第6話 少年と世界と機械の従者/2


「―――で、王子?

 何か申し開きはございますか?」


 さらさらと、小川のせせらぎが穏やかな朝の爽やかさを演出する、森の木陰。

 そんな美しいロケーションの中、私はやや平たく整った岸辺の岩に正座してひたすら説教を受けていた。


「……あー、いや~……」


 相手は、身の丈3メートルはあろうかという乳白色の巨体。

 メタリックな乳白色ボディに鋭い6対の鎌腕、七色に変化する12の複眼を持ち、極限まで引き絞られた流線型のフォルム。

 明らかに人外のシルエットは、巨大な昆虫を思わせる。具体的に言えば、地球のカマキリがそれに近い。


 彼の名は、グレースブルース=アイガンダル工房第11世代2型。

 ―――この世界では『錬鉄機鋼(ギ=アプストル)』と呼ばれている存在である。

 そんな彼は、その自慢の6対の鎌腕を(どうやってるのか)器用に交差させ、腕組みをしてこちらを見下ろしていた。


「此度の訓練プログラム、レギュレーション規定によれば勁技<ィテリオ>の使用は禁止であった筈ですが?

 事前のミーティングで、そう仔細遺漏なく説明したと私の記憶にログが残っております」

「……あー……だね、うん。………ハイ」

 恐ろしい姿形からは想像も出来ない渋く深みある穏やかなバリトンボイスが、静かにただひたすら理知的に、私の非を追求する。


「事実の相互理解が得られたようで何よりでございますな。

 ではそれを踏まえた上で、先ほど訓練の際、王子がなされた事を論理的かつ合理的に説明頂けますか?」


 そして、彼―――グレースブルースは、錬鉄機鋼の中でもとびきり優秀な軍事用の機体だ。

 軍庁の長官職に任じられ、『虹眼候』の爵号を戴く程の超ハイスペック機。


 ――余談だが、この『虹眼候』という呼称、その複眼が七色に色を変えることから付いた名である。

 普段は奇麗な緑色で、その感情に合わせて黄色や青等、様々に色を変える。

 また、その頭部に沢山ついた複眼がどのくらいの割合その色に変わっているかで感情のレベルがわかる。

 ちなみに、現在の氏の12個中6個の複眼は、びっくりするくらい奇麗な真紅色に染まっている。


 赤は怒りの感情を示す色。

 つまり『虹眼候』氏、ただいま、超激おこ。


「―――そ………………その場のノリと勢い、的な?」


 ピコーン。(←赤の割合12個中8個に変化した音)


 なお、この世界にアイザック=アシモフはいないのでロボット三原則はない。

 こまったね。


 ―――私の名はアーレン=ディ=アレッサリアという。

 今年で12歳になる。

 父はこの国―――『アレッサリア聖法圏』の国王ヴィザル=ディ=アレッサリア。

 母は王妃イェルダ=メイ=アレッサリア。


 まぁつまりは、一応この国の第一王子ということになる。

 第一も何も、人間はこの3人しかいないのだけれど。


 ―――『虹眼候』からお説教をうけること、30分余。


「ひどい目に遭った…」


 ようやく説教地獄から解放された私は、痺れた両足をさすりながら、小川の岸辺に用意された簡易式の東屋(レストハウス)で身体を休めていた。


「はぁ……。

 それはこちらの台詞でございますぞ、王子」


 すぐ近くには乳白色の巨体。器用に身体を折り曲げて、(彼的には)跪く格好で東屋の外に控えている。

 東屋は雨除けの屋根と床、四方の柱のみで構成されたシンプルな造りで、広さは4畳半程度、屋根の高さも2メートル程度だ。

 グレースブルースは、例え身を屈めてもサイズ的に東屋に入る事が出来ないので、外で待機していた。

 そんな彼の周りには、小柄な医療用錬鉄機鋼が纏わりつくようにくっついて、身体にセンサーを当てて破損状況をチェックしているところだ。


「此度の訓練プログラム、あくまで、戦術連携を重視した陣地の争奪戦が要旨でございました。

 あの場面の展開に於いても、王子に求められていたのは中央本陣が強襲を受けた際の適切な部隊運用と指揮能力の発揮でございます。

 それがまさか、総指揮官自ら単騎特攻とは…。

 それがしも、勁技を用いた1対1の戦闘は想定しておりませなんだ」


「いやーあはは。

 ………途中までは頭の中にあったんだよ?

