現地の方と意思疎通できないしする気もない、ある転移人の話

くわ

第1話 実績解除で貰えるポイントとか、これはたぶん下位世界への転移なんだろう(ゲーム世界的な)

 どこでどうしてこうなったかは分からないし、たぶん知ってもあまり意味はないので割愛しようと思う。


 目の前は舗装もされていない土の道。人なり車なりが行き交った結果草が生えなくなり、周りの原っぱの緑から灰色に浮いた街道と思しきもの。


 周りに遮る物はなく、遥か遠くにドキュメント映像で見るようなスケールのデカい山が見えるだけで何もない。標識も民家も田んぼも畑もないし、風に乗って漂ってくるのは草と土の匂いばかりで排気ガスも鶏糞とかの臭気もなかった。

 ド田舎であってもこんな広い平野はないだろう。少なくとも北海道だって電線くらいは空を遮っているものだよな。


 顔に付いた乾いた土を腕でガシガシ拭い、倒れていた地面からようやく起き上がった。どうにも頭がグラグラする。貧血と乗り物酔いの合わせ技のような不快感だ。少し落ち着くのを待とう。


 さて、座り込んだ道に列を作る黒い蟻がいるのを尻目に状態を確認してみる。とりあえず体で痛む場所はなく服も土で汚れた以外は破けていたり血痕が付着していたりはしない。

 着の身着のまま。普段出歩く格好で相違ない。靴も最近買った毎度お馴染みの安っすいスニーカー。この年でそれはどうなのと自分で突っ込みたくなる陰キャのパーカー野郎だ。


 事の前後を思い出すのは面倒だしそれはいい。ただ天辺にあるお天道様はご機嫌で日陰のないこの場は生っ白い肌ではどうにも居心地が悪くてかなわない。

 地べたの蟻の勤労精神に背を向けて腰を上げる。まだフラフラするが気持ち悪さはないからとりあえず平気だろう。ただ現状、視界には災害時の生命線『コンビニ様』さえないわけで、ひとまず歩けるところまで歩くしかないと思った。


 歩き始めに手を突っ込んだくたびれて型崩れしたポケットには何もない。財布は影も形もなく、スマホは液晶画面の破片と思しきものが散らかってた。ウロウロと地面を探したが愛用の銀色文鎮は落ちてなかった。免許証は財布の中で連絡先はスマホの中。どうにも困ったぞ現代人。

 やはり進むしかない。道があるならいずれは人の住む地域にいけるだろう。到達するのが数時間か数日か、あるいは命のある間に行ける距離かは知らないが。


 無意識に水分を求めて自販機を探してしまう。ここで買うヤツいるのかと思ったへき地の自販機たちも、あるいは文明迷子のために設置されているのだろうか。歩き始めてしばらく、普段は気にもしない乾きを感じた。


 そろそろ日が落ちる。周りは変わらず何もない開けた街道で軽く絶望を感じた。歩けど歩けど人工物がひとつしか見えない。無駄に疲れた体は汗をかくほどだが拭った手にはむしろ冷えた感触が伝わった。肌寒い。


 こんなときでも沈んでいく夕日はきれいだった。


 人工の光が無い世界は見通せないクセに透き通った黒に感じる。月明りで遠方は見えるが足元は真っ暗。これ以上歩く気になれず街道と野原の境目にへたり込む。飲み物が欲しい。

 腰を下ろしているのも億劫で野原側に寝そべる。行き倒れまであと48時間は切っただろうか。水無しで生きていられる限界は二日か三日だっけ? 途中でした小便をもったいなく感じる日がこようとは。

 吹き曝しの場所では微風も体温を奪う死神になる。こんなときサバイバル知識のある人は迅速にシェルターなり作るのだろうけど何もする気が起きない。


 真っ暗闇のなかで耳鳴りがするほど静かな世界。乾いて死ぬのはつらいだろうなと他人事のように考えつつ、寒さを凌ぐためポケットに手を入れた。なんかあった。


 疲労でシバシバする目を開けるとパーカーの布地からぼんやり漏れる淡い光。毛埃くらいしかないポケットから掴み出したのは発光してるスマホっぽいもの。

 現代人の脳みその半分を占めるお馴染みのスマホではない。金属の板っ切れに同じ面積のガラスをくっつけたような雑な造形物が出てきた。


<カタログ案内>

 設定画面もクソもないガラス面にそれだけが表示されている。社名もアプリ名もない。それでも光源があるというのは存外気力を湧き上らせるようで、怪しさ一杯の釣り表記めいた画面をついタップしてしまった。


〈カタログの購入にはポイントを消費します YES/nう 拝借500ポイント〉


 なんでNが小文字、なんだ『う』て。あと拝借って表示おかしいでしょう。

ちょっと楽しくなってYESを選ぶ。


<WELCOME 歓迎した君>


 日本語翻訳が怪しいんですが。無料の翻訳サイトでも噛ましているんだろうか。滑らかなアニメーションなど展開されず点滅のように画面転換されていくさまは実に安っぽい。加えて画面が見辛い。カタログがいくつも表示されて注目すべきところに目がいかないレイアウトだ。


<ビギナー様? オススメカタログ>


 ふと端に埋もれるようにあったこの表示を見つける。生憎カンがいいわけではない。視線を誘導されたような違和感を感じたからだ。でもタップする。


<カタログの利用には商品こどにポイントを消費します>


 こど、ごとね。表示されるサムネ表示はたくさんあるが『利用できません』の文字が乗っており灰色になっていた。紹介文と思しき文章も潰れていてサムネも灰色でよくわからない。


<きつねの隠れ宿 YES/nう 拝借20ポイント>


 しばらく表示を流しているとようやく色付きのサムネが現れた。

ああ、これで創作の話なら宿に空間とか繋がって泊まれたりするんだろう。深く考えずタップする。


 ギシリ、そんな軋むような音が聞こえた気がした。思わずスマホっぽいものから目を離して周囲をうかがう。立ち上がってはいない。子供時代に家でひとり布団の中で夜闇に虚勢を張るような気持ちで明暗に順応を待つことしばし。風の凪ぐ草の音は消えていた。


<ご利用ありがとうございます>


 夜の黒はすべて灰色に。そして何もなかった道端に古めかしい木戸が、ただそれだけ色付きでぼんやりと浮かんでいた。


<実績解除 大地に起立 5000ポイント>

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