第10話 錬鉄の想定敵/2



「ひどいですわひどいですわ!」


 演習の後。


 お決まりの健康診断を行った私は、そのまま蜈蚣候マリーオウの反省会と称したお茶会に招かれ、一方的に愚痴と文句を聞かされる人形と化していた。


「なんですのアレ!?

 あんな兵器きいてませんわよ!?

 なんかほっぺたに当たったと思って、コンっときて『あれ?痛くない?』って安心したと思ったらズドン!!ですわ!!

 油断した分、めっちゃ痛かったですわよ!!?

 ホントになんなんですのアレは!?」

「あっはっは………」


 場所は深い森の中。

 アレッサリアの国土のうち、西部と呼ばれる、鬱蒼とした樹々が生い茂り、深い森林が殆どの面積を占めるエリアだ。

 この辺りは軍の戦闘演習場として、西部方面軍司令官である『縊殺候』が気前よく貸し出してくれているエリアで、古来より戦闘訓練などではよく利用されている。


 大規模な軍事演習だと、広大で見晴らしの良い北部の草原地帯や東部のツェダ湖周辺の湿地帯が選ばれるのだけれど、小規模な戦闘演習の場合は、障害物の多い西部森林地帯がよく選ばれる。


 ここはそんな西部の森のど真ん中だ。


 頭上には背丈の高い樹々が覆いかぶさるように連なり、その枝の隙間から、木漏れ日がカーテンのように揺らめきながら漏れている。

 辺り一面の地面は苔が絨毯のように広がっていて、やや開けた空間を鮮やかな緑に彩っていた。

 そんな天然の舞台の上に、不自然なほど純白なテーブルクロスが映えている。

 設えられた『異常に広い』テーブルの上には、ティーセットが2組、両端に置かれていて、それが即席で設けられたお茶会の会場なのだということを物語る。


 ……ただし、普通のお茶会というにはおかしい点が二つ。

 まずは置かれたティーセットの縮尺がおかしい。

 テーブルの両端のティーカップの比率が、1:20くらい違う。

 お猪口とバケツくらい違う。

 そして、大きい方の比率側に着席した客。

 漆黒の長大な体躯を蠢かせ、とぐろを巻く格好でその場に佇んでいる。

 ……それをそもそも着席と呼んでいいのか、どうか。


 ちなみに、これが『蜈蚣候のお茶会』の常態であるので、昔から付き合ってきた私はもう慣れたものだが。


 自分用のティーカップに口をつけ、喉を潤わせる。

 ……うん、いい香り。

 やはり義母さんが直に選んだ茶葉は質が高くてハズレがない。美味しいね。


 なお、本来であれば私たちは、演習に参加していた各部隊と一緒に、今回の演習の反省点などを洗い出す事後ミーティングを行う予定だったのだけど。

 負けたマリーオウが「納得いかない」と駄々をこねだしたので、急遽それを後日に回し、反省会と名のついた蜈蚣候慰労会に代えたのだった。

 ギン達はそのまま工廟へと修理に直行だ。


「蜈蚣候。

 あれは杭打ち機<パイルバンカー>と呼ばれる近接戦闘用の兵器です。

 銃内に内蔵した大質量の<杭>を、圧縮した空気で加速させ打ち出す……そういったものだと。

 我々の世界には無い、殿下の御前世の世界での兵器であると考案者であらせられる坊ちゃまより伺っております」


 私の傍らでは、直立不動の紅眼候グレースブルースが、代わりに説明する。


「あら、どうりで今まで見たことのない、妙ちきりんな兵器だと思いましたわ。

 王子の発案でしたのね」

「まぁ、一応はね」


 あくまで私がしたことは兵器のコンセプトとアイデアを提供しただけだ。

 あとは軍庁の開発チームが、それを実現可能な形に落とし込んでくれただけ。

 殆ど何もしていないといっていい。


「王子の御前世には、あんな変なモノが使われてらしたのねぇ」

「いやいや。

 あれ(パイルバンカー)は前の世界でも実用化はされてないね。

 あくまで空想上の兵器だよ。

 私も何かの創作物で見たものをうろ覚えで開発部に提案しただけ。

 マリーの硬い甲殻に対抗するにはどうしたらいいか、って話で話しただけだったんだけどね」


 いやホント、この世界の概念鉱と技術力はすさまじいね。


「……はぁ。

 それもそれですけれど、納得がいかないのは戦術の方もですわね。

 なんですの、あの戦術は」


 マリーオウは、ティーカップ(※バケツサイズ)を置いて、幾分か咎めるような調子で言葉を繋ぐ。


「アーレン王子はこのアレッサリアの王族ですのよ。

 その身をわざと危険に晒すような戦術は、悪手どころの話ではありませんわよ」


「それは私も蜈蚣候どのに同意ですな。

 まさか御身を囮にするというのは……」


「……そうはいうけど、あの条件下だと仕方がないだろう?

