第9話 錬鉄の想定敵/1


「―――丘豹<アドム>隊より連絡!!

 丘豹リーダー、戦闘不能!

 ならびに丘豹3、丘豹4との連絡途絶、作戦行動の続行は困難と判断!」


 そこは、薄暗闇に覆われた森の中。

 陽は既に落ち、景色は夜の闇に閉ざされていた。


「こちら山鷹<ガンフ>2! こちらこちら山鷹<ガンフ>2!

 敵首魁、黒蘭<ハーカイン>と接敵!!

 山鷹<ガンフ>3がやられた!! 秒で!! すごいあっさり!!

 こちらも持ちそうにない! というか無理! 1機(ひとり)じゃ無理!!

 相手が悪すぎるでござる!! 助けて、助けて王子!!?

 あわわわわわ(ブツッ)」


 そんな暗い森の中に、絶望的な通信が響き渡る。

 圧倒的不利な戦況を伝える声はひっきりなしに届き、やがて唐突に途絶えた。


「―――山鷹2との通信途絶。

 ……如何しますか、山鷹リーダー?」


 私はため息をついて、腰をおろしていた床几から立ち上がる。

 敵を迎え撃つ準備をするためだった。


「イカもタコもあるまいさ。

 もうすぐ黒蘭はこちらへやってくる。

 あとは正面から迎え撃つ。以上」

「御意」


 ―――今日の演習は1対多の局地防衛戦闘訓練。

 『1』が攻めで、『多』が守り。

 言うまでもなく、私は『多』の方の指揮官だ。

 そして現在、私たちはたった1体の相手に蹂躙を受け、まさに本陣を落とされようとしているところだった。


「……丘豹<アドム>、鉄鷹<ヴァサル>、緑翡<ベリメルオ>の先遣隊は既に壊滅。

 当初想定していた包囲網はもはやほぼ瓦解していて、こちらの本陣には私とお前のみ。

 そして当の黒蘭―――蜈蚣候どのは絶賛接近中だ。

 ―――最後は、ここで決着をつけることになるが………無理じゃないかな、これ」


 思わずポロリと本音が零れた。

 訓練中とはいえ、指揮している最中に指揮官が弱音を吐くのは良くないことだが、聞いているのは気心の知れた部下なので良しとして欲しいところだ。


「御身の盾となること、躊躇いは御座いません。

 ……が、盾が何秒持つかは如何ともし難い問題ですな。

 この身のスペック不足に、歯痒い思いでございます」


 そう言って目を伏せるこの機体の名前は、ギン=イーサリオーズ社ガードナーIII型。

 純正の軍用機ではなく、あくまで要人警護を目的とした警備用機だが、現在国内で稼働する錬鉄機鋼の中では相当新しい部類の機体だ。

 スペックだって、本来は申し分ない。

 ……だが、今回はちょっと、相手が悪かった。


「……仕方ないさ。

 相手はあの蜈蚣候(マリーオウ)だ。

 本来は1個大隊で入念に戦術組んでから挑む相手だぞ?」


 ―――今日の軍事演習、私たちの相手の名前を、マリーオウ=アレッサリア国家謹製第八世代乙型といった。

 国家主導のプロジェクトで開発された錬鉄機鋼である。

 そして、『蜈蚣候』という、数ある錬鉄機鋼の中でも特別な機体に贈られる爵号を持った特別製の機体だ。

 機体スペックでいえば、このアレッサリアでも間違いなく5指に入る。


「……最近の長官、訓練プランが無茶苦茶過ぎやしませぬか?」

「いや~……最近、私がグレースに1対1の訓練で勝てるようになったから、その所為でなんか火が付いたらしくて。

 ハードル上がってるっぽいんだよね」

「………はぁ。

 一度、長官は侍従長(プリムラ)様に諫められた方が宜しいのでは、と具申しますぞ」

「ははは………っと、来たな」


 ギチギチギチギチギチギチギチギチ………。


「―――マリーオウ」


「―――うふふふふふふふふ…………♪」


 見据えた森の暗がりの向こう。

 飲み込まれるような深い漆黒の闇の奥底から、突如、不気味な笑い声が響いた。


 ギチギチギチギチギチギチギチギチ………。


 闇の中に、突如、無数の紅い点が灯る。

 笑い声と共に、不快な金属擦過音が響く。

 ……それが、『彼女』が笑った時、鳴り響く咬合の音だと私は知っていた。


 闇が、蠢く。

 

