第1章 滅びゆく人の国について

第5話 少年と世界と機械の従者/1


 小鳥たちが静かに囀り、旭光が朝露の滴る木の葉を照らし出す。


 ―――そこは、薄霧ただよう朝の森。


 静かな微睡みの中にある、目覚めたばかりの木々たち。

 深緑の葉が生い茂り、その身から朝露を惜しげもなく滴らせている。

 やがて陽が昇れば森を喧噪で満たす鳥たちの囀りも、まだ、そんな木々の葉擦れの音にも満たない。

 森を住処とする動物たちも、やがてねぐらから這い出して、日々の営みを始めるのだろう。


 そんな、未だ微睡みに包まれた朝のひと時。


 ゆらり、と。

 薄霧が揺らめく。

 静寂な森に、明らかな異物が突如として出現した。


 現れたのは、白銀色の巨体が3つ。

 全体に鋭角的なデザインを施されたそれらは、見る者が見れば『中世の騎士のようだ』と評するだろう。

 また別の者が見れば、『漫画やアニメに出てくるロボットみたい』という。


 全身甲冑(フルプレートメイル)を連想させる白銀色の重装備を身にまとったそれらは、自然に溢れた森の風景にはそぐわない、金属質の光沢を放ちながら、森を睥睨していた。


「―――こちら山鷹(ガンフ)4。報告:周囲1キルメルに敵影なし。

 状況を確認。安全と判断。

 ―――各員の『自然迷彩』の解除を申請」


「……山鷹リーダー、申請承認。

 各員、迷彩を解除」

「「「了解」」」


 極限まで研磨された白銀の鎧は、上質の光沢によって朝の光をまるで極光の如く反射していた。

 彼らは、まるではじめからそこにあったかのように静かに佇み、そうするのが当然だというように淀みない所作にて頭を垂れる。

 次に姿を現したのは、一人の少年だった。


「山鷹4。詳細な報告を」


 年の頃は10代の前半といったところ。

 まだ幼さを残しつつも、大人の精悍さを宿しつつある、そんな途上の年頃だ。


『―――報告します。

 目視、各種センサーによる詳細走査にて周囲2キルメルを走査。

 敵影は発見できませんでした』


 少年は、周囲の気配を探るように首を巡らせる。

 その金色の髪が、朝の光を浴びて輝くように揺れる。


 美しい少年だった。

 端正な顔立ちと、朝露を弾く、透き通った肌。10人いればその10人すべてがその少年の美しさを賛美せずにはいられない、紛う事無い美少年である。

 ただ無造作に周囲を眺めただけのその所作すら、絵画の世界から抜け出してきたような際立った美しさを備えている。


『併せて、音感センサーによる周囲3キルメルを広範走査しました。

 こちらにはブルーラインに敵影2機を確認。位置は――』


 少年の眼前に、円形のレーダーのような映像が突然、現れる。

 その映像は中心部から赤、黄、青と色分けされ、外縁部にあたる青色のエリアに点滅する光点が2つ、表示されていた。

 少年は不思議に思う様子もなく、その映像をじっと眺める。


「……ふぅむ。敵影がバラけているな。

 連中(むこう)は単機行動か。

 これは陽動か、あるいは……ふぅむ」


 微かに鎧擦れの音が鳴る。

 いかにも贅を尽くした、凝った意匠の軽鎧(ライトアーマー)に身を包んだ少年は、レーダーを睨みながら思案に耽る。


「…うん。

 どう見ても、配置が露骨だねえ。

 同時制圧に動いている要所が的確かつ離れすぎている」

「御意」


「―――山鷹4、『白雁(グレース)』の位置に関する予測情報は?」

「不確定と判断。…各種センサーにそれと思しきものは何も。

 上位迷彩で隠匿されているものと推測します」

「白雁を補足するのは無理か…まぁ仕方ないさ、彼我の探知能力の性能差がありすぎる。

 で山鷹2、『岳豹(アドム)』隊の配置状況はどうなっている?」

「はっ。岳豹リーダーより連絡あり。指定ポイントの制圧は完了と」


 山鷹2と呼ばれた機体の言葉とともに、表示されるレーダーに異なる色の光点が加えられる。

 その位置は、最初に表示された光点の一つに近い位置にあった。


「王子、どうされますか?