 最初にぶつかり合った後は、グレースを足止めした後すぐさま後退して、転進した『山豹』隊と挟み撃ちするプランを考えてた。

 ただ、斬りあいが思った以上に白熱しちゃって…ついうっかり」


「ついうっかり、ではございません!

 想定しておりませんでしたから、対勁コーティングも無く王子の勁技をまともに身に受けてしまったではございませんか。

 おかげでこの有様……。

 これでは工廟庁の連中に何を言われるやら…」

 グレースブルースは、自分のボディ部分に視線をやりながら、複眼をゆるゆると点滅させていた。

 そこには、かなり派手なヒビが入っているのが見てとれる。


 …いや、ホントに申し訳ない。

 後で工廟庁には私からフォロー入れておこう。


 私たちがそんな会話をしている間。

 私の傍らにも数体の錬鉄機鋼が控え、身体に異常が無いかを検査していた。

 うち一体は、薄桃色の女性的なフォルムを模した錬鉄機鋼。

 私が説教されていたその間も、彼女はそれにお構いなしで切り傷や小さな怪我の治療をしていた。


「坊ちゃま。お身体の具合で、何か不具合はございますか?

 めまい、動悸、息切れなど、些細なことでもありましたらご報告ください」


 女性的な機械音声が、淀みない発音で身体の不調を尋ねてくる。


「いや、大丈夫。健康そのものだよ。

 ありがとう、プリムラ」


 正座してた足がまだちょっと痺れているくらい。

 …うーん。日本人伝統の反省スタイルたる正座待機はごつごつとした岩場でやるのは今後はやめた方が良いな。

 別に求められてたからやったわけでもないし、異世界で機械の彼らにはあまり意図も伝わらないし。


「然様でございますか? もし何か身体の具合に異常などあれば、ご遠慮なく仰ってくださいませ。

 直ちに対応いたします」

「ははは。心配いらないよ。

 実際、負った怪我なんてかすり傷程度だ」

 薄桃色の錬鉄機鋼の問診に、私は笑って答える。

 ただ、そんな回答が彼女には不満だったようで、

「何を仰いますか。

 坊ちゃまの御身は国家の未来と同義、何にも代えがたき国の宝なのですから、これでも配慮としては全く足りていないくらいなのです。

 そもそも、この物騒で野蛮で前時代的で必要性を疑問視せざるを得ない実戦訓練などというものの実施から見直すべきだとワタクシは常々―――」

「う」

 マシンガンの様な小言が始まった。


 しまった。

 思わず頬が引きつる。

 すると、グレースブルースが、ずい、と身を乗り出し、その言葉に反論した。


「…<翠香候>よ、おぬしの配慮も尤もとは思うがな、それは少々過保護すぎるというものであるぞ。

 いわんや王子はこのアレッサリア聖法圏の次代を担う御方。

 何よりも強い心と身体、指導者として相応しき克己の姿勢を学ばねばならぬ。

 それを蝶よ花よと無菌室で育てては、決して良き指導者には―――」


「はぁ。それが前時代的、野蛮だというのです<虹眼候>。

 国王となるべき御方が、なぜ剣の振り方など身につけねばならないのですか。

 身につけるべきは国政の知識と王としての在り方。剣を握って振るう必要性などどこにも無いでしょうに。

 王を守るため、剣を振るうのはあなたたち軍庁官吏の職務(しごと)では?」


「それは論点のすり替えだ、翠香候。

 お主の言っているのは非常時の役割、職分の言及であり、ここで議論の対象とすべき、王子の得るべき資質とはまた問題を異にして――」


「あー……そこまでにしてくれないかな、プリムラ。グレースも。

 …プリムラ、この演習への参加は、私の方から軍庁へねじ込んだものだ。

 私が望んでやっていることなんだから、グレースを責めるのは筋違いだろう」


「……。で、ありますか。

 坊ちゃまがそう仰られるのでしたら、否(いや)は申しませぬ」

 やや不満そうに。


 翠香候と呼ばれるこの錬鉄機鋼の名は、プリムルワーレ=イリッシュ社製第十二世代5型。

 昔から私たちにはプリムラの愛称で親しまれている、王家に深く関わる機体である。

 まだ錬鉄機鋼、という存在を知らなかった頃、私は彼女をメイドロボットと呼んでいたことがある。

 ……今となっては懐かしい思い出だ。

 私は流麗な、洗練された仕草で礼を示す薄桃色の女性型錬鉄機鋼に苦笑いで応える。


「………まったく。で、これ何回目の議論だっけ?