「―――愛しい愛しい、ワタクシの王子様。

 ――――――そこに居らっしゃるのですかぁ?」


 『それ』は、全長で30メートルはあろうかという長大な体躯を無数の胴節で構成し、身体をくねらせ、深い森の中を、まるで泳ぐように器用に進む。

 ぬるりと夜の闇からまろびでたその身体は、鎌首をもたげるように月明かりの前に晒される。

 現れたのは、山のように大きな、黒いムカデだった。


「うふふふふ……♪

 今宵は良い月で、良いお散歩日和ですわねぇ、アーレン王子。

 こんな日和には、月を明かりに夜蘭を愛でるのも風流というもの。

 ―――ところで? これが終わりましたらお茶でも一杯いかがかしら?

 翠香侯(プリムラ)ちゃんから、良い茶葉を貰いましたのよ」


「……お誘いは嬉しいけれど。

 マリー、一応、今は軍事演習中だから、お茶のお誘いは受けられないよ?

 この後も反省会を兼ねたブリーフィングがあるしね」


「あら、残念ですわ」


 ホオズキのように紅い複眼を明滅させ、ギチギチと口吻を開閉させて笑うそのバケモノ………もとい、女性。

 『蜈蚣侯』、マリーオウ=アレッサリア国家謹製第八世代乙型。

 我がアレッサリア聖法圏の、最強の一角を務める軍用錬鉄機鋼の1機である。 


「せっかく、今日は久しぶりに、王子とお茶が楽しめるかと喜び勇んで参りましたのに。

 ……最近、殿下ったら、ちっともワタクシの元に来てくださらないんですもの。

 もう、いけずっ、ですわ」


 よよよ、と、乙女っぽく泣き崩れる真似(らしきもの)をしてみせるマリーオウ。

 ……だが、その身は巨大なムカデ。

 どう見ても、身体をくねらせてのたうち回ってるようにしか見えない。


「ははは、ごめんよ。最近は公務が忙しくてね。

 また機会があったら君の居る南部まで伺わせてもらうよ」


「あら、嬉しい♪

 でしたら今度―――」

「隙ありィ!!

 蜈蚣侯どの、お覚悟―――」

「ありませんわよ、そんなもの」

 ズドン!!

「グハァ」


 隙を伺っていたギンが、マリーオウの死角から飛び掛かるも、あっさりと叩き潰された。

 体節から伸びた触腕の、容赦ない一撃である。

 わかっていたけど、瞬殺。

 つよい。


「はぁ。

 王子の親衛隊が、この質とは……。

 昨今の機体は軟弱ですわねえ」

「返す言葉もないね」

「王子が気に病む話ではありませんわ。

 彼らも最新鋭のハイスペック機なのですから。カタログスペックは申し分ないはずですもの。

 それでこうも惰弱なのは、経験に基づいた彼らの処理効率(プロセス)が洗練されていない証拠。

 ―――つまるところ、日々の鍛錬不足ですわね」

「なるほど」


 流石は稼働年数千年越えの古参機体。

 その言葉には説得力がある。

 

「さて。

 どうされます、王子?

 すでに大勢は決しましたけれど、まだお戦(や)りになりますか?

 ……ワタクシとしては、さっさと切り上げてお茶会が宜しいのですが」

「……そう言われると心苦しいけれど。

 私にも、それなりにプライドってものがあってね。

 このまま良いところなしで演習を終えるのも、悔しいものがある。

 悪いけどもうちょっと付き合ってくれないかな?」


 苦笑を交えて、私は光剣を起動する。


「―――うふふ。

 ワタクシも、これが仕事ですから、是非もありませんわ」


 マリーオウはギチギチと口吻を震わせ、身をくねらせる。


「―――古来より。

 民草を蹂躙せし、圧倒的な『魔物』の絶望に最後に立ちはだかるは、『英雄』の定めと相場が決まっておりますものね。

 貴方様が『英雄』なれば、ワタクシは『魔物』……。

 国を滅ぼし、人を追い詰めた絶望の象徴こそが、我が身の役割なれば―――」


 私を取り囲み、逃げ場をふさぐように、周囲の森を蜈蚣侯の長大な体駆が奔る。


「―――『想定敵<ディオ=マテウス>』が一柱、蜈蚣侯マリーオウ。

 百の体節と千の劇毒で、かつて人の世を恐怖に陥れた『魔物・大蜈蚣』の写し身たる我が性能(スペック)―――篤と、ご賞味あれ」


 暗闇の向こうから、私を見据える紅の複眼が怪しく光り、禍々しい口吻がガパァと開く。

 