 今であれば先手を打つことが可能ですが(`・ω・´)ぶっころですか?」

「……山鷹3。王子じゃなくて山鷹リーダーな? 作戦行動中なので間違えないように。

 で、先手を打つ案だが…。

 まだ『白雁』の位置が補足できていない。この状況で先制行動を起こすのは、相手に喉元を晒すのと同義だ、せめてアレの狙いが予測出来なければ――」


 機体たちと会話する間も周囲に気を配っていた少年が、唐突に顔をあげた。

 スン、と形の良い鼻梁をヒクつかせる。


「―――む、霧が流れたね?

 ……風上から――」


 目を細め、少年は森の向こうをじっと睨んだ。

 その視線はあどけなさのまだ残る童顔には似合わぬ、猛禽に似た鋭さが宿る。

「――『山鷹』隊、各員戦闘配置。

 山鷹3、山鷹4。

 白雁は上手からくると予想。こりゃあ、恐らくこっちはもう補足されている。

 対強襲型のシフトに移行」

「山鷹リーダー、具申の許可を」

「山鷹2、許可する」

「まだ状況を確定する情報が揃っていません。現段階で対強襲戦時移行の方針を決定するのは尚早かと。

 まずは当初想定のポイントの制圧と、拠点(ベース)の設営を推奨します」

「意見に正当性を認める。

 けれど、却下だね」

「僭越ながら。理由を聞いても?」


「ん、勘」


「……はぁ……。

 勘…ですか?」

「ああ。偉い学者さんのいうところの、『生物学的直観作用』というやつだ。

 ……ところで、キミたち錬鉄機鋼(ギ=アプストル)は、『肌で感じる気配』って信じる、ギン?」

「王子、今は作戦行動中につき、拙者は山鷹2に御座います。

 ……我々にその機能は実装されておりませんから、評価要素としては対象外ですな。

 現状における情報量と結論の因果関係を補完するには、極めてファジーな要素であり、論拠として採用すべきではないと具申いたします。

 状況判断における非論理的要素の採用による独断行為は減点対象です」

「で、あるかー。

 ―――それじゃあ、山鷹3、山鷹4。速やかに配置についてー」

「「はっ」」


「……あの。

 話、聞いておられましたか、王子?」

「今は作戦行動中だから王子じゃなくて山鷹リーダーね、山鷹2。

 我々は筆記試験(ペーパーテスト)をしているのではないのだから、減点なら不採用にしなければならないという道理はない、でしょ?」

「それはそうですが、任務行動中は論理的な行動規範が基本でございます…山鷹リーダー。

 根拠のない行動指示に従うのは、我々の思考回路に論理的抵抗を生じさせるのです。

 それがたとえ―――」

「今回、指揮系統は私に一任されている。

 だから今回はおとなしく私に従ってくれると助かるな。

 時間が惜しい。

 ……どうも、肌がザワついて仕方がないんだよ。

 こういう予感は、昔っから当たるんだ」

「……。件の、『生物学的直観作用』で、ございますか」

「そ。

 『虫の知らせ』ともいうね。こういうのは私たち人間の専売特許かな?

 ……じゃあ、山鷹2は『岳豹』隊に指示を。おそらく、今回の連中の狙いは―――」

 指示を飛ばしつつも、少年は見据えた先から視線を逸らすことはない。


 唐突に、霧が流れた。

 地面の微かな振動を、白銀の騎士たちの高感度センサーが捉える。

 そこに至って、彼らも今自分達が置かれている状況を、正確に察知することとなった。

「「―――これは…」」


「はっはっは。…そら見ろ。勘のほうが当たりじゃないか。

 ―――各員、戦闘態勢にシフト!!

 敵の狙いは強襲による電撃作戦、後に分散した戦力による断続的な挟撃だ。

 かの悪名名高き白雁―――【紅眼侯】グレースブルース殿の全力の単機特攻だぞ。

 此度の要諦は、アレの初手猛攻を如何に捌けるかに収束する!

 受け止めようとするな、受け流せよ!!

 陣形を乱されぬよう、其の機械の脚を踏みしめろ!!!」

「「「はっ!」」」


 少年の声に応えるように、白銀の3体が散開する。

 1体は少年を庇う様に前へ、残り2体は左右へ。


「―――『山鷹』隊、敵首魁『白雁(グレース)』と接触!

 『岳豹』隊は遊撃に戦術方針を変更! 他の連中を近づけさせるな!

