第8話 歳月の重さ



「王子、前方左方向に高地水牛の群れを確認。

 識別タグは――東エリアの12でございますな」


「へぇ、随分大きな群れだな。

 もしかして湖畔にテリトリーがあるグループ?」


「そのようで。

 餌場を探してこちらの湿地帯まで流れてきたのやもしれません。

 本日の観察対象の群れとは異なりますが、様子を確認されますか?」


 ここはアレッサリア聖法圏東部。

 ツェダ湖と呼ばれる、アレッサリア最大にして唯一の湖の湖畔に広がる、広大な湿地帯。


「そうだねぇ…。

 今日の目的は、水牛たちの自然繁殖状況の視察だし、彼らが無事繁殖期を迎えているかがチェックできれば良いわけだけど…」

「当該グループには環境庁の観測員が先月に3頭ほど妊娠した個体を確認済みであります(`・ω・´)」

「…んー。

 オーケー、目当ての群れは見つからないし、なら観察対象を切り替えてしまおうか。

 ギンジ。ハンドルきって、あの群れを観察しよう。

 なるべく脅かさないように」

「了解であります(`・ω・´)」


 後部座席の私の指示に従い、運転席に座った白銀の錬鉄機鋼は、的確なハンドリングで軽装車両(バギー)を操作した。

 車両は滑るように、芽吹いたばかりの緑の絨毯に覆われた湿地帯を走る。


 前方に広がるアレッサリア湖からは、湿気を含んだ涼やかな風が吹く。

 ほう、と、思わずため息が漏れた。


 北海道は釧路湿原に負けない、壮大なパノラマが眼前に広がっている。

 サファリだの湿原だの、大自然は前世ではテレビで見たことがあるだけだが、やはり、肌で感じる方が断然にリアリティというものがあった。


「王子、これ以上は彼らの警戒域に入ります」


「よし、この場で待機。観察を開始する。

 ………にしても、やっぱり近くで見るとすごい迫力だなー。

 天然のサファリパーク……いやもうそのままサファリなのか」


 あ、でも何かの冒険小説で読んだことがあるが、「サファリ」って言葉は元々、「狩猟のための旅行」とかって意味だったっけ?

 なら別に猟銃なんて持たずに観察オンリーならサファリとか呼ばないか。

 いやでもサファリパークって別に狩猟する場所じゃないしな…ぅうむ。狩猟しないサファリ…………じゃ〇りかな?


「ところで、王子の居た異世界とやらにも水牛は居たので?(´・ω・`)」

「ん?

 あぁ、居たよ。…まぁ見た目がちょっと違うかな。

 大きさは同じくらいで毛むくじゃらだけど、もっと色は黒かったし、角は三本もなくて、二本だけ。

 ……鱗も生えてなかったと思う」


 思案しつつ呟いて、目の前で群れる異世界の水牛たちを眺める。

 パッと見だと似ているんだが、若干水生生物っぽいアレンジが加わってる感じ。


「王子、あの群れの中央に三頭、仔牛を確認しました。

 母体と思しき個体も確認。

 どうやら出産は無事に終えたようです」

「そうか。順調に繁殖しているようで何より」

「近年は水牛の繁殖率も減少傾向でしたからな。このまま下げ止まってくれれば良いのですが…」

「ふむ………やはり、難しいか?」

「……は。

 やはり、繁殖地域が限定され、外部要因による遺伝子の刺激が望めない環境、というのは如何ともし難く……。

 環境庁の遺伝子調査では、やはり高地水牛の遺伝子構造も、種の限界に達している、と」

「人間同様に、か」

「……」


 答えず、白銀機(ギン)は静かに頭を垂れる。

 ままならないものだねえ……。

 麗らかな日差しのもと、美しい湖畔をバックに草をついばむ水牛の群れを眺めながら、私は静かにため息をついた。


 ―――この世界の偉い学者さん達は、その著書の中で「閉鎖環境におかれた種は生物学上の多様性を確保できず、やがて滅びに向かってゆくだろう」と予測した。


 近親交配を繰り返すと繁殖能力が低下したり、遺伝子の固定化が起こって環境適用能力が下がってゆくというのは、前世の地球でも言われていたことだ。

 えぇと、確か近交退化とかいったっけ?

