十四、
僕は当時バンに乗って弁当配達のアルバイトをしていたが、やはり人から借りた車は勝手がわからないので緊張した。ひとまず、カーナビという便利なものに従って国道に乗り、この道でいいのか聞こうとしたら、助手席に乗った佑樹はとうに寝入っていた。代わりに、その後ろに乗った、茶髪で眼鏡を掛けた男が、「このままずーっと直進して、そしたらでかいボウリング屋の看板が見えるんで、そこで左折です」と言った。
どうやら、気のいい男であるらしかった。他に起きている人間がいなくて車内は静まり返っていたので、彼は僕が居眠りすることを恐れたのかもしれない、いろいろ話しかけてきた。
「ユーキのいとこ……さん?」
「ええ」
「学校とか同じだったんすか。」
「小学校まで、正確には小学五年まで。」
「仲いいみたいっすね、ふふ。」
「いや、俺、親が離婚して、会うの十年ぶりなんで。」
空気がちょっと重くなってしまったようだ。対向車線から走ってきた車のライトが、バックミラーの中で少し困惑した彼の顔を照らす。
「ま、でも彼が十年前とまったく変わっていなかったんで、安心しました。」
「あ、そういえば、
僕は驚いて、ブレーキを踏みそうになった。「え、ええ、俺転校するまで同じクラスでしたよ。」
「ユーキとも同じ小学校だったんでしょ、俺たち、学校は違うけど同じサークルに入ってるんすよ。インカレサークルの二次元美少女研究会。」
僕はバックミラー越しに彼をもう一度見た。ゆるいウェーブのかかった茶髪、細い目がメタルフレームの眼鏡の中で爽やかに笑っている。今までひと目でわかる身なりをしていた「オタク」と呼ばれた人々が、そうではなくなっていった頃で、彼もそんな一人のようだった。
「じゃ、今度俺とユーキと玉木さん、その他もろもろで飲み会やるんで、来ますか?同窓会。」
「え……俺、行っていいの?」
すると彼はハハと笑い、「ユーキ、隠れオタなんです。美少女好きを必死で隠してるから、俺たちみたいなカミングアウトしてる人間だけの集団だとついてこないの」と言った。
美少女趣味をカミングアウトしているという彼の名前は、橋本くんといった。僕たちはそれから互いの大学の話などをし、大学の寮の前に着くと、一人一人を起こして、橋本くんが中へ運び込んだ。
「じゃ、今日はありがとうございました。よければメールアドレスください。」
僕と橋本くんはメル友になった。実にフレンドリーな美少女好き青年だった。
そして僕は空っぽになった車を運転して、また『H』まで戻った。途中、臭いが抜けるよう窓は全部開けっ放しにしていた。初冬の頃で、冷たい風が体に堪えたが、僕は会ったこともないそのオーナーさんに遠慮したのだ。オーナーさんは四十ぐらいの男性で、十二時を過ぎているというのにまだ店にいた。「いやー、彼はいつも客をたくさん連れてきてくれるから有り難いねえ」と言って、僕がキーを渡すと、韓国輸入ものかハングル文字が書かれたガムをくれた。人間関係が希薄な現代社会で、どうやったらこんな濃厚な世界が築けるのだろう。佑樹は厚かましいのになぜか人から愛される才能があるらしい。
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