 それを開戦の合図とし、私は地を駆けた。

 ……真正面から挑む愚は犯さない。

 横へ走り、森の中へと身を紛れ込ませる。


「うふふ。

 いくら森の樹々に潜もうと、ワタクシの眼は誤魔化せませんわよ、王子♪」

「わかってるよ!」


 彼女の索敵能力の高さは織り込み済み。

 元より相手は『想定敵<ディオ=マテウス>』だ。

 通常の戦い方でどうこうできる相手ではないのは、よく知っている。


 ―――『想定敵<ディオ=マテウス>』。


 これは、数ある錬鉄機鋼の機体の中でも、特に特殊な用途を目的として造られた機体の事を指す。

 まず、錬鉄機鋼というのは製造段階で、その役割によってタイプ分けされている。

 ・作業用(ワーカー)

 ・家庭用(コンシューマ)

 ・軍事用(ミリタリー)

 ・歓楽用(クラウン)

 ・医療用(メディック)

 主にこの5タイプが存在して、その役割に応じて決定される。

 プリムラは家庭用で、ギン達やグレースはもちろん軍事用だ。

 そして大部分の錬鉄機鋼は作業用に属している。

 具体的な用途の説明は省略するが、大体字面通りという認識で問題ない。


 そして、マリーやゴルも軍事用の機体にタイプ分けされている。

 彼女は『軍事用に開発された、想定敵の機体』だ。

 つまり、よりかみ砕いていうと、

『軍がその軍事力の有効性を検証するために必要な、敵を想定した機体』

 ということになる。


 では、その想定した敵、とは具体的に何か。

 読んで字のごとく、と言ってしまえばそれまでなのだけど、具体的にこの世界で『想定する敵』といえば、『魔物』しかない。

 人の諸国家なんてアレッサリア以外滅んで久しいし、そもそも人がこんな聖法圏に押し込められて細々と生存しているのは、『魔物』と『瘴気』に世界を蹂躙されてしまったからである。


 ならば、『いつか魔物が、最後の守りである結界を破って、攻めてくる』という最悪の事態を想定しない方がおかしい。

 そのための軍事力であり、それは人が安心して最後の楽園で暮らしていけるための因(よすが)でもある。

 アレッサリアの民は軍事力を増強し、文明の発展に伴って誕生した錬鉄機鋼に至っては、それを軍事力として利用することに何ら躊躇いはなかった。


 だが、ここでちょっと想定外の事態が発生する。


 思った以上に、『聖護法陣』の守りは固かった。

 この結界で守られた聖法圏に立て籠もってから、ただの一度も、そう、ただの一度も魔物は侵攻してこなかったのである。


 そりゃ、太古の人々は最大級の安堵とともに、多少は拍子抜けしただろう。

 けれど、それで気を抜いていい理由にはならない。

 いつか来るかもしれない最悪の事態に備えて、人は新しく手に入れた錬鉄機鋼のテクノロジーを用いて、軍事力の強化をコツコツと積み上げてゆくことにした。


 だが、そうすると問題が発生する。

 性能テストはどうするの? という話だ。


 実戦が頻繁に発生するならそのなかで積み重ねられたデータをもとに検証をすればいいが、それがゼロなのでは、新しく開発したものの評価が出来ない。


 ―――オーケー、ならばテスト用の『魔物』を、錬鉄機鋼で模倣して作ってしまえばいいじゃない!