 私もこの世界の文化を学んで驚いたが、各方面の学術文化は相当なレベルに達していたらしく、生物の持つ遺伝子構造も研究した痕跡が書物(データ)として残っている。


 ……ぶっちゃけた話、地球とアレッサリアを比較した場合。

 生物学や遺伝子学の分野もそうだが、他分野も含めて、地球の知識持ち込んでドヤ顔出来る程の文明格差が存在していない。


 せいぜいが、向こうの故事・成語を披露して感心されるくらいが関の山。

 マヨネーズTUEEとかやってみたかったんだけどね。無理だったよ……。


 普通にこの世界の調味料は化学調整されたものが主流になっていたし、2千年も引き籠っていた所為か、逆に食文化がメチャクチャ洗練されて多様化されていて、料理が凄く美味いからマヨ如きでは太刀打ちできなかったのだ。おのれ。

 うま味調味料もあった。おのれ。

 ……いや作り方とか知らないからどの道再現できなかったけれども。


「―――おや?」

 私がこの国の歴史と前世の知識の敗北に思いを馳せていると、湿地の向こうに『あるもの』を見つけた。

 おもむろに、首に提げていた遠視鏡で、改めてその方向を眺めてみる。


「どうなされました、王子?」

「―――でかい、岩があるな」

「岩?(´・ω・`)」

「うん、岩。

 それも、青っぽい、岩山」


 それは、青みがかった灰色をした、不自然な岩だった。

 辺りは見渡す限りの湿原で、そこだけ不自然に盛り上がっていた。


「……なぁギン、あんな岩、この辺にあったかな?」

「……いいえ、データには。

 そもそも、この周辺は泥炭層でございます。

 地質を考える限り、あのような岩山が突出することはあり得ないかと」


 空を飛ぶツグミの群れが羽を休めるように、その岩山に降り立つ。

 岩山は微動だにしない。

 …いや、それが岩山だというのなら、『微動だにしない』のは当たり前といえば当たり前なのだが…。

 私はその岩山に、見覚えがあった。


「……そういえばこの辺りって、まだ東部地方だったね?

 ならここは、ゴルの管轄区域じゃないか?」

「―――ああ、成程。

 『羅號候』どのですか。

 こんなところにいらっしゃるとは」

「ですが、もう随分と南部に近い領域ですな。

 殆ど境目と言ってよいかと(´・ω・`)」


 ゴル―――正式名称は『ウィルゴラム=南部工業共同体製軍用第六世代』。

 私がよく知る錬鉄機鋼の一体で、『羅號候』の名でよく知られた機体だ。

 軍庁長官である『紅眼侯』グレースや、王家家事長である『翠香侯』プリムラと同じく、爵号持ちの錬鉄機鋼である。


「……なんでまた、こんな僻地に東部方面軍の司令官が居るんだろうね?」

「さて……。

 あのお方……といいますか、四方面軍はどうにもクセのある機体(かた)揃いでして。

 中央の我らには行動パターンがさっぱり(´・ω・`)読めませぬゆえ」


 ……いやぁ、クセのアリナシで言うなら、お前ら(ギン達)も相当だと思うけど、とは口に出さず、私は青灰色の岩山を眺める。

 岩山はピクリとも動かない。

 ツグミたちはその岩山の正体に気付かないのか、暢気にそのてっぺんをちょこまかと歩き回り、嘴で羽をついばんでいる。完全にくつろぎモードだ。


「……やっぱり、挨拶しに行った方がいいかな? 絶対向こうも気づいてるだろうし」

「いいえ、いいえ。

 アレッサリアを治める王族たる王子の御前でございますぞ。

 いくら方面軍の長といえど、錬鉄機鋼ならば須らく、自ら喜び馳せ参じるのが筋というものでありましょうや」

「うぅん」


 そこまでしなくていい、というのが本心だが、威厳や体面は王室の一員として保たねばならないという王族の義務もあるから、何とも反論しづらい。


 ギンたちと同じ軍用機である『羅號候』は、アレッサリアを五つのエリア――東西南北と中央――に分けたうち、とくに東部に位置するエリアの駐留部隊司令官の役職を任されている。

 ガッチガチな縦割り組織であるところの軍庁において、トップは言うまでもなく、軍庁長官の『紅眼侯』グレースだ。

 そしてそのすぐ下に、前述の五つのエリアの司令官が就く形になっている。

 つまり、目の前にいる『羅號候』は我がアレッサリアの軍においてNo2の位置にいる機体だ。

 