 杭打ち機<パイルバンカー>を使うにしても、重いしデカいしゴツいしで取り回しがきかないんだ。

 マリーに警戒されないように射程に入るには、私たちが近づくんじゃなくて、マリーをおびき寄せないとダメだった。

 ……そして、おびき寄せるにはある程度マリーと拮抗した戦いが出来ないとダメ。

 ギンたちじゃ、あの本陣深くまでこちらの手の内を隠したままでおびき寄せられなかったんだよ」


 囮役に一番適任だったのは、大将首で、かつ単身で虹眼候とだって戦える私だ。


 演習開始時点でこの囮作戦は決まっていた。

 包囲網が瓦解した場合には、先遣隊の生き残った誰かがギンジのやった役を担うことは事前に言い含めてあったのだ。


「だとしても、ですぞ。坊ちゃま。

 御身は我らと違い、替えのきかぬ唯一無二の身。

 使い捨てのような戦術に、平気で自身を組み込むようなことはお控えください」


 グレースブルースが苦言を呈して、釘をさす。


「優先順位というものを取り違えてはいけませんわ、王子。

 我ら錬鉄機鋼の最優先事項は、あなた方人間の守護。

 それは勝利より先に来て、何よりも優先すべきこと。

 いざとなれば何よりこの機械の身を挺し、御身を守る事こそが我らの存在理由なのですわ」


「それを、勝つために御身を囮にするというのは本末転倒にございます。

 ―――この演習はそもそも、アーレン殿下の御身を守るためのものでございます故、何卒……」


 彼らの言い分も気持ちも理解はしているから、私も特に気分を害することもなく、素直に頷いておく。


「わかった。今後気を付けよう」


「は」


「……というかそもそもの話ですけど、人間である殿下が想定敵<ディオ=マテウス>の私相手にあの軽装で囮役になり得るのがどうかしてるのですわ……(ぼそ)」

「……最近、私との手合わせでも、着実に私が手加減する余地が減ってきておりまして。

 調節を間違えると負けてしまう可能性すらあるのです。

 これでは、我らの立場というものが……(ぼそ)」

「……アナタ一応軍用機の最後期型の機体でしょう……?

 どうなってますの殿下の身体スペックは……?(ぼそ)」


「? どうしたの、二人とも」

 いま、なんかものすごい小声で話してたような気がするけど……よく聞こえなかった。


「いいえ、なんでもございません」

「なんでもありませんですわ」

「そうかい?」

 空耳かな?



