは、伐採作業員の飯場へ出向き、小屋を半ば強引に撤去する。寝所がバラバラに解体されれば、大抵の者たちは諦めて引き揚げるからだ。
「俺たちは平和的に解決したい。飯場を探し出して勝手に壊しても構わないんだぞ」
「うるさい! 何が平和的だ!」
「セニョール・アンドラーデ」伐採作業員たちがチェーンソーを止め、ぼやいた。「連中に邪魔されて……」
アンドラーデと呼ばれた男は腰に手を当てて睨み回した。
「俺はパウロ・デ・アンドラーデ。牧場を買い取った。この一帯は俺のもんだ」
「ふざけるな」ジョアキンが腕を横ざまに振った。「この森は俺たちのものだ」
ジョアキンの言い分は正しい。ブラジルでは一年以上住み着けば所有権が認められる。だからこの森はセリンゲイロのものだ。
アンドラーデは、ズボンの尻ポケットから三つ折りの書面を抜き、広げて掲げた。
「外の世界じゃ、権利証が正義だ。森の人間も見習え」
「そんなもの信用できるか。子供の口約束のほうが百倍正直だ」
アマゾンに横断道路が建設されたとき、その周辺の土地を狙って三十万人が押し寄せ、詐欺が横行したという。権利証を偽造したり、袖の下を握らせたり、拳銃で脅迫して署名させたり──。土地より権利証のほうが多い始末だった。古新聞で読んだことがある。
「けっ」ゴルドがマチェーテを振り回した。「薄汚い紙切れなんか、豚に食わしちまえ」
森を放牧地にするには、所有権を持つ森の民──小農や採取者や
アンドラーデが伐採作業員を睨みつけた。
「お前たちは働け。木のように突っ立ってるんじゃねえ」
古くから存在する法により、住み着いた土地を生産的な目的──牧場造成が最も手っ取り早い──に利用すれば所有権が認められる。だから誰もが森を伐採し、焼き払う。
多様な植物群のせいで誤解されがちだが、アマゾンの大半の土壌は薄っぺらだ。二、三センチの厚みしかない。森があるときは雨季の大雨も樹冠が傘となって遮り、地表には雨粒しか届かないが、木々を失えば洪水のような雨が土壌を押し流してしまう。だから森の焼却後に作物を育てても、二、三年で不毛の地に変わる。
伐採作業員が一本の巨木に近づいた。枝のない円柱状の幹が樹冠の上まで伸びている。この辺りでは最も高い木の一つだろう。
「待て!」
制止したのはセリンゲイロではなかった。誰よりも先にアンドラーデが声を発した。
「セニョール?」
「おいおい。その木は駄目だ」アンドラーデは顎で木を示し、法の遵守者気取りで言った。「ブラジルナッツの木だろ」
ブラジルナッツが貴重な輸出品になると知った政府は、一九六五年に法令でブラジルナッツの木の伐採を禁じた。
「すみません、セニョール。気づきませんで」
伐採作業員は隣の木に歩み寄り、スターター・コードを引こうとした。ゴルドが巨体を揺らして進み出た。マチェーテを突き出し、ダミ声を吐き出す。
「やれるもんならやってみやがれ。貴様なんぞ、手首を切り落として魚の〓にしてやる」
アンドラーデの両脇を固める男二人が前に出た。カウボーイハットを少し斜めに
「落ち着け」ジョアキンがゴルドの腕を握り締めた。
「数じゃ俺たちが勝ってるんだ。いっせいにかかれば倒せる」
「駄目だ。犠牲者を出すわけにはいかん」
三十年以上前から各州でセリンゲイロやその支援者、組合指導者がピストレイロに殺されてきた。犠牲者は毎年増え、三桁に及んだ年もある。恐怖を植えつけるため、暗殺の前に死を宣告することが慣習だった。
「犠牲なしに森は守れねえ」ゴルドは怒りに燃える目でジョアキンを見据えた。「警察だって俺らに銃を向ける。ピニェイロのとき、どうなった? 葬儀に行ったんだろ。警察と牧場主の
ウィルソン・デ・ソウザ・ピニェイロ──。アクレ州のシャプリで組合委員長として大規模なエンパチを組織していた男だ。何度も脅迫されたすえ、一九八〇年に暗殺された。
血を洗い流せるのは血しかない──。仲間の死にセリンゲイロたちは怒り狂い、殺害に関与した牧場管理人に数十発の銃弾を食らわせた。
警察はピニェイロが殺されたときは腰を上げなかったくせに、牧場管理人が殺されたときは迅速に行動した。大勢のセリンゲイロを逮捕して留置場に放り込むと、古典的な拷問道具を使って痛めつけ、首謀者を吐かせようとしたのだ。
ジョアキンは当時の葬儀を思い返すように唇を
「遠慮はいらん」アンドラーデが伐採作業員を睨みつけた。「賃金に見合う仕事をしろ」
「しかし──」
伐採作業員たちは立ち塞がるセリンゲイロたちを見やり、困惑の顔つきで突っ立っている。
誰一人、引き下がるつもりはないようだった。
半刻の睨み合いが続いた後、アンドラーデは根負けしたのか、伐採作業員たちを連れて引き揚げた。だが、連中は遠からずまた現れるだろう。それから数日が経った。
高橋は
一九五〇年代、当時十歳のゴルドは、父と密入国したボリビアでゴムの採取をしていた。ゴムの価格がブラジルより高かったからだ。だが、苦労して収穫しても、捕まれば『外国人税』が課されるため、陰生植物さながらに用心深く正体を隠して生活していたという。
ブラジルに戻ったきっかけは、ボリビア当局に発見された際、抵抗した父が撃ち殺されたからだ。その後は町を転々としながらスリや盗みで食いつなぎ、最終的にはこのアマゾンのど真ん中の採取地へ流れてきた。武勇伝の豊富さが彼の自慢だった。眉唾ものの話も多いが。
「──サルネイのせいだ」ゴルドは大鍋のラテックスを荒っぽく搔き混ぜた。「何が農地改革だ」
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