 演習やら稽古やらの後は、お前たちのそのやり取り、いつも見てる気がするんだけど?」


「27回ですな。私の記憶容量によれば」

「27回ですね。ワタクシの記憶容量によると」


「…わかってるんだったらいい加減やめてくれないかな。

 聞かされているこっちの気が滅入る」

「ですが坊ちゃま、ワタクシの懸念する怪我とそれに伴う感染症リスクは決して無視してよいものではなく―――」

「あーあー。わかったわかった、わかったよ!

 後で医療庁に行って健診受けてくるから。それで良い?」

「はい。何卒お願いいたします」


 深々と、改めてプリムラと私が呼ぶ機体が頭を下げるのを眺めつつ、そのお辞儀にわざとらしさを感じても気付かないふりをしてデッキチェアに身を沈める。

 ちらりと外のグレースブルースに視線をやるが、当人は先ほどの言い争いは何だったのかというほど何事もない態度で、静かに佇んでいる。


「…。二人とも私が医者嫌いなの知っているだろう?」

「ですな」「ですね」


 間髪入れずのその回答に、茶番、小芝居、という単語が脳裏をよぎった。

 が、言ってもはぐらかされるだけだし、彼らがああでもしなければ医者嫌いの私がすすんで健診なんぞ受けるわけがないと理解されているからこそだと思えば、これ以上突っ込めば藪蛇だとも分かっていた。


「僭越ながら。

 お言葉を重ねさせていただきますが、医療機関にかかるのは好き嫌いで決めることではありませんゆえ」


 つい、と視線を上げて何かを思い出すような仕草を見せるプリムラ。

 妙に人間臭い仕草も、常日頃から家事長として我が家に仕える完璧メイドロボットたる彼女がやれば、洗練された動きに見えるから不思議だ。


「…そういえば以前、坊ちゃまより教わった異世界の言葉にとても興味深い言葉がありました。

 『転ばぬ先の杖』でしたか?

 まさにまさに。杖というものは転んでから持っても遅いのです。

 転ばぬためにこそ杖はあるのですよ。

 故に、普段から杖を傍らに置いておくことこそに意味があるのです。

 嫌いだからと遠ざけては意味がありません」

「…うぐ」


 正論すぎて反論できない。

 この2機は護衛と乳母役という立場で十年以上私を観察してきている。

 私のあしらい方という点ではもはや熟達の彼らに、口でかなう筈もない。


「あーはいはいわかったわかった、わかったよ。

 …はぁ。

 いつも思っているし、何度も言っている気がするけどさ。

 …キミらはどうも、過保護というか心配性が過ぎる」


「それがワタクシの職務でありますれば。

 坊ちゃまの『杖』である事が、私の誉れに御座います」

「それがしは『剣』たる我が身を誉れとする、軍事用機に御座います。

 ですが、『剣』とて御身が倒れそうになれば『杖』の役割も果たします故に」


 こちらの嫌味もどこ吹く風の2機に、思わずため息が漏れる。

 論理(ロジック)の申し子たる彼らに、口で勝てるはずもないのだ。


 錬鉄機鋼(ギ=アプストル)。


 この国―――『アレッサリア聖法圏』で造られた、高度なAIを搭載した機械生命体の総称だ。

 彼らを表すならば、やはりSFにおけるロボットとか、ファンタジー作品にでてくるゴーレムが存在として一番近いイメージだろうか。


 その身体はこの世界で概念錬鉄(アポサイト)と呼ばれている特殊な素材で出来ていて、自律的な行動をとることができるほどに高度なAIを搭載している。

 人によって造り出された彼らは人の命令にきわめて忠実であり、与えられた役目を着実に、その鋼鉄の意思でもって果断に実行する。


 一般的にイメージされるロボットやゴーレムと明らかに異なるのは、その洗練された思考回路だ。

 全ての錬鉄機鋼は例外なく、深い思索を行える論理的思考能力と、人間と違和感なく会話できる程の倫理理解能力、ファジーさを受け入れる不完全結論許容能力を備えた、驚くべきAIを搭載している。

