サイコロで出た目の短編集

@turikiti_boy

木 天秤 矢

 私が二十歳になったというのがほんの少し前だったような気がした。それぐらい時の流れというのは早く、自分の時間という大切な何かを削りながら日々を生きていた。

 鏡の前に映る私は、学生時代を謳歌していた頃の明るい輝かしさはなく、すでに疲労が隠せないようになっていた。


「あーもー、だるい」


 この言葉はいわば自分の口癖であり特徴である。

 だるいという言葉で、何事にも斜めに構えてやる気を出さないというスタンスをあえて言葉に表しているが、実際には言われたやる受け身な人間で、平たく言えばグループに一人はいる面倒な奴。結局、そんなことに気づいたのも距離感というものを少しずつ理解していったからであり、それを教えてくれた友達も今となっては疎遠となっている。

 つまるところ、だるいのだ。後にも先にも過去にも現在(いま)にも実ったことのない努力とは無縁の生活をしている。仮にどこかで努力をしていたら未来は変わっていたと断言できる。同時に努力ができたかというと、はっきりとできなかったという。変わる未来なんてありやしないのだ。


「あー、そういえばあれまだやってる途中だったっけ?」


 ベッドに寝転んだ時にふと棚にあるゲーム機に目が行く。昔は現役だったのに、今となってはすっかり埃と親密な関係を築くまでになっている。

 過去を変えるがキャッチコピーのRPG、私の中に活力があったあの頃だと寝る時間を割いてまでプレイしていたが、今割けるのはコンビニで買ったチーズぐらいだろう。

 前作は主人公であるトーリアンが村の慣わしに反して外れの牢に投獄されてしまったのが始まりであった。悲運にもその日に魔物が攻めてきて村は壊滅する、トーリアンを残して。迫り来る絶望な孤独に自死を考える程落ち込みを見せたが、幸いにも彼はヒロインであるヤシュナと出会ったことにより考えを改める。

 後にヤシュナが人工的に作られた生物であり、心臓の代わりに爆弾が埋め込まれているのを知り、トーリアンは再び悲劇の底に叩きつけられる。

 爆弾は世界を滅ぼす。やっとのことで見つけた止める方法は、ヤシュナの爆弾部分に錆びた剣を刺すことであった。

 だが、トーリアンは最後までヤシュナに剣を刺すことができなかった。一人だけ生きる苦しみを他の誰よりも知っていたからであった。時間がないことを悟ったヤシュナは、トーリアンの手を引いて自分の胸に剣を刺し、世界を守る。

 トーリアンはまたしても孤独になるも、今度は時期にならず、もう一度ヤシュナと出会うために、ヤシュナを作ることにした。そして完成した人工生物をアンナと名付けて、ストーリーは終わり。

 初めてプレイした時は、それは胸を矢で貫かれたかのように感動した。

 好きな人を守るために生きているというトーリアン、そして人工的に作られたにも関わらずに人以上に多彩な感情を持つヤシュナ、自分とて多感な世代だったためこの二人に憧れてしまったのは言うまでもない。


「ようやく新作が出て、ウキウキしながら買ったのに積んじゃうとかね」


 二作目の主人公のアンナがヤシュナと正反対な内気な性格で、それでいて生きているだけで不幸を呼び寄せる禍々しい存在である。トーリアンの死後、迫害されるように村から追い出され、自分の居場所を見つけるために世界を歩く物語である。

 その度合いは比べたらもちろんアンナの方が悲劇はあるが、どことなく自分と照らし合わせてしまう。私が距離感に気づく前、それはとんだ空気の読めない人間だった。だが、その真実を私は知らないため、平気だった。知ってしまったせいで、崩れた。

 それからというものの視線が怖くなり、常に自分の立ち振る舞いを恐れた。一言話すのにも何分も時間をかけて、あるはずのない正解を探した。

 失った。自分という存在を。心を痛めて大学も中退し、地元でひっそりと就職した今も、見つけられずにいる。

 新しくした携帯には以前の友達のアドレスは一つも入っていない。それどころか不必要なアドレスは一切ない。


「だるー」


 世界にもしもがあったら試したいことは山のようにある。化粧をするように過去を彩れば、今の自分とは決別できるからである。

 だが、不思議なことに目の前にもしもが転がっていても私は試そうとしないのだろう。現在というのは全て分岐の上で成り立っていると捉えるのなら、今日こうして何もせずに過ごさず、例えばゲームをクリアすれば人生は変わるかもしれない。

 所詮私が選んでいる選択肢は自動で選ばれた最悪の選択肢である。少し視野を広げて、少し努力をすれば今からでも改善することがほんの少しだけ可能性として存在する。

 でも私は遠くの森はあえて見ない。もちろん、何もかもがだるいからである。

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