 という経緯で生まれたのが、マリーオウ達、想定敵<ディオ=マテウス>である。

 ……発想はわからんでもないけれど、それを実現できてしまうのがアレッサリア民の凄いところだ。


 そういう理由で生まれたのが、目の前にいる『魔物・大蜈蚣』を模したマリーオウだったり、『魔物・大鬼』を模したウィルゴラムだったりする。


 言うまでもない事だが、だからこそ彼らのスペックはメチャクチャ高い。

 想定敵ではない、純粋な軍用機としては最新かつ最高水準にあるグレースブルースですらも、単機で彼らと戦うのは無理という。

 いわんや生身の人間が、一人で戦える相手ではないのだ。

 そりゃ、これ(のオリジナル)に人類滅ぼされてるんだから当然だ。


「蜈蚣(ワタクシ)の最大の武器は、毒による攻撃――と思われておりますが、実際はさにあらず」


 あの体躯なら小回りはきかないだろうと、開けた場所から樹々の生い茂る間隔の狭い場所へ潜り込んで空間の限定された局地戦に移行してみたものの、前後左右からマリーオウのプレッシャーを感じる。

 長大な蜈蚣の体躯をくねらせて、森の中に即席の迷路が形成されている。

 その壁には先ほど部下を屠った(死んでない)鋭い爪を備えた脚が無数に生えて獲物を待ち構えていた。


「千変し、縦横無尽に戦場を押さえるこの体節(からだ)こそが、蜈蚣の真骨頂ですわ」


 身体が大きくて自由に動き回れないなら、その大きな体で相手の行動を制限すればいい。

 なるほど、合理的でとても厄介な戦術だ。


 蜈蚣候の身体は固い外骨格に覆われていて、防御力も高い。

 一番攻撃が通るのは頭部なので、狙うべきはそこだ。

 が……。

(こちらの狙いは分かったうえで、誘い込むために周囲を包囲してきた。

 マリーと戦うときの定石だから、この展開は想定内)


 ……ただ、ここからの展開は少し捻らせてもらおうか。

 素早く通信回線を開き、蜈蚣候に気づかれないように声を潜めて通信する。

「……各員、生存確認」


「―――鉄鷹<ヴァサル>1、作戦行動に支障なし」

「丘豹<アドム>3、被害は中。機動に影響ありませぬ」

「山鷹<ガンフ>2、作戦行動に支障なし。

 死ーぬーかーと思ったでござる(´;ω;`)」


 残ったのは3機か。

 相手が相手なので、上々の結果といえるな。

 つかギンジあの通信の後で逃げ切れたのね。地味に凄いな。


「最終プランでいく。大筋は事前のミーティングで詰めた通り。

 配置は各員のコンディションで擦り合わせて対応するように」

「「「御意」」」


 あまり通信を長引かせると、蜈蚣候に気づかれる恐れがあるので、素早く通信を終了する。

 あとは合図があるまで、こちらでひきつけておく必要があるが……。


「―――うふふふふふふふ。

 王子~~?

 どこにいらっしゃいますの~………?」


 薄暗い森の木立の合間から、ギチギチという音と一緒に漏れ聞こえる不気味な笑い声。ときおり視界の端に蠢く異形の影。

 完全にホラーである。

 ………あれで本人は私とのかくれんぼ(彼女基準)を単純に楽しんでるだけなのだから、何とも言えない。


 ―――その開発経緯から姿形が魔物に似せた異形である想定敵シリーズにあって、彼女は特に『魔物らしい』錬鉄機鋼といえる。


 反則なまでの質量、毒を多用する悪辣な戦闘スタイル、その禍々しい見た目。


 古来より、彼女に戦って勝つことが、この国の軍事に携わる錬鉄機鋼たちにとって目標であり、義務であり、基準であった。


 ―――想定敵。

 人類の最大の敵を模倣し、人類の勝利のために、人類に負けるために生まれた機械の魔物。


 最大の敵であるがゆえに最強であり―――それはつまり、この国の最強の守護者でもある。


 魔物と同等かそれ以上のスペックを求められたワンオフ(一品もの)の存在故にコストが莫大すぎて量産ができず、機械兵士としての運用は不可能だ。


 が、あらゆる技術の粋を集めて造られた彼らは、まさにこの国の生んだ技術の結晶ともいえる。


 それを教導だけのために利用するのでは勿体ないということで、彼らには普段はこの国の守護の要を担う役目が与えられている。

 すなわち、このアレッサリア聖法圏を防衛する、四方面軍の司令官だ。


 この国の守備の要は、自分たちをこの国にまで追い詰めた魔物の似姿をしていた。


「王子~~………?

 どこですの~………?

 …………ワタクシ、ちょっとさみしくなってきたのですけれど~……?