 造物主である人間に対して絶対的な忠誠心を持ってはいるが、どの機体も豊かな感情と個性と呼べる性質を持っていて、機械と会話するような不自然さを感じることは殆どない。

 …うーん、そういう意味では、ロボットよりもアンドロイドや人造人間の方がイメージに近いかもしれない。

 ―――彼らを造り出した、この世界の人間たちの技術力にはただただ、感嘆する。


 ―――そもそも、この世界は、2千年前の時点ですでに『詰んで』いるのだ。

 聞いた話では、まず、世界に『大穴』と呼ばれる、恐ろしい瘴気と魔物を生み出す穴が開いて、人類は衰退を余儀なくされたのが悲劇の始まりだった。

 そして、僅かな生き残りが『聖護法陣』というバリアで囲まれることによって安全地帯となった『聖法圏』に逃げ込んで、かろうじて生き繋ぐことができた。

 …幸い、聖法圏は元々水や資源が豊富な環境だったから、生活を維持することはそこまで困難ではなかったようだ。

 それでも、残ったのはほんの僅かな土地だけで、それ以外の外界は、人間が聖法圏の結界から外に数秒出れば臓腑が腐り落ちる瘴気が満ちた、死の世界が広がっている。

 どう考えても、絶望的な状況だ。


 しかして彼らアレッサリアの民は諦めなかった。

 限られた資源と土地の中で、自分たちに何ができるのか?