 どうしたものか。

 魂の根っこの部分が平民気質だと、こういう時に苦労するなあ。

 と、その時。


「王子、水牛の群れが……(`・ω・´)」

 ギンジの言葉に、先ほどまで観察していた水牛の群れに再び視線をやると、群れがちょうど移動を開始したところだった。その餌場の食事をあらかた終えたのか、群れは進行方向を湖畔とは反対方向に舵をきり、そちらへとゆっくり、進み始めた。


「どうやら南部方面へ向かうようで」

「あちらは『廃鋼都市』の方角ですな。

 水源地から流れる支流がありますから、水牛の餌場もあるにはありますが、あちらの方面は…」


 水牛たちの進路を想像し、私たちの間に緊張が走る。


「あぁ。完全に南部方面軍……マリーの管轄だ。

 ……マズいな」

「マズいですな(´・ω・`;」

 私は微かに眉根を寄せた。

 

 先ほども少し触れたが、このアレッサリア聖法圏は大きく分けて5つのエリアに分けられる。

 東西南北それぞれと、中央。


 このうち、中央は当然、聖護法陣を安置している聖堂があるエリアだ。私やヴィザル・イェルダが住む屋敷もここにある。


 北部はかつて栄華を誇ったアレッサリアの中心地・通称『廃都』と水源地を抱えた霊峰『アレッサリア神山』。

 南部には錬鉄機鋼生産で栄えた『廃鋼都市』がある。

 西部はほぼ全土が、深い森林に覆われた樹海。

 東部には草原と、かつて避暑地として栄えたツェダ湖を中心とした湿地帯が広がる。


 今現在私たちが居る地点は、このうち東部と南部の境目あたりなのだった。


「南部方面軍の『蜈蚣侯』どの、神経質なわりに大雑把という、なかなか難儀な性格ですからなあ(´・ω・`;」

「……それも懸念だが。

 そもそも、南部(あちら)側の川って、『廃鋼都市』で工業用水として利用していた歴史があるんだろう?」

「ああ、それは確かに。

 繁殖期の水牛には、あまり適した環境とは言えませんな」

「これは、何とかして群れの軌道を修正せねば―――と、おろ(´・ω・`)?」


 ギンジが、視線を向けた先、そこには先ほど見た時より、ひと回り大きくなった、青灰色の岩山の姿が。

 ……いや、大きくなったのではない。

 よく見れば、先ほどはごつごつとした岩場にしか見えなかった巨体に、手足、そして頭部が見える。


「羅號候どのが動かれる様子……!」


 その威容は、一言で表現するならば鬼であった。

 見上げるほど大きな、青灰色の巨体。

 振り回せば錬鉄機鋼すらスクラップにできそうな筋骨隆々の剛腕は不自然なほど長く、3階建てのビル程はある巨体を補助するように支えている。

 頭部には二本の小さな角が見え、表情のしかめ面しさも相まって、地獄から這い出てきた悪鬼を彷彿とさせる。


 ズン、と地響きがなる。

 停止していた駆動車が、わずかに湿地の柔らかい土壌に沈み込む。

 羅號候が動き出したことで、近くの湿地で休んでいた水鳥たちが慌てて飛び立った。

 その異変に、水牛たちが気付いていないわけがない。

 隊伍を組んで湿地の向こうへ進もうとしていた水牛たちにとって、進行方向に突然現れた異形の存在は、さぞ予想外だっただろう。歩みは止まり、群れは例外なく、その場で立ち竦んでしまう。