 この森、昔から暗くて怖いんですのよ……」


 ……うん。

 姿はそりゃあもう恐ろしい魔物なんだけどね。

 性能も漏れなく、軍で相手する怪獣みたいなレベルなんだけどね……。

 割と中身はみんな結構親しみやすい性格をしている。


 この前湿地帯で会った東部方面軍司令官・『羅號候』ウィルゴラムは岩山みたいに大きくて鬼みたいな見た目だけど、普段は草木を愛する純朴な草食系、って感じだし、このマリーオウだって、普段は自分の領地(南部)でガーデニングに精を出したり、典雅なお茶会を開いてうちの母さんを招いてたりする。

 ……その光景を想像できないだろうけど。

 想像できないだろうけど……(二回目)!


 と、そこで。

「―――あら?」


 動きがあった。


「―――各員散開、状況を維持しつつ、斉射開始!

 黒蘭<ハーカイン>に的を絞らせるな!

 頭部の位置に注意して、極力正面からの相対は避けろ!」

「了解」

「うぉぉおおお(`・ω・´)」


「―――驚いた、まだ生き残ってたのね。

 最後まで諦めない姿勢は見事。

 でもね―――」


 急激に、漆黒の体躯が蠢いた。

 百の体節が蠢動し、鞭のようにしなり、すさまじい質量を伴って『尾』が彼らを襲う。


「ぐああああ!!!」

「丘豹<アドム>3大破、戦闘不能!!

 山鷹<ガンフ>2、距離を空けろ、このままではまとめてやられるぞ!!」

「―――違うでござるぞ、鉄鷹<ヴァサル>1!!

 卿の狙いは―――」


「―――知ってるかしら?

 蜈蚣殺しの鉄則は何より、『頭』を真っ先に潰す事よ―――」


ゴシャア!!


「ぐぉおおおおお!!!」


 いつの間にか背後から迫っていた『頭』が、即席部隊で指示を出していた鉄鷹<ヴァサル>1を襲う。

 強力な咢でかみ砕かれ、そのまま彼は大破、戦闘不能となった。


「あとは残り一機と、アーレン王子ね。

 ―――!?」


「勁技発衝」


「―――渦透勁<イテル=ドゥ=ワドロン>―――!!」


 『頭上』から奇襲をかけた私の拳が、光を纏って蜈蚣候のガラ空きの頭部へと叩き込まれる。

 捻りを加えられ、複雑な流れとなった勁力の奔流が、彼女の硬い甲殻に浸透して内部へと衝撃をもたらす。


 想定敵随一といわれる、蜈蚣候の堅い防御を貫くなら、斬撃ではなく打撃。


「ぐふっ!?」


 その定石に沿った必殺の一撃は、確実に届いた。―――が。


「―――ぅうふふふふふふふふふふふふ。

 お見事ですわ、王子ぃ」


「やっぱ倒れないよね、これくらいじゃあ……!」


 予想はしていたので、私は蜈蚣候の頭上から、奇襲元である樹上までひとっ飛びで飛び移る。


 勁技というのは便利なもので、攻撃以外にも身体強化に使えば凄い跳躍力とか膂力を手に入れることが出来る。

 さっきの一撃も、勁技による単純な腕力強化・身体硬化に加えてエネルギー化した勁をインパクトの瞬間に相手にぶち込んで内部から破壊する、という、中々エグい一撃―――だったハズなのだが、それをくらった当の彼女はピンピンしていた。

 相手は人類史2千年の大敵を模倣した錬鉄機鋼。

 さすがに、一筋縄ではいかない。これくらいの攻撃じゃ全く効かない―――。


「ピリピリとした刺激が心地よくて、肩こりに効きますわ!!」

「低周波治療あつかい!?」

 想定外の効き方!

 いやっていうかそもそも、肩どこだよ?