 ―――まず彼らが着目したのは、自分たちを守護してくれる『聖護法陣』だった。


 『聖護法陣』は、この土地――アレッサリアを魔物と瘴気の侵攻から守ってくれるバリア、障壁だ。

 その仕組みの一端を解析して、アレッサリアの民は『法気(エィテル)』という概念を得た。

 この法気というのが、アレッサリアの存亡と発展に重要なターニングポイントになった。

 法気は、まずエネルギーとして超有能だった。

 聖護法陣から殆ど無尽蔵に湧き出して、聖護法陣の中であれば無条件に供給される魔法のエネルギー。

 例えば前世の社会では、電気エネルギーが文明の根幹を成していた。

 発電とは基本的に羽根車(タービン)を熱蒸気の力で回して電気エネルギーを生じさせる仕組みで、電気エネルギーへの変換効率が良いほど理想的なエネルギー源とされていた。

 対してこの世界の法気だが、まずエネルギー変換の必要がない。

 これ自体が聖護法陣から生じて、そのまま、この世界の機械技術の動力源として成立するのだ。

 反則である。

 先程も言及したが、法気は聖護法陣から湧き出すモノで、しかも枯れることがない。

 これを動力源にしている錬鉄機鋼は、常に聖護法陣から法気の供給を受けていて、エネルギー切れになる心配はない。

 ……改めて言う、反則である。


 ともあれ。

 最後に残された人類国家・アレッサリア聖法圏は、その発展・継続にとって必須かつ生命線とも言っていいエネルギー問題が、法気によってサクッと解決してしまったのだ。

 これは本当にデカい。

 私の前世の世界で例えるならば、砂漠一面で大地の恵みから見放されたような僻地で油田が掘り起こされたようなものだ。

 この法気をエネルギーとして活用する手段を確立出来たからこそ、アレッサリアは魔物と瘴気に囲まれ孤立して尚、死の淵ギリギリで留まることが出来た。


 そしてこの法気、更にスゴイ可能性を秘めていた。

 物質化できるのである。

 意味わからないよね。


 ―――ざっくり説明すると、法気には3つの状態変化が存在している。

 理科の授業で習う、物質の3態をイメージしてほしい。

 『温度によって、気体・液体・固体に変移する』、というアレだ。

 例えば、水は、温度変化によって水蒸気・水・氷に変移する。

 それと似たようなもので、法気には『勁圧負荷によって、エネルギー態・虚像態・実像態に変移する』という性質がある。

 詳しい説明は省略。


 実際、今は私も『勁学』は勉強中の身なので、正確な説明はまだ難しい。

 前世には無かった概念だし、教科書メチャクチャ分厚くて、勉強のし甲斐はある分野だけどね。

 …まぁとにかく、法気は水みたいに、ある条件下で変化する、とだけざっくり覚えればいい。


 そうして物質化した法気を金属として固定したのが概念鉱(アポス)、それを精錬することによって生み出されるのが、概念錬鉄(アポサイト)というんだそうだ。

 そう、前置きが長くなったが、彼ら錬鉄機鋼(ギ=アプストル)の素材はコレなのだ。


 元がエネルギーだからなのか、とても軽量、そして錆といった劣化の概念がない。

 とても頑丈で、こんな鎖国状態の国であっても、国家が存続する限りはほぼ無限に生産が可能。(法気が無くなる=聖護法陣なくなる=死なので、当たり前といえば当たり前だが)

 法気がどれだけアレッサリアという国に貢献してるかは、もう、説明の必要もないだろう。


 ちなみに錬鉄という名称の素材は前世にもあったが、この世界でいう錬鉄とは縁もゆかりもない。

 この世界ではしっかりとした理論の上に成り立った金属素材なのだが、前世からしてみたらかなりのファンタジー素材である。


「…どうかされましたか、王子?」

「…いや。

 改めてキミたちって、なんというか、すごいなぁ、と思って」

 それを聞いて、グレースブルースは複眼を青く輝かせながら鎌腕を大きく広げる。誇らしそうに。


「それは当然でございます。

 ―――われらは錬鉄機鋼。アレッサリア聖法圏の叡智の結晶にして<人間閣下>の鋭利なる剣。

 世界から瘴気を打ち払い、跋扈する魔物を斬り伏せ、世界を取り戻すことこそ宿願にて―――」


「はぁ―――カタログスペックの詐称は論理的問題行動ですよ虹眼候。

 あなたにしろ、近世に開発された軍用機はそもそも外界探査機能が未実装でしょうに」

「ぬ」


 どこか呆れたような口調で、プリムラが水を差した。

 それに対して、やや不機嫌そうに複眼の輝度を下げるグレースブルース。


 そうなのだ。

 先程、彼らの動力源や素材として扱われている法気と錬鉄の説明をしたが、それを踏まえると、彼らの弱点というか、欠点が見えてくる。

 つまり、彼らは外界――聖護法陣の外ではほぼ活動できないのだ。

 聖護法陣から湧き出る法気を、動力源や素材として利用している関係上、外界では十分な動作どころか、形態の維持すら難しい。

 アレッサリアの長い歴史の中では、外界探査や魔物への攻勢行動のために、蓄エネルギー技術の向上なども行われたことがあるらしいけれど、それは全て頓挫してしまったのだそうだ。

 「常に電源に接続されている」という前提ゆえに動力エネルギー容量が確保され、今のグレースブルースのような高性能な機体が生まれた。


 けれどそれは、プリムラが指摘したような「常に電源に接続されている」=「聖護法陣内限定」という前提無しでは成り立たない仕様を許容しなければならないわけで。

 ……「錬鉄機鋼を、外界で動かす必要はない」と結論付けた大昔の人々は、どのような感情でそれを決定したのか、今を生きる私には知る由もない。


「それでどうやって聖法圏の外に出て魔物を斬り伏せるのです?

 あなたたちの役割は国家、ひいては<人間閣下>の守護であって、害虫どもの駆除ではありません。

 ……千年以上、一度も『聖護法陣』を破って侵入したことのない瘴気と魔物なぞ、何するものぞ、という話ですわ」

「……翠香候よ。それは了見の狭い思考回路だ。

 そもそも世界の盟主だった人類が、このように狭い領域に押し込められてしまっている現状の打開こそ必要なのだ。

 われらはそのために存在している。

 そのためにこそ、にっくき魔物どもを殲滅し、人の世を取り戻しうるわれら『錬鉄機鋼軍』の力が必要なのだ!」

「はぁ。

 ここ5百年で思いっきり削減されているでしょうが、あなた達軍庁は」

「ぐぅ」


「われら錬鉄機鋼の最優先事項は<人間閣下>の守護。

 そして国家の平穏と、円滑なる国家運用の補助です。

 人と国家を支えてこそ、われらの真価は発揮されるのです。

 あなたとて、自身の高出力を補えるエネルギーを法気でしか確保できないからこその専守防衛型軍用機なのですから」

「えぇい、ああ言えばこう言う……ッ!