「ごほん―――ところで、殿下。

 今日の予定は如何様に?」


「ん、ああ。

 午後からは特に予定は入れていないからね。演習が終わったら、今日は後はのんびりするつもりだったんだ。

 ……最近、ディアに会ってないし、挨拶がてら、森の散策でもしようかと思ってたんだけど」


「縊殺候どのですか。

 この演習場の使用許可を得る際、連絡はしておりますし、あの方の事ですから一部始終は観察しておられるので、特に必要ないかと思いますが……」


「あの娘のことだから、むしろ放っておいた方が気が楽なんじゃないかしらね」


「でも、何かしらの式典の時以外で、もう随分会ってないのだが。

 …………あれ? ひょっとして、私嫌われてるかな?」


「心配いりませんわ、王子。

 あの娘は王子だけでなく人間全般が苦手ですから。

 ヴィザル陛下も殆どお会いになったことが無いはずですわ」

「あ、そうなんだ?」


 西部方面軍司令官、『縊殺候』ディアー二ィ=レイゼン公社軍用甲型。

 やはり想定敵<ディオ=マテウス>シリーズの一機で、『魔物・大樹妖(トレント)』の姿を模した錬鉄機鋼だ。


 おもにアレッサリア聖法圏の西部に広がる広大な森林地帯を管理していて、国内で使う木材や果実などの生産・提供も担っている。


 大樹妖(トレント)、というだけあって、見た目は樹木と人間が合わさったような姿をしている。

 体長が20メートル近いマリーオウに比べれば小柄だが、それでも人の背丈の3~4倍くらいあって、『羅號候』ウィルゴラムと同じくらいのサイズ。


 性格は非常に大人しくて引っ込み思案。

 文系少女といった感じで、あまり争いごとに向いているような性格じゃない。


 ……うーん。

 想定敵シリーズ、ことごとく性格が戦闘向きじゃないんだよね。

 ゴルも、マリーも、ディアも。

 …………四方面軍の残る一機なんて、その極めつけみたいな性格だし。


「ディアには私の方から言っておきましょう」

「お願いするよ」

 苦手なのを無理に会いに行くのも悪いからね。



「それじゃあ、私はこのまま、屋敷に帰って義母さんの手伝いでもするかな」

 確か今日は一日、屋敷の花壇で花の手入れをしていたはずだ。


「マリー、何か伝言ある?

 あれば伝えるけど」


「……それでしたら、僭越ながら。

 ―――翠花(ルーディ)の花が散る季節になりましたから、また花弁を持って参ります、と。

 イェルダ様の御作りになる翠花茶(ルーディエ)は、ワタクシも毎年楽しみにしておりますの」

「あぁ、わかった」


 そうか。

 もうそんな季節か。


 私は笑って、席を立つ。

 グレースブルースが、私の後を静かについてくるのがわかった。



……

………。


 屋敷への帰路。

 私は何気なく、背後に付き従うグレースブルースに声を掛ける。


「ねぇ、グレース」

「は。何でございますか、坊ちゃま」


「――――――僕の強さって、どのくらい異常?」


「……」

 一拍の沈黙。


「聞いておられたのですか」

「いや?

 ただなんとなく、あの場の空気的にそういう話したのは推測できたから」

「申し訳ありません」

「気にしなくて良いよ。実のところ、僕自身がわりと気になっててね」

 事実だった。


 ―――ある程度成長して、身体が出来上がってくると、僕は軍庁長官であるグレースブルースに頼み込んで、軍の戦闘演習に参加するようになった。


 ……元々、アレッサリアの王家というのはこの国が出来上がった経緯上、尚武の気風があり、王族が軍事に関係することはそこまで珍しくはなかったらしい。

 『有事に軍を統率し、率先して民を守れなくて、何が王族か』といった具合に。

 なので王族が演習に参加し、軍用機の錬鉄機鋼を指揮することはおかしい事じゃないし、むしろ王族の振る舞いとしては奨励される事だ。


 ――――――けど、流石に、最新鋭の軍用機を相手取って斬り合ったり、ましてや魔物を模した想定敵と正面からやり合うというのは、明らかに度を越えているといえる。

 というか、普通に考えれば出来るはずがない。


 にもかかわらず。

 私はそれが出来る。出来てしまう。


 自分の手を見つめる。

 手の甲は瑞々しく、皴一つない綺麗な肌だ。

 血色も良く、握った拳には過不足なく力強さが宿る。

 体つきはまだ華奢ではあるが、今がちょうど成長期にある事を考えれば、伸びしろは多い。


 実感として、私は理解している。

 自分が、まだ成長の過渡期にあるのだと。


 ――――――成長期にあって既に、私は軍事目的に作られた彼らのような機械兵と同程度の戦闘能力を有していたのだ。


 これが普通じゃないことは言うまでもない。


 この世界には法気(エィテル)があり、勁技もある。

 標準的な生身の人間の戦闘力は、前世の地球よりはるかに高い。

 のだが、そもそも普通の人間が、マリーやゴルのオリジナルである『魔物』と戦えるなら、いまこの世界はこんな状況になってないし、錬鉄機鋼だって存在する必要性がなかったかもしれないのだから、少なくともこの世界の人間のスペックの限界は『魔物』以下であることは明らかだ。


 つまり、想定敵であるマリーとまともに戦り合える時点で、私はこの世界の人間より明らかに強い。


「勇者、ねえ……」

 呟く。


 どういう仕組みかは分からないが、私だけチートな戦闘力を有している原因は、あの『聖護法陣』が、赤ん坊に生まれ変わった私に何かしたので間違いないだろう。


「当たり前といえば、当たり前の話ではあるよね……」

 

 どんな仕組みかは別として、『聖護法陣』の役割は、勇者の召喚だった。

 それなら、召喚された者はイコール勇者でなければおかしい。

 けど、その召喚された当の私は、前世で別に勇者なんて呼ばれる存在だったわけではない。


 普通に歳をとって、普通に死んだ。

 ただの凡人だ。

 間違っても勇者なんて呼ばれる人間じゃなかった。

 

