十三、
佑樹と再会したのは大学に入ってから、就職活動用にアカウントを開設したフェイスブックのお陰だった。「知り合いかも」の欄に見覚えのある写真が表示され、恐る恐るメッセージを入れてみると、五分後に「ひさしぶり~」という拍子抜けするほど明るい返信が来た。そのままやり取りをしているうちに、佑樹の通う私立大学のキャンパスは僕の家からさほど離れていないことを知った。そのうち会おうねと約束したままになっていたある晩、いきなり電話がかかってきた。「辰起く~ん、今『H』で飲み会やってるからさぁ、おいでよ」。
『H』は僕の家のすぐ近所にある韓国料理店だった(僕は未だに母と一緒に暮らしていた。一人暮らしができる経済的余裕はなかった)。まだ夕食を食べていなかったのでちょうどいいかと思い、歩いて店に向かった。入るやいなや、「たつき~わ~久しぶり」と声がした。そちらに目をやると、男数人がすっかり出来上がっており、その中で見覚えのある顔が手を振って笑っていた。フェイスブックにある近影より、少し髪が伸びている。
「紹介します、僕のいとこ、池田辰起くんです」。座った佑樹が、僕の腕をペシペシ叩きながら言った。酒臭い息が僕の顔にかかる。何だか、嫌な予感がした。
「辰起、ここにある料理食べていいし、何でも好きなの頼んでいいぞ。」
「あのぅ、これは……?」
「免許取れたんだって?おめでとう。それでお願いが、」佑樹は自分と同じように酔っ払った男たちに視線をやって言った、「車で来たけど、みんな酒飲みだから飲みたい衝動を抑えられなくてさぁ、運転代行頼む」。
「え、そしたら俺帰りどうするんだよ。」
「店の車だから、ここまで戻ってきてオーナーにキー返すところまでお願い。」
僕は「ひゅぅっ」と音を立てて息を呑んだ。こいつ、十年前から厚かましさも変わっていない、いやむしろ成長してる……。
「どこまでだよ?」
「近いよ、◯◯にある大学の寮まで。」
ここから車でゆうに一時間はかかる地区だった。
「再会の感動ぶち壊してくれてありがとう。」そう言って僕は、この店で一番高いユッケ丼を注文することにした。ローカルグルメ番組で何度も紹介された、僕のアルバイトの時給の一・五倍するユッケ丼。僕はアルバイトで高い学費を稼いでいたから、母と一緒に暮らしているとはいえ贅沢はほとんどできなかったのだ。内輪ネタで馬鹿騒ぎする酔っぱらいどもに囲まれ、僕はユッケ丼を黙々とスプーンで口に運んだ。期待を裏切らないめちゃくちゃな旨さだった。僕は食べ終わると、勘定を払わされる前に車のキーを受けとり、そそくさと駐車場に向かった。その車はフェイスブックの写真で何度も見ていたからすぐわかった。仲間と一緒に乗れる、赤いワンボックスカー。てっきり親にでも買ってもらったのだろうと思っていたら、他人の車を乗り回していたとは。
店から出てきた酒臭い男たちがぞろぞろ乗り込むと、僕は思わず窓を開けた。酒と、それに僕が女だったら間違いなく身の危険を感じるほど強烈な男の体臭だった。
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