 と。


「―――ゴ、ォ。

 ゥォォオオオオォォオオオオオンッッッ!!!!!」


 大鬼が、吼えた。

 その音声は凄まじく、遠目に位置した私たちの位置でもビリビリと大気が震えるのを感じて、思わず身が竦む。

 私たちですらそれなのだから、まともにその『威嚇』を食らった野生の水牛たちはひとたまりもない。

 彼らはすかさず身を翻すと、一糸乱れぬ猛スピードで逆方向――つまりは湖畔の方まで――一目散に逃げてゆく。


 ……ふむ。これは……。

 そこに来てようやく、私たちは羅號候の意図に気付きつつあった。


「……なぁギンジ。

 まさかこれ、ゴルがあそこに岩山のフリして待機していたのって……」

「で、しょうなあ。

 羅號候どのともあろう方が、直々に牧童の真似事をやってらっしゃるとは(´-ω-`;」

「やっぱりか。

 ………でもまぁ、ゴルらしい、といえばらしいとは思うけど」


 呆れた様子の二人の白銀機を尻目に、私は苦笑いで青灰色の巨人を眺める。


 退散してゆく水牛の後姿を眺めた後、羅號候――ゴルがくるりとこちらを向き、おもむろに歩き始める。

 ズボン、ズボン、とその超重量に湿地が悲鳴を上げる。


 ギンジが慌てて駆動車のエンジンに火を入れ、車体を浮き上がらせた。(この世界の車に車輪は無く、聖気によって地面から浮かんだ状態で推進力を受けて進むことができる)

 やがて、ゴルは私達の至近距離まで来ると、膝をつき、頭を垂れた。


「―――王子。おひさしぶりでございます」

 その益荒男のような見た目にそぐわない、妙に舌ったらずな口調。


「ああ、久しぶりだな、ゴル。

 前にあったのは、去年の私の生誕祭の時だったかな?」

「はい」

「息災にしていたか……と、お前たち錬鉄機鋼に訊くのも妙な話か。

 我々は、今日は自然生物の繁殖状況視察だ。

 騒がしくしてしまったのだったら、すまなかった。

 本来であればこの地の守護者であるお前に話を通さなければいけない話だったが…もしかして通っていなかったかな?」

 チラリと、背後の二機を見る。

 ブンブン、と首を振っている。……どっちの意味だよ。


「いいえ。本日のごよていは聞いておりました」

「そうか? それならよかった。

 だが、だとしたらゴルはここで何をしていたんだ?

 ……あぁいや、別に責める気はないぞ。

 いたのが予想外だったから、ただの興味本位だ」


 その問いに、羅號候はぼんやり、と空を見つめる。

 この錬鉄機鋼はあまり口数が多い方でなく、どちらかといえば寡黙なタイプだ。

 会話もマイペースで、私や両親の前でもあまり変わらないので、プリムラやグレースをよくやきもきさせている。

 ややのんびりした気質のある私や義母などは、このゆったりとした会話ペースは安心するのだけれど。

 どっちかというと、マシンガントーク機能常備の錬鉄機鋼(れんちゅう)の相手の方が疲れるのだ、私は。


「王子、今なぜこちらをチラッと見られたので(`・ω・´)?」

「気にするな」

「(´・ω・`)」


 ……やがて、ゴルが考えをまとめたのか、口を開いた。

「……。日課です」

「日課?」

「……このきせつは、水牛たちは餌場をもとめてよく移動します。

 子供が生まれて、数がふえるので、水牛たちは柔らかい水草の生えている場所を探して、湿地帯のそばをウロウロしています」

「ふむ」


「……湿地帯の中ならいいのですが、たまに、群れによっては餌場をもとめて南や西に行きすぎたりします。

 この向こうにも湿地帯はありますが、そんなに大きくなくて、あまり水の質もよくないので」

「あー。

 だから、お前がここで監視して、水牛たちが湿地帯から出ていかないようにしている?」

「はい。それに……」

「それに?」

「むこうの草原にはえている花を水牛たちが食べてしまうと、南部のマリーオウがすごく、怒ります」

「あ、なるほど……。もう少し行くとすぐにマリーの管轄地域に入るものな」

 ふむ。


「……それは、マズいな」

「はい。

 そうすると、くれーむが東部(こちら)に来るので、たいへんです」

「あぁ、うん。それな」

「はい」

「……それは、たいへんだな」

「……はい」

 思わず、私も生暖かい目をして青空を眺めてしまう。


 私たちの話にあがったのは、南部方面軍司令官・『蜈蚣侯』マリーオウ。

 目の前の羅號候と同格の錬鉄機鋼だ。


 ……彼女には、個人的にあまり良い思い出が無い。

 彼女の見た目は蜈蚣…すなわちムカデである。


 黒いムカデ。超デカい。スゴイデカイ。

 ……そう、黒いムカデである。

 私が幼児の頃遭遇した『化け物』。

 あれが、『蜈蚣侯』。

 名前を、マリーオウ=アレッサリア国家謹製第八世代乙型という。

 初遭遇はこの世界に転生して間もない頃だから、ある意味プリムラの次に因縁が古い機体といえる。


 ―――余談だが、あの当時の出来事について本人(本機?)に聞く機会があったので聞いたのだが……単純に好奇心からだったらしい。

 ……その好奇心で私、小便チビるくらいビビったのだけれど。


 転生してきた私のことは錬鉄機鋼たちのネットワークで早期に情報が拡散していて、興味を抑えられなかったとのこと。


 蜈蚣侯に関しては、あの『初対面時のトラウマ』もあるが、その後も色々因縁があったりした。色々と思うところのある機体である。


「……しかし、あれだな。

 四方面軍の司令官といえば、いちおうゴルも軍庁の所属ということだろう?