 ……流石に、2千年求められて召喚された勇者が私(それ)というのは、酷いなんてもんじゃないだろう。

 UR確定ガチャって書いてあるのにコモン級のキャラがでる、みたいな。

 詐欺だよね、それ。


 だから、どうしてそうなっているか、はともかく、なぜそうなっているか、は当然の話。

 勇者として召喚されたのだから、そりゃ強くなってないとおかしいよね? っていう。



 ……のだけれど。


「でも、それだけ、なんだよねえ」


 そう。

 それだけ。


 『ただ、魔物と戦えるくらい強いだけ』なのだ。


「根本的な問題としてさ、グレース。

 『魔物』なんかより『瘴気』の方が圧倒的に人類追い詰めてるんだよね……」


 そうなのだ。


 結局のところ、この世界の人類が『聖護法陣』で守られた圏内に閉じこもって、滅びを待つような歴史を歩むしかなかったのは、襲い来る『魔物』よりも、世界を汚染した『瘴気』の所為であるところが大部分なのだ。

 

 瘴気。

 

 2千年前、世界に黒い大穴があいて、魔物と同時に瘴気があふれ出した。

 異形の魔物は人を襲い貪り喰らい、瘴気は瞬く間に世界を覆い、人類の大部分を死に追いやった。


 この瘴気は極めて毒性が強く、人間がほんのすこしでも体内に取り込んでしまえばたちまち死に至る。


 瘴気は、吸った者の精神を犯し、発狂させ、身体を腐らせる―――。


 幻覚性のガスのような性質だろうか?

 ただ、前世で知られているような毒ガスとは異なっていて、人の精神に直接作用した後、人体にも影響する性質をもった何からしい。

 この世界の人間が長年の研究で解析したことには、この聖法圏を包んでいる法気(エィテル)と根本的には似た性質を持ったものらしい。

 この辺りは不勉強で、実はまだよく知らない。


 とにかく、この瘴気が世界を覆っている以上、聖護法陣の外には迂闊に出ることもできない。


「聖護法陣の外に出たら、瘴気吸ってその時点でゲームオーバー――じゃ話にもなりゃしないよね。

 魔物と戦えるからといって、瘴気をどうにかできないんじゃ、何もできない」

「然様でございますな。

 ……古の<人間閣下>様方も、斯様な状況下でありましたから、外へ討って出るようなことはせず、防備に精力を掛けたので御座いましょう」

「シビアだねえ」


 実際、守る分には問題はなかった。

 聖護法陣は私たちを魔物の脅威から守る防護壁(バリア)の役割を果たすと同時に、瘴気の毒を通さず無害化する、フィルターの役割も2千年間完璧に果たしていたからだ。

 ……本当に、聖護法陣サマサマである。


 しかし、考えれば考えるほど、この世界の人類は完全に詰んでいるね。

 むしろ、よく2千年も文明を保ったものだと賞賛する。


 国土の限られた閉鎖環境。

 外部からの助けは絶望。

 資源は限定され、鉱物は殆ど産出されず。

 ……水源が豊かで、かつ岩塩が採れたことが救いか。


 いやホント、この状況下で2千年文明を保ったのは凄い。

 しかも、歴史を学ぶと、何度か繁栄期も迎えている。

 凄い。



「この世界に、勇者は必要なかった、ってことかなあ?

 だから、2千年も遅刻しちゃったんだろうか」


 呟く。

 答えはない。


 私は笑って、前を向く。


 ―――まぁ。

 だからどう、ということもない。


 勇者としては確かに、この世界で私は必要とされておらず。

 すでに救うべき世界は滅びる一歩手前だ。


 2千年分の遅刻。


 それは申し訳ないとは思うけれど、私にどうこう出来る話ではないのだし。

 古の人々には、諦めてもらうしかないことだ。



「……さぁ、屋敷に帰って、義母さんの手伝いをしよう、グレース」


 それでも私は、この世界ですべきことがある。



 世界に穴が開き、魔物と瘴気が溢れて2千年余。

 『聖歴』2014年。

 世界の人口、3人。


 ヴィザル=ディ=アレッサリア国王、70歳。

 イェルダ=メイ=アレッサリア王妃、71歳。


 アーレン=ディ=アレッサリア王子、12歳。


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