 ゆくぞ、応戦開始―――ッ!!」


 ズン、とひとつ、大きな地響きが鳴り響く。

 ―――静かな森の微睡みを切り裂いて、乳白色の巨体が少年の眼前へと躍り出る。


 それは、異形の化け物であった。

 流線形の、光沢のある身体は成体のヒグマほどはあるだろうか。対峙する少年と比較すれば、その3倍はあるであろう体躯。

 その巨躯からは、鋭い刃物を思わせる鈎爪を備えた6本の腕が伸びる。

 それに加えて、2本の脚で地面を踏みしめている。

 全体に細長い、シャープなフォルムと手に備えた鎌のような鈎爪は、足の数と縮尺(サイズ)を考慮に入れなければ、どこか昆虫のカマキリを思わせる風貌だ。

 化け物の関節が軋み、耳障りな音を立てる。

 ギョロリ、と頭部に点在した十二の複眼に蒼色が灯り、一斉に少年を見つめる。


 瞬間、左右に展開した2体から放たれる銃撃が、攻撃に入ろうとした巨体を直撃する。

 光弾がその巨躯に着弾するたび、ギャリギャリと金属質の擦過音が響く。

「―――!?」

 銃撃をまともに受けて、巨体が僅かによろめく。複眼がチカチカと点滅していた。

 おそらくは完全な奇襲のつもりであっただろう。

 その目論見が外れたことによる動揺か。

 ―――だが、それも一瞬のことだった。

 巨体はすぐさま状況を把握して、態勢を整えるように後退する。

 銃撃をまともにくらったはずの体表面には、焦げた跡が僅かに見える程度だ。


「―――紅眼侯、お覚悟ッ!」


 白銀の騎士、少年の傍に展開した残りの一体が、その手に光る刃を出現させて、後退した巨体へと追撃を加える。


 ギィンッ!!!

「ぬぅッ!?」

 その目にもとまらぬ、常人には反応すらできないであろう鋭い斬撃はしかし、相手の体に到達することは無かった。

 鋭い鈎爪を備えた化け物の腕が、その斬撃を的確に受け止めたからだ。


 奇襲を奇襲で返され、動揺したのはほんの一瞬だった。

 態勢を整え直した乳白色の化け物が、その凶悪な武器である6本腕で、猛然と反撃に移る。

 相手は3対6本、対する白銀の騎士の腕は1対2本。接近戦に持ち込んだものの、騎士の不利は自明であった。

 たちまち、反撃に転じた6本腕の巨体から繰り出される強烈な斬撃の波が、騎士を追い詰めてゆく。


「ちぃ、私ごとき量産機で卿の相手は分が悪い―――山鷹3、山鷹4!!」

 山鷹2は一歩後退する。

「あいよー(`・ω・´)!」

「了解!」

 接近戦となったことにより援護射撃を封じられた残り2体が、光る刃を宿した剣を抜き放ち、巨体へと殺到する。

 ぎょろり。化け物の12の複眼が、殺到する敵を見据えて色を変えた。


 ―――その狙いを瞬時に把握したのは、後方から機会を窺っていた少年だった。


「まずい!