 それが水牛の追い立てをやるっていうのはどうなんだ?

 環境庁の役目じゃないのか?」

 私の疑問に、横からギンが補足してくれた。


「王子、本来はそうなのですが…。

 環境庁はもう500年ほどまえから段階的に、組織の縮小化で監視員を削減しつづけていまして。

 環境庁所属の錬鉄機鋼は、稼働中のもので5機もおりません」

「え、そうなの?」

「はい。

 なので、各地方の生態系維持活動は、それぞれの方面軍がひきついでいるのです」


 マジか。

 ……いや、待てよ。よく考えてみれば、私たちが今やっている水牛の個体数調査も……。


「……えぇ。昨年まではヴィザル閣下がやってらっしゃったのですが、そもそもは50年ほど前に調査自体が廃止される予定だったのです。

 それを、『アレッサリアの生態系の記録を途絶えることなく残しておくことも、最後の人間の役目である』と若りしころの閣下が仰ったと聞いております」

「……なるほど」

 だから、腰を痛めた義父さんから、今回直接私に頼まれたのか……。


 ―――なお、義父さんが腰を痛めた原因は、食事中に落としたスプーンを拾おうとして腰を屈めたことが原因である。

 ……トシを取ると、若いころ出来ていた何気ない動作が命取りになることってあるよね。

 あれって肉体ダメージだけじゃなくて後から来る「わしこんなことも出来なくなったのか…」的精神ダメージも辛いのだ。

 そして義父さん、あなた王様なんだからそういうのメイドさんとかに取って貰いなよ?


「だが、そうするとゴルたち方面軍は日常的に環境庁の仕事もこなしているということか。

 それは大丈夫なのか?」

 主にオーバーワーク的な意味で。

「もんだいありません。とくにすることがないので」

「……そうなの?」

「はい。へいわなので。

 千年くらい」

「期間(スパン)が超長い……」


 ゴルはかなり古い部類の錬鉄機鋼で、アレッサリアの繁栄期である千年前に造られたヴィンテージ物の機体だ。


「……ゴルはもしかして、この季節はずっとここに居るのか?」

「はい。水牛たちが餌場を大きくかえるのは、子供が生まれて群れがおおきくなる、このじきだけなので」

「なるほど」


 何処からかツグミの鳴く声が聞こえて、探してみる。

 すると、ツグミたちはゴルの頭の上に陣取って、せわしなく追いかけっこをしているではないか。

 晴天の昼下がり、湖畔の大草原をバックにしたとても微笑ましく長閑な光景だが、ちょっと視線を下ろすと悪鬼の形相がコンニチワである。

 凄まじいミスマッチ感。

 見た目なら、今にも鳥たちをとっ捕まえて貪り喰らってゲハハハハとか高笑いしてそうな悪逆非道のイメージだが、彼はそんなことはしない。


 ツグミたちが戯れるのにまかせて、巨岩の如き大鬼型錬鉄機鋼は静かに、すっかり遠のいた水牛たちの群れを眺めている。

 その佇まいは、森羅万象を静かに見守る石像のごとし。

 自然を愛し、あらゆる生きとし生けるものを愛し、争いごとは好まず、平和な日々を願う。

 そんな心優しい錬鉄機鋼―――それが羅號候という機体であった。


 ―――このアレッサリア聖法圏の歴史は、2千年。

 その間、結局魔物たちはこの聖法圏に攻め入ることはできず、ただの一度も平和が脅かされることは無かった。

 結果として、彼らのみならず軍用機たちがその真価を発揮する機会は無く、この最後の楽園であるアレッサリア聖法圏で、平和に日々を営んでいたのだ。

 まぁ、そりゃあ軍用機が暇なのも当然か。

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