 これだから低スぺの家庭用(コンシューマ)は…!」

「あらあらあらあら?

 死に機能満載でカタログスペック自慢しか能の無い軍用(ミリタリー)は、どうやら大事なAIが低スぺのようですわね?」


「ぐぎぎ」

「ぐぬぬ」

「あーはいはい。やめろよーグレース、プリムラ。

 いちおー王子の御前であるぞー」


 至極やっつけ気味に王家の威光を示しつつ、臨戦態勢の二機の間に割って入る。


 ぶっちゃけ、この二機の仲が悪いのは昔からなので、もう慣れてしまった自分がいる。

 まぁこれでも彼らが絶対的に忠誠を誓う<人間閣下>さまらしいので、私が間に入れば彼らはすぐに矛を収めるのだ。


 グレースは軍庁長官という役職と兼任で、私の護衛役と戦術指南役を務めている。

 プリムラは元々王家…というか『我が家』の家事長という立場と、私がこの世界に転生してからは私の乳母役をずっと務めてくれている。

 つまり、小さい頃から顔を突き合わせている家族同然の存在だった。

 …仲悪いくせに、私に言うこと聞かせたいときはしれっと連携してくるので油断がならないのだが。


「…さて。

 陽も高くなってきたし、そろそろ帰るか。

 義母さんが昼食用意して待っているだろうし」


「かしこまりました。お車はこちらに用意してございます」

「王子、後の始末はこちらにて行います故。

 …ああ、あと途中で医療庁にて検診もお忘れ召されるな」

「…」


 さっきまで険悪なムードだったのに、グレースもプリムラも、何事もなかったかのようにふるまう。

 異様な切り替えの早さ。


 彼ら錬鉄機鋼はとにかく論理的で、あらゆる物事で理性を優先し感情を制御することができる。

 …そういう存在だ、と言われればそれまでだが。

 未だにちょっと馴れないし、彼らが人間とは異なる存在だと思わされてしまう部分の一つでもあった。

 

 …ふと視線を外すと、東屋の向こうでグレースブルースの部下たちが輸送車両に3機の白銀機を積み込む最中だった。

 3機の有様はそれは酷いもので、胴体が横一文字に真っ二つされていたり、手足が完全に分離していたりと、バラバラ殺人もかくや、という様相である。


「…なぁ、グレース。あれちょっとやり過ぎだったんじゃない?」

「ご心配なく。中核回路(コア)に影響のある攻撃は与えておりませぬ」

「いやでも、割と容赦なくぶった斬ってたよね?」

「問題ありませぬ。

 彼らの修繕費も込みで事前に稟議を通しております」

「いや、費用感を問題にしてるんじゃなくてさ」

「……仕方がないことなのです。

 実はあの連中、王子の親衛隊に着任して以降、増長甚だしく、少々頭部のネジが弛んでおると報告を受けておりました故。

 少し灸を据えさせて頂いた次第にて」

「……」

 思い当たる節がある。

 …よくよく耳をすませてみる、と。


 「拙者の、拙者の右足が見当たらぬ!メーデーメーデー!」


 「あ、もうちょっと丁寧に積み込んでくれない?拙者とってもデリケートな最新鋭機体でござ…あ右腕投げないで投げないでもっと優しく扱ってっ(´;ω;`)」


 「ギンジ、ギンザよお主らもう少し静かに出来ないのか…?」


 とかやたら元気そうな声が。

 なるほど。心配する必要なさそう。

 思わず、苦笑いしてしまう。


 なお、3機の上司に当たる虹眼候どのは、機械の身体にそぐわない、妙に人間臭いため息を吐いて、雲一つない晴天を見上げていた。

 その機械の横顔に、ダメな部下を抱える中間管理職に似た悲哀を感じた。


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