 私は樹々の上を飛び回り、相手に狙いを絞らせないようにしつつ間合いを測る。


 ―――蜈蚣候の高い防御力の前では、射撃や斬撃はあまり効果がない。

 一番見込みがあるのは、打撃・衝撃によって甲殻のむこうへダメージを通す手段だが……それをするには、あの巨体に接近しなければならない。


 巨体でありながらも、彼女のベースはムカデのそれだ。

 百以上の節足で構成されたその身体は、恐ろしく機動性が高く、小回りが利く。


 蜈蚣候の真骨頂は、その機動性を活かして獲物を咢、またはその鞭のようにしなる巨体の質量で叩き潰す近接戦闘にある。


「想定敵の皆は敵に回すと難易度高すぎるんだよね、ホント……!」

 まだ1対1が成立するグレースブルースと戦うほうがマシだ。

 この状況を例えるなら、生身の人間が超スピードで暴走するパワーショベルを拳骨だけで止められる?ってレベルの話。

 ……まぁ、これだからこそ『想定敵』足りえるともいえるけども。

 これこそが彼ら彼女らの存在意義なので、当然の話ではあるのだ。


「うふふふふふふふぅ♪

 王子~。もう逃がしませんよぉ?」


 ぞわぞわと体節を蠢かせ、蜈蚣候が樹上を逃げ回る私に追い縋る。


「さて―――」


 私は背後に迫った彼女の姿を見とめると、逃げるのをやめた。


「おや、王子。

 もう追いかけっこは終わりですか?」

「そうだね。

 ―――そろそろ演習の時間もおしているから、終わらせてしまおう」

「うふふふふ。残念ですねえ」


 吐息ひとつ、私は両の拳に纏わせた勁を最大にして、樹上から根元でとぐろを巻いて包囲する蜈蚣候を睥睨する。


「いくぞ」

「どうぞ、よしなに♪」


 迎え撃つ蜈蚣候に対して、私は自由落下に任せて飛び込んだ。

 そして―――蜈蚣候の咢が私をとらえるというギリギリで、樹皮を蹴って横っ跳びに無理やり軌道を変えた。

 蜈蚣候もそれは読んでいたのだろう、跳んだ先では彼女の尾が待ち構えていた。

 それを―――。


「―――つ”ぁああああ!!」

 勁を纏った全力の拳で、迎え撃ち、弾き返す。

 その衝撃で、私の跳躍の軌道はさらに変わり、地面へと向かった。

 そこには―――。

 蜈蚣候の咢が待っている。


「これで、終わりですわ」


 当然のように、彼女の咢が弾き飛ばされて無防備な私の身体に狙いを定め、ガパ、と開かれた。

 それは完全に彼女の狙い通りの展開だろう。


 これは必然の結果と言っていい。

 1対1では質量からしてそもそも比較にすらならない相手だ。

 蜈蚣候からして、錬鉄機鋼でも、魔物でもない一人の人間など、敵ですらない。

 これは当然の帰結。


 ―――だからこそ。


「――――――丘豹<アドム>2、撃てぇええええ!!!!」

「―――!?

 ん、な―――!!?」


 ―――だからこそ、『大将自らが囮』とは、君も想定外だろ、マリー?


「そいやっさぁああああああ( ゚д゚)!!!!」


 光学迷彩を纏ってギリギリまで接近した丘豹<アドム>2――ギンジが、突如として現れて、蜈蚣候の横っ面へと無骨な兵器を叩き当てる。

 それは今まで彼が所持していた機動性重視の光銃などの兵装とは一線を画した、明らかに鈍重そうな、そして極悪なフォルムをした兵器。

 ―――ついさっきまで、私が陣取っていた本陣に、こっそりと隠し持っていたとっておきの切り札だ。


「―――――杭打機<パイルバンカー>、発射ァ(`・ω・´)!!!!」

 超大口径の銃口が、ゼロ距離で極太の杭を対象めがけて射出。


 ズドォオオオオオオオン!!!!

 

 大気と大地を震わせる、衝撃。


 射出された杭はあやまたず、狙いを定めた蜈蚣候の顔へと命中し、その巨躯を衝撃で跳ね上げさせた。

 私たちの、とっておきの一撃をまともに横っ面へくらった蜈蚣候は、ふらふら、ゆらゆらと身体を暫く揺らした後、轟音と共に地面へと倒れ伏す。


 静寂。

 私は油断なく身構えながら、敵の様子を観察する。

「………きゅう@@」


 蜈蚣候は、完全に目を回して気絶していた。

 ……杭打機<パイルバンカー>くらって、衝撃で目を回すだけってのもそれはそれで凄いけれど。


 ビーーー。

『―――黒蘭<ハーカイン>、戦闘続行不能により、対魔物想定戦闘演習は人類側の勝利となりました。

 本演習は終了となります。

 お疲れさまでした』


 アナウンスが流れ、私たちの勝利が決定したことが知らされる。


 ふう。

 どうやら、私たちの勝利のようだ。


 流れる汗をぬぐい、私はようやく息を吐くことが出来たのだった。


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