 3機とも回避行動ッ!!」


 距離をとっていた少年の警告に耳を貸す暇なく。

 耳障りな『駆動音』と共に、巨体がひと回り分小さくなる。

 いや、小さくなったのではない。四肢を折り曲げ、その場に縮こまったのだ。

 まるで、放出するエネルギーを溜め込むように。

 矢を放つため、弓身を引き絞るように。


 次の瞬間、―――大地が爆ぜた。


「ごッ!!?」「ぐう!!?」「おふぁっ( ゚Д゚)!?」


 巨人の腰部の接続球関節(ボール・ジョイント)が勢い良く回転し、上半身を360度、生物にはあり得ない上半身の全周回転運動を引き起こす。

 巨人が踏みしめた大地が、加えられたエネルギーに耐え切れず地煙を噴き上げる。


 その動作によって得られる効果は単純明快。

 全周囲に対する6本の鎌腕による竜巻の如き斬撃だ。


 周囲を取り囲むように展開した白銀の騎士たちは、それをまともに喰らう形で吹き飛ばされる。

 勢いよく金属片が飛び散った。

 その中には白銀の腕、脚であったものも含まれている。

 やがて暴虐の竜巻の過ぎ去った後には、無残な3体の残骸と、血糊を払うように鎌腕を振るい、傲然と屹立する巨人だけが残されていた。

 巨人は首を巡らせ、次の獲物を探すように、周囲を睥睨する。


 その複眼が次の獲物を捉える前に、鋭い斬撃が一閃、死角から巨体を襲う。

 冷却期間(クールタイム)を狙った、的確無比な一撃。


「―――ふっ!!」 

「―――!」


 続けざまの恐れを知らぬ斬撃が、巨体へと打ち込まれる。

 絹糸のような金の髪が揺れ、若々しい筋肉に包まれた肢体が鮮やかに躍動する。

 白銀の騎士どころか、巨人の斬撃に勝るとも劣らない鋭さを見せる太刀筋に、巨人は一瞬の動揺を見せる。

 だがその動揺も一瞬、すぐさま思い直したように鎌腕の連撃を繰り出し、鋭い斬撃を放つ金色の少年へと襲い掛かった。


 金属のぶつかり合う耳障りな金切り音が、静かな森に絶え間なく響く。

 相手は、屈強な3体の騎士を一瞬にしてまとめて屠ってみせた猛者である。

 少年もまた、すぐさま騎士たちと同じ道を辿るかと思えば、そうではなかった。


 ギャリン、と金属が擦れ、火花と共に金属片が飛び散る。

 容赦の欠片もない6連斬撃の嵐が、まるでそよぐ涼風のように。

 少年はその暴風の中を涼しげな表情で舞い、あまつさえ、的確な斬撃をその巨体へと見舞ってみせていた。

 恐るべきはその技量と、見極める眼力、そしてなにより、恐れを知らぬ胆力であろう。


 1刀対、6腕。

 圧倒的な筈の手数の差を、少年は涼しげな笑みすら浮かべて覆してみせる。


「―――ォ、」

 焦れたのか。

 巨人が6腕のうち1対を、地面へと突き立てた。

 少年は目を見開き、その意味を悟ってから、笑った。

 まるで、良い成績を褒められた子供のように。


「ォォォオオオオオオオ!!」

 ―――化け物が、咆哮する。

 『4腕4足』になった巨体が、一瞬にして少年の眼前から消失する。

「―――っ!?」

 見失ったと悟る間もなく、横合いから繰り出された連撃を、少年は振り向きもせず鮮やかなステップで回避した。


 ―――手数を4つに減らしたのだから、難易度が下がるかといえば、そうではない。

 ―――4足となった巨体は機動性を増し、より高速に、より立体的な動きを見せるようになるのだ。


 それを『身を以てよく知っている』少年は、戦慄と共に、喜びを表情に浮かべて光輝の剣を構え直す。

 4足になり、もはや視認すら難しくなった高速の体捌き。

 4腕の高速の斬撃が、容赦なく金色の少年へと襲い掛かる。

 もはや金属の擦れ合う音というより小爆発の如き激突音が、森に響く。

 恐るべきは、荒れ狂う竜巻の如き異形の巨人か、それを涼しげに受け流す美しき少年騎士か――。

 

 数えきれない撃ち合いの末。

「う!?」

 崩れたのは、少年の方。

 もとより体格はおろか、手数すら4倍差であり、そもそも正面から斬り合いが成立していることが異常である。

 体力の限界が来た少年が、巨人の怒涛の攻勢を捌ききれず、態勢を崩す。

 そこに、トドメとばかりに襲い掛かる、巨人の鎌腕。


 それに応じる少年の身体が、金色に光る。

 光剣はその輝きを増し、刀身が何倍にも膨れ上がる。


「―――勁技、発衝―――」


 少年が放った横薙ぎの斬撃が、間合いを無視して巨人に襲い掛かる。


「――――――円斬勁<イテル=ラ=サティオス>ッ!!!!」


「ゴ、オォアァァァアアアアア!!!!」

 光輝の斬撃をまともにその身に受けた巨人が、まるで木の葉のように吹き飛ばされる。

 ズン、と地響きと共に巨人はその身を大地に沈ませ、そして金髪の少年騎士は、振り抜いた刃を静かに納め―――静かにため息をついた。

 

 ビーーー。

『―――山鷹リーダー、レギュレーション違反により失格です』

「………あ~、やってしまった……」

 ―――どこか間の抜けたブザー音によって、その戦いは終わりを告げたのであった。


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